第96話 同盟の拡大
天正7年(1579年)4月 三河国 渥美郡 吉田城
皆さんこんにちは、上総介 里見梅王丸こと酒井政明です。
今日は北条氏規さんと一緒に、徳川信康さんの本城の吉田城に来てるんだ。
え? 岡崎や浜松はどうした、って?
うん、俺は吉田が根拠地なのは順当だと思うよ。だって、岡崎は後方過ぎるし、浜松は前線に近すぎるからね。実際、浜松にいたせいで、この世界線では家康さんが命を落としちゃったわけだし。
史実では、『家康は信長を恐れてた』って説もあるから、家康さんの判断は間違ってたとは言えないんだ。でも、信康さんは『娘婿だ』ってこともあって、信長さんをそんなに恐れてない。だから、領地の中心に近い吉田に拠点を置いたんじゃないかな?
まあ、史実を言っちゃうと、築山殿さんと徳姫さんの対立のせいで、徳姫さんと関係が悪化してたんで、同じ状況だったら信康さんも浜松に拠点を移してたかもしれないね。だけど、この世界線では、家康さんがいない関係で織田家からの支援が増えてて、徳川家の織田家への依存度も増してる。必然的に徳姫さんも大事にされるんで、関係も良好。さらに、築山殿さんは反乱計画に連座して幽閉されちゃってるから、仲を引き裂く要素もない。
そんわけで信康・徳姫は仲良しなんで、遂に先日、待望の嫡男が生まれたんだって! これで徳川家無嗣断絶の危機は回避されたよ。
まだ2人とも20歳なんで、これからも頑張ってほしいもんだよ。こんなの、まだ11歳の俺が言うことでもないけどね。
氏規さんが同行してるのは、同盟締結のためだよ。
10日ほど前、北条氏政さんのとこに、織田・徳川を含めた4か国同盟の話を持っていったんだ。そしたら氏政さん、既に武田との断交を決めてたんで、織田・徳川と渡りを付ける方法を模索してたみたい。その矢先の話だったんで『渡りに船』って、大喜びして氏規さんを派遣してくれたんだ。
そうそう、北条と言えば、相変わらず風魔衆経由で、いつ知られてもいいレベルの真実の情報を大量に流してるよ。俺の周囲には風魔衆がたくさんいるからね。
実は、俺の領地が増えた際に、合法的(?)に、風魔衆を大量雇用したんだよ。氏政さんには、『間者を入れる』って名目で小太郎がちゃんと許可を取ってからね。
後で聞いたら、「たんまりと褒美をせしめてやりました」だって。
で、その常日頃流してる情報の中には、「梅王丸は氏政公を尊敬している」とか「梅王丸は北条の縁戚になれることを誇りに思っている」とかいったヨイショも混ぜてるから、北条の俺に対する好感度は高いんだよ。だから北条がイメージしてる俺は『北条家に大変好意的で優秀な貴公子』って、感じかな(笑)
普通だったら『子どもの遣いに同行するのは……』って嫌がってもおかしくないとこだけど、二つ返事で了承してくれたのは、日頃の情報操作の賜かもね。
―――――――― 吉田城内 茶室 ――――――――
「………………あの堅物な家康が、そのようなことをしていたとは! 氏規殿、私も聞かされておらぬ話を教えていただき、誠にありがたく存じます」
「ははは、家康殿とは、今川家で人質生活を送った仲にござる。ともに傅役に知られては色々と面倒なことをしたこともありますからな。このような話で良ければ朝まででも話していられます。
それにしても、あの竹千代殿の御子息がこのように立派になられるとは……。御存命であれば、さぞ喜ばれたことでしょうに」
「過分なお言葉、痛み入ります。父、家康に恥じぬよう、精進して参りますので、今後ともよろしくお付き合いをお願い申し上げます」
「それは我が北条とて同じでござる。信康殿、色々とよろしくお願い申し上げまする」
この遣り取りを聞けば分かると思うけど、同盟交渉は呆気なくまとまったよ。
この同盟、どっちにも利益しかない交渉だから、すぐまとまるのは当然だね。一番揉めそうだったのは、武田に勝った後の領地の分配だけど、とりあえず、駿河を富士川を境に東西で分けるってことで妥結したんだ。
北条は駿東郡の一部しか持ってないし、徳川は駿河には入れてさえいないんで、『捕らぬ狸の皮算用』なんだけどね。まあ、将来に禍根を残さないって観点で言えば、公平感があるし、はっきりした領土の線引きになるから、悪くない内容だと思うよ。
それから、信康さんの妹、亀姫さんが氏直さんに嫁ぐことも内定したんだ。この人、史実では奥平信昌さんに嫁いでたんだけど、信康さんとしては、同母妹は家格の大きな家に嫁がせたかったんだろうね。亀姫さん数えで19になるんだけど、なんとこの時期まで嫁ぎ先が決まってなかったんだよね。
実は、義頼さんが最初に徳川家を訪問した時に「俺の相手にどうか?」って言われたらしいんだ。その時は「北条家との縁談が進んでるから」って断ってくれたんだけど、そのころの俺って7歳とかだよ? 流石になくない!?
ちなみに、この縁談については、俺の方でちょっと口を挟んどいたよ。
え? 関係ないのに何で口を挟むんだ、って?
徳川家と北条家が繋がるとさ、どうしても面白くない人が出てくるだろ? その中の1人がへそを曲げちゃうとさ、連座して里見も面倒なことになる可能性が出てくるわけよ。
それに、ほら、北条家は、この後、縁戚になる予定じゃん? だから、ちょっと口出しさせてもらったんだよ。
『面白くない人』って誰だ、って?
信長さんだよ!
信康さんにはそんな意識はなさそうだけど、端から見たら徳川家なんて織田麾下の従属大名だよ。従属してると思ってる相手が、大大名相手に許可なく婚姻を結ぶ。どう考えてもアウトな案件じゃね? ここらへん、家康さんはかなり慎重だったんだけど、信康さんにはその意識がない。危ういね。
だから、こう言ってやったの。
「信康殿、氏規殿 婚約内定おめでとうござる。これで3家の繋がりが益々強くなりまする。これは里見家にとっても大変有り難きことでござる」
「おお! 梅王丸殿も、お喜びいただけるか!」
「はい! ですから、私は縁戚といたしまして、この婚姻がさらに祝福されるために、案を付け加えとうござる」
「梅王丸殿、それは?」
「徳川家と北条家が固く結びつけば、武田を仇敵とする里見家にとっても慶事。そして、武田を仇敵とするは里見家だけではございません」
「うむ、織田家もだな!」
「はい。織田信長様はこれまで散々に武田めに苦杯を嘗めさせられていらっしゃいます。ですから、きっと信長様も北条家との御縁を望まれましょう。その時、北条家の嫡男、氏直殿が、既に徳川家と縁づいていらっしゃるとなれば、快くは思われないやもしれませぬ」
「うーむ、考えてもみなかったぞ。信長殿にそっぽをむかれては、我らも苦しい。しかし妹もよい歳、このような良縁は二度とないであろう。これは困った」
「さればでございます。まずは亀姫殿を信長様の養女にしていただき、織田家の姫として嫁いでいただくのはいかがでしょう? こうすれば、織田家と北条家の縁も出来ますから、三方丸く治まるのではないかと」
「流石は梅王丸殿じゃ! やはり私の娘を嫁に貰わぬか?」
「信康殿! 梅王丸殿は北条家の鶴と婚約しております。その件は平に御容赦を!!」
「あ! そうであった。氏規殿大変なご無礼を!! 平に御容赦くだされ」
「いや、お気持ちは分かり申す。梅王丸殿は優秀ですからな、まだ元服前とはとても信じられ申さぬ」
「真ですな。このような婿殿がいらっしゃる北条家が羨ましいですぞ」
「「はははははははは」」
氏規さんは途中で気付いて青い顔をしてたけど、信康さんは最後まで気付かなかったんだ。それに、『俺を婿に』の下りなんかさ、北条家が目の前にいるのに、言っていいセリフじゃないよ!?
信康さんは“素”でやってるんで、氏規さんも怒れなかった感じだね。最後は冗談みたいに終わったんで助かったよ。失言で同盟をギクシャクさせるとか、ホント止めてほしいんですけど!
この調子を見るに、日常的にいろいろとやらかしてそうな気がするね。もしかすると重臣連中で、あんまりの“天然”ッぷりを不満に思ってたり、諫言して煙たがられたりしてる人もいるかもしれないね。
これは、風魔衆を送り込んで、重点的に調べさせるのが良いかも……。




