第87話 初めての茶会に向けて
天正6年(1578年)7月 和泉国 大鳥郡 堺 田中邸
皆さんこんにちは、上総・安房の国主 里見梅王丸こと酒井政明です。里見家の取り次ぎ役になった滝川一益さんに会うために、堺に来てるんだ。
何で堺に、って思わない?
実は、一益さんは本願寺を海上封鎖するために、水軍を率いて堺に派遣されてるんだよ。『織田の水軍』って言うと九鬼嘉隆さんが有名だけど、長島攻めとか、石山本願寺攻めでは一益さんも水軍を率いてたんだ。
それでね、今年は天正6年だろ? だから、碇泊してるの見てきたよ、『鉄甲船』。
活躍するのはもうちょっと後だけど、紛れもない歴史の証人(?)だからね。これで『毛利水軍を打ち破ったんだ』って思うとかなり感慨深かったな。
ま、俺は絶対乗りたくないけどね。
だって、日本の軍船って、高い楼閣とか立ててるから基本的に重心が高いんだけど、そんな軍船に鉄板を貼ったんだ。復元性とか最低だよ?
そんな代物なんで、内海である瀬戸内海で航行するなら、まだ許容できるかもしれない。だけど、鉄甲船の建造場所は伊勢湾なんだ。そこから堺に持ってくるために、紀伊半島を回ってきたって言うんだから、俺としては正気の沙汰とは思えない。よくも1隻も転覆せずに堺に入港できたもんだよ。
まあ、鉄貼りだから防御力は絶大だし、大鉄砲だけじゃなく大砲も3門積んでるから、攻撃力も高い。運良く全艦大阪湾に入れたんで、早速、パトロールを始めてるんだって。
実際、俺の着くちょっと前には、紀伊の雑賀水軍相手に無双してきたとこみたい。そんなこんなで、多忙な一益さんにつなぎを付けて、面会の約束を取り付けるために、ちょっと日にちが必要だったんだ。
その間、何をしてたかって言うと……。
「師匠、いかがでございましょう?」
「結構なお点前でございます。これならば、どなたに点てようとも侮られることはございますまい。梅王丸様、よくぞこの短期間に、ここまで腕を上げられましたな!」
「師匠のご指導の賜です。……しかし、点てることは師匠のお墨付きをいただきましたが、鄙の者ゆえ、器の目利きなどは全くでございます。明日の茶会では、是非、師匠のお力添えをいただきたく存じます」
「もとよりそのつもりでございました。ご安心くだされ。」
「ありごとうございます」
「いやいや、『田中家は同族じゃ』と、里見様には数年前から陰に日向に支援を頂戴しておりました。この程度では受けた御恩には足り申さぬ。この宗易に何なりとお申し付けくだされ」
おー! 思ってた以上に恩に感じてくれてたみたいだね。早いうちから、あたりを付けてもらっといて良かったよ。
あ、ちなみに、この人『千利休』さんだよ。まあ、今は『千』でも『利休』でもないけどね。
実は、組織的に鯨漁を始めるにあたって、義頼さんに、「堺の『魚屋』と申す者は里見義俊公の二男、田中義清殿の末裔だそうでございます。堺との取引は、魚屋を使ってはいかがでしょう?」って吹き込んどいたんだ。
まだ中堅の商家だった魚屋なんだけど里見の鯨肉が優先的に卸されるようになって、大繁盛。房総に足を向けて寝られない状態になってた。今回、俺の逗留を二つ返事で引き受けてくれたのも、茶の湯の師匠としてマンツーマンで指導してくれてるのも、そんな理由からなんだ。
でも師匠! 安請け合いするようなこと言ってると、子どもの特権『無遠慮・無忖度』を発動しちゃうよ?
「よろしいのですか!? では早速ご相談したきことが。おい、ミゲル。いるか?」
「ハイ! ワカサマ」
俺が声を掛けるとすぐに、今回の訪問に同行していた料理長の高家ミゲルが現れた。
え、ミゲル?
そうだよ、ガレオン船で料理長を務めてたミゲルだよ。彼は、目の前で『奇跡』を目撃したこともあって、いち早く残留を決意してくれたんだ。で、これまでも野戦食としての乾パンの開発や、栄養源としての肉料理の普及なんかに貢献してくれてたんだけど、最近砂糖が簡単に入手できるようになってきたから、洋菓子作りにも取り組んでもらってるんだ。
「おい、昨日作っておいたあれをもて」
「ハイ! ワカサマ、ヨロコンデー!」
……うん、調子に乗って、変なこと教えちゃったな。
俺がそんなことを考えているとは知らず、ミゲルは、すぐに裏に回り、高坏に菓子を盛って現れた。
「師匠。茶菓としてこれを出そうかと思うのですが、ご意見を賜りたく」
「ふむ? こちらは何という菓子なのですかな?」
「はい。このミゲルら、ヒスパニア伝統の技法を用いて作りましたので、かの国の古名を取りまして『カステラ』と名付けましてございます」
説明を聞いた宗易さんは、添えられた菓子切りで、カステラを切ると、口へ運ぶ。
「む!!! こ、これは! 大徳寺の松風のようなものかと思うたら、より柔らかくしっとりしておる! 何とも上品な!
そのまま食すなら、これほどの物はなかなかお目にかかれませんが……。しかし、茶菓として用いるには、ちと甘さが控え目かもしれません」
「ならばこちらはいかがでございましょう?」
俺が合図すると、ミゲルが新しい高坏を持ってくる。次は、表面にザラメをまぶし、さらに糖度をアップしたバージョンだよ。
「うむ。これならば文句なし! 絶品でござる」
「ありがとうございます! それでは、こちらをどうぞ」
俺は、もう1杯茶を点てて、師匠にさしだした。
翌日の茶会?
大成功だったよ!
そもそも、話し合い自体、終始和気藹々と進んだんだ。滝川一益さんとは利害関係が無かったからね。そこまではまあいいや。で、茶会になってカステラを食べさせたら、ビックリするほど感動しちゃったんだ。正直言って、「ちょっとやり過ぎたかも!?」って思っちゃった。一益さん、最後は里見の取次になれたこと自体を喜んでたからね。
その後、カステラを取次の一益さんを通じて、信長さんや宮中にも献上したんだ。そしたら、信長さんたちもメッチャ気に入ったみたい。実は、宣教師たちが、先に似たような物を献上してたんだけど、こっちの方がしっとりしてて美味しいってんで、激賞されたんだって。
へへへ、あっちは砂糖だけだけど、こっちは水飴とメープルシロップを使ってるからね。しっとり感が違うんだよ! しっとり感が!!
ちなみに、製法は宗易さんに教えてきたから、宗易さんは大儲け!
メープルシロップは里見家しか生産してないから、里見家も当然大儲け!
これで技術革新のための予算がまた増えるってもんだよ!
で、俺としてはこれで十分だったんだけど、ついでに、とんでもないご褒美をもらっちゃった。
なんと従五位下上総介だって!
従五位で昇殿が許されたのが凄いのか、って?
うん、10歳にそれも凄いけどさ、それよりも問題なのは『上総介』の方だよ!
だって、僭称だったとは言え、『上総介』って信長さんが最初に名乗ってた官位だよ?
それを公式に貰えたんだよ? 凄くない?
気に入られたってのは、よく分かった。でもさ、これ、気に入られすぎじゃない!?




