第97話 信長さんの尋問
天正7年(1579年)4月 近江国 蒲生郡 安土城
皆さんこんにちは、上総介 里見梅王丸こと酒井政明です。
今は安土城の一室にいるんだけど、ちょうど『養子縁組からの婚姻同盟』っていう面倒な交渉をしてた、北条氏規さんと酒井忠次さんが控えの間に戻ってきたとこだよ。
俺? 俺は行ってないよ。だって当事者じゃないもん。みんな縁戚だから、アドバイスはしたよ。でも、交渉にまで俺がしゃしゃり出るのは、流石にちょっと違うよね。でも、どうやら無事妥結したみたいでよかったよ。プロデューサー(笑)として、しっかり祝福しとかないとね。
「北条氏規殿、酒井忠次殿、交渉成功おめでとうございます」
「いや、梅王丸殿のご助言があってこそでござる。我らだけで臨んでおったらどうなっていたことやら。のう、忠次殿」
「さようでございますな。梅王丸様のご助言にあったとおり、徳姫様に添状をお願いしておいて本当に良かったですぞ。今日の織田信長様はいつにも増して御機嫌が悪しゅうございたしました。我らだけでは色よいお返事を頂けましたかどうか……。此度の交渉が不首尾となれば、殿にどのようなお叱りを受けたことやら。今考えても冷や汗が滴る思いにございます」
「まあまあ、お二人とも。結果的に上手くいったのですから、よかったではございませ……」
その時、話を遮るように襖が開き、そこから一人の男が顔を出した。滝川一益さんだ。
「おお、梅王丸殿、忠次殿お久しゅうござる。 そちらの方は北条氏規殿とお見受けいたします。お初にお目にかかりまする。滝川一益にござる」
「これはこれは滝川一益殿。北条氏政が使者、美濃守氏規にござる。先ほど信長様には『一益殿に取次を頼むように』との指示をいただきました。今後ともよろしくお願い申し上げまする。正式には改めて御挨拶に伺いとう存じますが、まずは略式にて失礼申し上げます」
「氏規殿、本来でしたら色々とお話しせねば失礼なのは重々承知しておりますが、ただ今、ちと急いでおりましてな。忠次殿も、碌に挨拶もできず大変申し訳ござらぬ。
……さて、梅王丸殿。信長様がお待ちかねでござる」
「氏規殿、忠次殿、それでは行ってまいります。一益殿。よろしくお願い申し上げます」
控えの間の二人に挨拶して、俺は部屋を出た。さて、今度はこっちの番だね。頑張って交渉しないと。
……でもなぁ、信長さん今日は機嫌が悪いんだろ? やだなぁ。
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はい。心配して損しました。信長さん。俺が目録渡した時点で既に上機嫌だったよ。
もしかして北条も徳川も貢物が気に入らなかったのかな!? 里見を基準に考えられちゃうと、多分ほとんどの大名は見劣りしちゃうと思うんだけど……。なんか悪いことしちゃったかな?
さっき聞いた話との齟齬は気になったけど、信長さんが最初から上機嫌だったんで、里見の交渉は大成功。
具体的には『攻めてくる奴は遠慮なくやっちゃっていい』って御墨付きを貰っといた。それに、義頼さんを陸奥・出羽の按察使に推してもらう約束も取り付けたんで、公的な裏付けも付く予定。これで心置きなく戦えるってもんだよ。
って言っても、戦は俺の担当じゃないんで、もうできることはあんまりないんだけどね!
「して、梅王丸よ」
「ははは、はい!」
やべー! またぼーっとしちゃってたよ!
「? お主は、信康殿と会うて来たそうだが、お主の目から見ていかがであったか。忌憚のない意見を申せ」
信長さん、いきなりぶっこんできましたよ。これ何が正解だろ? ええい、ままよ!!
「はい。信康殿は徳姫様とも大変仲睦まじく、信長様のことも大変お慕い申し上げているように見受けました」
「なるほど、で?」
ええぇ! まだ突っ込むの?
「はい。織田家に対する信頼が強く、酒井忠次殿や石川数正殿が脇を固めておいでです。信康殿がまだ若いとはいえ、そうそう道を誤ることはないかと。……と、もっともらしいことを申しましたが、話している当人は、まだ12の若造。全く説得力はございません」
「ふはははは、流石は梅王丸じゃ。上手くまとめおったな。
で、信康殿は危うくないか?」
信長さんはひとしきり笑うと、真顔に戻って続けた。
うん、わかっていらっしゃる。こりゃもう韜晦はできないや。
「……申しわけございませんが、ちと“浅い”ようにお見受けいたしました。ただ、素直なお方でございますので、先ほど申しましたとおり、老臣の支えがあれば問題はないかと」
「それが、な、その老臣どもと上手くいっていないようなのじゃ」
「もしや! 家康殿の死の責を老臣に求めておられるのですか!?」
「……そちは本当に聡いの。その通りじゃ」
「徳川家は大敵を抱えております。今、信康殿が家臣の粛清や放逐をするようですと、領内が大混乱になりかねませぬ」
「うむ、そこでじゃ、そちに何かよい考えはないか? 申せ!」
ええぇ! 今度は他家の話を丸投げ!? いくら娘がかわいいって言っても、それは無いんじゃない? しかも、俺まだ11歳で、元服すらしてないんだよ!?
でもこの人、言い出したら聞かないし……。うーん、あ、アレはどうだろう? これなら家臣を粛清せずに済むし、信康さんも多少は気が晴れるんじゃないかな?
そう思って信長さんに話してみたら、即決でGOサインが出たよ。ただね……。
「よし! 梅王丸。そちに任せた」
何で俺がやることになってるのさ!? これだったら、怒られてもいいから、最初からもっとアホなこと答えとくんだった! 全くとんでもない貧乏くじ引いちゃったよ……。
取りあえず、徳姫さんにも連絡してもらえるみたいだから、信康さんが変な気を起こさないように、タッグを組んで頑張るしかないね。
さしあたっては、帰りに吉田に寄って、信康さんの本心をサシで聞く所からかな?
本心が分かれば多分対策は立てられると思うんだよね。何せ信康さん、素直だから。
面倒事を押しつけられちゃったけど、やるからには、みんなが得するように解決したいもんだよね。
信長:「ところで梅王丸。今からでもワシに仕えぬか?」
梅王丸:(マジか! こんな人に四六時中仕えてたら死ぬ! 絶対過労死する!)
信長:「む? いかがした?」
梅王丸:(やべ! えーと、上手くこの場を逃げるには……。そうだ!)「もったいなきお言葉。なれど、義弘は倒れ、間に邪魔者もおりますれば、自由な往来もままならず……」
信長:「武田か! 武田を滅ぼせば良いのじゃな!」
梅王丸:(ウッ!)「……その暁には、ぜひとも家臣団の末席にお加えくださいませ」
信長:「よし、その言葉、忘れぬぞ!」
梅王丸:「はい……」(何でこうなった!!!!)
 




