第9話 初めての作戦
永禄11年(1568年)2月 上総国望陀郡 久留里城
こんにちは、酒井政明こと里見梅王丸です。
今、義弘さんが松の方さんに、けちょんけちょんに怒られてるところだよ。
「殿! 何をなさいます!!」
「いや、しかし、わしに抱かれるなり、梅王丸が泣くのだ」
「赤子は泣くのが仕事でございましょう!」
そうだぞ! 松の方さんもっと言ってやれ!
マジで死ぬかと思ったぞ、このくそオヤジ!
『生後間もなく、動転した父親に落とされる』とか洒落にもならん! 死んだらどうしてくれるんじゃ!
「赤子はしゃべれませぬ。『乳が欲しい』、『おしめが濡れた』何事も泣いて知らせるものです。それを、『抱いたら泣いたから驚いた』などとは、何事ですか!!」
「……全くもって面目次第もない」
わはははは! いい大人が、ずっと年下の奥さんにめっちゃ怒られてへこんでやんの。いい気味だ!!
「あら? また笑い出しましたね」
「本当だのう」
側に控えていた乳母が、下の様子を確認したり、乳を与えようとしたりしてくるが、俺は反応しない。ただ、両親の方を見ながらキャッキャと笑うばかりだ。
当たり前だ! おむつはサラサラだし、まだ腹など減ってもいないからな!
「先ほどは何か虫の居どころが悪かったのでございましょう。もう一度抱いていかれますか?」
「奥よ、抱きたいのは山々だが、先ほどのようなことがあっては拙い。抱き上げて、わしの方を向かせてはくれぬか」
義弘さん、思ったより気が効くじゃないか! これで心置きなく作戦を実行できるってもんだ!!
まあ、最初からそうしてくれれば、命の危機に遭うこともなかったんだけどな。
「困ったお方ですこと。わかりました。これでいかがですか?」
松の方さんの手に抱かれて、義弘さんの目の前に持ち上げられた俺は、嬉しそうに義弘さんに笑いかけながら、手を伸ばした。
義弘さんのまなじりがまた下がってくる。
「どうやら嫌われたわけではなかったようじゃ」
こう呟くいた義弘さんは、肩の荷が下りたように、ふっと大きく溜息をついた。
それを見た俺は、内心ほくそ笑んだ。
そして……、
俺は大きく息を吸うと、いきなり、顔をくしゃくしゃに歪め、先般以上の大声で泣きわめいたのだった。
それにしても、泣きわめくのは体力を使うね。さて、義弘さんでも松の方さんでもかまわないから、早いところ俺が泣きわめく理由に気付いてほしいもんだ。
泣き疲れた俺は、こんなことを考えつつ、母の胸元で徐々に意識を失っていった。
閉じゆく瞼の隙間から、崩れ落ちる父の姿を見つめながら……。