第93話 11歳の現状① ※地図あり
いつも誤字報告ありがとうございます。大変助かります。
※後書きに地図を載せました。
天正7年(1579年)2月 上総国 天羽郡 湊城
皆さんこんにちは、上総・安房の国主 里見梅王丸こと酒井政明です。先日11歳になりました。
今日は、風間隼人が報告があるって面会を求めてきたんで、これから話をするとこなんだ。
隼人は俺が領内にいる時は10日に1度必ず定例報告を上げるんだ。けど、今回はその定例報告じゃない、つまりは臨時の報告なんだ。
ただ、その場での耳打ちとかじゃなく、奥の間で人払いをしてだから、1分1秒を争う緊急の内容ってわけじゃないんで、ちょっと気は楽かな?
奥の間に入ると、既に隼人は平伏して待ってた。そして、俺が発言を促すと、隼人は早速話し始めた。
「上杉景勝殿、去る2月12日、上杉景虎殿の籠もる御館を落とし、上杉憲政様と、景虎殿の長子、道満丸殿らを討ち取りましてございます。なお、景虎殿は頸城郡の鮫ヶ尾城に逃れた由にございます」
ああ、そっちね! まあ、武田勝頼さんから見捨てられ、北条氏政さんの援軍も雪に阻まれて届かないってなれば、時間の問題だろうとは思ってたけど……。
でも、『史実』では景勝さんの攻勢が始まったのは同じく2月だけど、御館は3月中旬までは持ちこたえてたはずなんだけどな?
「うーん、予想してたより展開が早いな」
「は?」
「いや、こっちの話。で、景虎殿は小田原に落ち延びられそう?」
「平地の雪は溶け始めておりますが、まだ峠は積雪も多く残っております。奥様やお子様を連れての移動は、正直に申しまして分が悪うございます。しかし、若様がお望みでしたら、我ら命に替えましても……」
「待った! 先走っちゃいけない。景虎殿は確かに重要な人物ではあるけど、風魔衆を失ってまで守りたい存在じゃないよ。絶対に無理しちゃダメだからね!」
「はっ! 承知いたしました」
「このことは小田原は?」
「はっ! 風魔小太郎を通じて報告が送られているはずです」
「わかった。じゃあきっと早いうちに援軍要請が来るはずだから、要請が来るまでは知らないふりをしてるように義頼様に伝えないとね。ちなみに武田は動いてる?」
「いいえ。我らの情報では遠江方面での徳川殿の動きを気にして、駿河方面に出陣する見込みにございます。少なくても、大軍を越後に向かわせるような余裕はないかと」
うーん。ここで景虎さん救出に動くんだったら、ワンチャンあったかもだけど、放置しちゃったってことは……。勝頼さん、終わったわ。
勝頼さんが生き残りをかけるための最良の手段って、北条との同盟に、上杉を引き込んだ『新・三国同盟』を組むことだったんだ。ところが、勝頼さん。黄金と北信濃っていうエサに目が眩んで、景虎さんを見捨てちゃった。
景虎さんを救出できれば最低限の申しわけはたつかもだけど、史実よりも景勝さんの動きが速いから、それも期待薄かな?
「ちなみに、氏政殿の考えはどんな感じ?」
「昨年以来、勝頼殿の不義理な行動に怒っておりました。ここで景虎殿が討たれるともなれば、武田との断交もあり得ますな」
「なるほどね。里見家としてもその方向で考えていく必要がありそうだね。ちなみに他の連中の動きはどう?」
「昨年末あたりから、奥羽の蘆名、伊達、岩城あたりが盛んに使者の遣り取りを行っております。越後の混乱に乗じるつもりかもしれません」
「いや、岩城が入ってる時点で、その可能性は薄いんじゃないかな? 多分、狙いは下野か常陸だよ」
「それは! 真で!?」
「多分ね。きっと、佐竹や宇都宮、大田原、大関といった連中にも使者が出入りし始めるはずだから、そっちの監視もお願いね」
「はっ! かしこまりました(流石は若様!!)」
「(……聞こえてるんだけどな(笑)) ところで隼人。配下に分配する俸禄は足りてる?」
「はい。十分にいただいておりますので、問題はございません」
「ならいいけど。足りなくなりそうだったら、すぐに言ってね?」
「ありがたきお言葉! 下々の者どもにも、しっかりと申して聞かせます」
「じゃあよろしくね」
「はっ!」
うーん、この世界線では北条は里見と同盟してるから、全力で越後に向かえたなら、この状況はひっくり返せたかもしれない。でも、北条の領だった上野や下野にも、佐野宗綱さんとか横瀬国繁さんとか、上杉謙信さんの越山に呼応した連中がいて、なかなか逆侵攻がかけられなかったんだよね。
本当だったら、先に常陸・下野の裏切り者どもを潰してた里見が援軍に回る予定だったんだ。ところが、その矢先に義弘さんが倒れちゃっただろ?
あ、ちなみに義弘さんの症状はかなり改善したよ。左半身に軽い麻痺が残ってるのと、ちょっと言葉が出づらくなっちゃってるところはあるけど、最近は鷹狩りをしたり、遠乗りをしたりもしてるんで、近々復帰するんじゃない? 出家・隠居したんで頭はツルツルになっちゃったけどね!
……話を戻そう。
あの時、義弘さんは死ななかったとは言え、いきなりの代替わりだったから領内が動揺しちゃって、浮き足だった連中を抑えるのに手間取っちゃった。で、結局援軍を出せたのは9月に入ってからだったんだ。
その間、北条も反逆者たちの攻略を進めてた。まあ、厩橋城とか白井城とか、一般的な城は良かったんだけど、唐沢山城や金山城は、単独で落とすにはエグすぎたんだな。最終的には里見の援軍も加わったことで、金山城こそ何とか開城させられたんだけど、唐沢山の佐野宗綱さんとは『和睦』って形で元サヤに戻すのが精一杯だった。
おかげで越後に侵攻できたのは10月、玄関口にあたる坂戸城も落とせないまま降雪が始まって、あえなく関東に撤退となった。こんなわけだ。
降雪によって撤退したけど、義弘さんの病気を含めて、関東の問題は全て決着済み。そんなわけで、今年は雪解けを待って、北条と里見の総力を挙げた逆越山(?)を敢行する計画だったんだ。
これは、景勝さんにも伝わってたに違いない。だから、援軍が来ないうちに景虎さんを遮二無二潰しにかかったんだろうね。
ま、これで越後には手が出しにくくなった。だけど、景虎さんに付いてた連中が、いきなり全員景勝さんに従うわけがない。しばらくはゴタゴタが続くはず。それに、史実どおりなら、2年後には新発田重家の乱が起こるから、今後、景勝さんが周囲へ及ぼす影響は極々小さなものになるんじゃないかな?
奥羽の連中? 奴らは常陸や下野と繋がりがあるから、元々蠢動はしてたんだ。だけど、ここに来てのこの動き、もしかして、景勝さんに踊らされたのかもしれない。
……東北の方って開発も進んでないし、血縁関係も面倒くさいし、里見家としては積極的には手を出したくないんだけどな。
とりあえず、まずは離間工作だろうね。さっき名前が挙がらなかった相馬義胤さんあたりに、同族の相馬治胤さんから渡りを付けて裏で動いてもらえれば、苦労も減んじゃないかな? とりあえず、そっちの方向で義頼さんと相談だね。
それにしても勝頼さんは救いようがないね。これで北条と手切れになったら、史実どおり東西から挟撃されることになるに決まってるじゃん。何でそれが分からないんだろ?
俺だったら、上野の支配を手放しても北条を懐柔しようとするけどね。ま、そもそもその前に『景勝方に転ぶ』なんて、アホなマネはしないか(笑)
いずれにしても、これで近い将来の武田滅亡は待ったなしだろう。甲相越三国同盟が組まれるようだと、どう動くかで対応が悩ましかったけど、こうなったら完全に『親織田』一択だね。
義頼さんにもお願いして、北条も織田との同盟に引きずり込まないと! それで、信長さんのポイントを稼ぐんだ!
セコい? 何とでも言うがいいさ! 俺は生き残るためだったら、平気で土下座もするし、なんなら草鞋だって舐めるよ?
間違いなくここ数年が、生き残りをかけた正念場なんだ。変なプライドで一族を路頭に迷わすわけには行かないんだよ!




