第85話 家督継承の行方
天正6年(1578年)6月 下総国印旛郡 佐倉城
下野から義頼さんが帰還したのは、義弘さんが倒れてから10日後、6月に入ってからだった。
この一大事にすぐ帰れなかったのは、下野ではほとんどの連中が上杉に誼を通じてたんで、処分しなきゃいけない大名が多すぎたからなんだ。それに加えて、陸奥の仙道の連中が、混乱に乗じて北から侵入を画策してたみたいで、その抑えをする必要もあったんだって。
で、帰ってきた時には義弘さんは最悪の状態を脱してた。話すと吃音気味になったり、すぐに言葉が出てこなかったりはしてたみたいだけど、それでも時間をかければ言いたいことが言えるようにまでは回復してたんだって。
なんで疑問形なのか、って?
俺は、言語チートのおかげで、何しゃべっても普通に聞こえちゃうんだよ。だから、重篤さだけじゃなく、回復具合もはっきりとはわからないんだよ!
それにしても、まさかチートのせいでこんな悩みが出るなんてね。貰った時はこんなこと思ってもみなかったよ……。
―――――――― 佐倉城 奥の間 ――――――――
ここ、義弘さんの病室がある佐倉城の奥の間にいるのは、義弘さんと義頼さん、そして俺、梅王丸の3人だけだ。『内密の相談があるから』って、義弘さんが人払いしたんだ。
俺は、医者も帯同した方が良いんじゃないか? って尋ねたんだけど、どうしても3人で話したいんだって。
西福院さんたちが反対するかと思ったら、「梅王丸様がご一緒であれば、問題はございません」とか言うの。信用されてるのはうれしいんだけど、ちょっと丸投げしすぎじゃない?
奥医師、小姓たちが下がったのを確認すると、まず義頼さんが口を開く。
「此度はお家の一大事にも関わらず、帰還が遅れ誠に面目次第もございませぬ」
「……義頼、何を申すか! ……この一大事に倒れたワシの方こそ、面目ない。……いろいろと骨折り、大儀じゃ」
「有り難きお言葉にございます」
「……さて、義頼よ。ワシは家督を譲り、隠居しようと思う」
「そのような、弱気なことを。義弘様らしくありませんぞ!」
「……梅王丸のことは心残りではあるが。この大変な時に、体がまともに動かぬ男が当主では、お家の舵取りは如何ともしがたい。……ワシももうすぐ50じゃ、隠居は決して遅くないであろう」
「……そうですか。意志は固いのですね。それでは梅王丸の元服を急ぎませんと」
「……待て! 何を申しておる。義頼、お主が嫡子ぞ? ……三十路の嫡子を差し置いて、元服前の子どもに家督を譲る阿呆がどこにおる!?」
「しかし、梅王丸は古今類い希な人物。私のような凡人が間に挟まるよりは、最初から梅王丸を当主とした方が里見家のためかと愚考いたします」
うわ! 義頼さん、なんてこと言ってくれてんの!? 10歳の子に家督継承させようとか、正気の沙汰じゃないよ! 義頼さんが俺のことを買ってくれるのは嬉しいけど、普通の人は『お家騒動が始まった』としか思わないよ?
でも、史実だと、義弘さんが『俺推し』で、義頼さんが反対の立場だったはずなんだけど……。立場が逆になっても継承順の意見が対立するなんて、なんか面白いね。
あ、もしかしてこれが『歴史の修正力』ってやつか!(笑)
……冗談はさておき、現実問題として、いきなり俺が家督継承をするのはまずい。義頼さんは全面協力してくれるだろうけど、問題はそっちじゃないんだよね。
「父上、義父様。よろしいでしょうか?」
「……おお、梅王丸、そちからも義頼に話してやってくれ」
「いや、梅王丸、お主も義弘様を説得してくれ」
「義父様。誠に有り難きお話。この梅王丸大変嬉しゅう思います」
「では!」
「お聞きください。今が3年前、北条と同盟を組んだ直後と同じ状況でしたら、有り難くお受けしたかもしれませぬ。
しかし、現在、里見は領地が7か国にも及んでおります。下に付く者が気心知れた譜代の家臣ばかりであるならともかく、現在の家臣は圧倒的に外様衆が多い状況です。そもそも、ここ数か月で大量の離叛者を処分したばかりではありませんか。
ここで、一足跳びに私が家督を継承すれば、大人しくなりかけた連中がまた騒ぎ出しましょう。里見家のためを思えば、義父様が継承なさるのが最適かと考えまする」
「……義頼、聞いたか? ワシは梅王丸の申しようが正しいと思うぞ? ……どうか里見家のため、働いてはもらえぬか?」
「確かにもっともです。このような先見性も梅王丸を推した要因ではありますが……。わかりました。非才ながら、この義頼。このお話お受けいたします」
「……ありがたい。受けてくれるか。……これで肩の荷が下りたわい。……体がもう少し動くようになったら、必ず手助けに戻るゆえ、家中の舵取り頼んだぞ」
「はっ!」
「……さて、梅王丸。まだ元服前のそなたに頼むのは甚だ心苦しいのだが、そなたには小田原や上方とのつなぎをする役を引き受けてもらいたい」
「はい。わかりました。では、早いうちに小田原に向かい、父上の病の件と義父様の家督相続について伝えるとともに、大規模な援軍が出せなくなった詫びを入れてきたいと存じます」
「……お、おう」
「それから、小田原に行ったついでに、上方まで足を伸ばし織田信長様にもご挨拶してまいります」
「……え? そこまではせずとも」
「いやいや、『里見家は織田家には逆らわぬ』とお決めになったのは父上ではございませぬか。こういう時、速やかに対応することが信頼に繋がりまする」
「……う、うむ」
「あ、折角行くのですから、できれば元服の際は信長様に烏帽子親になっていただきたくお願いしてまいりますね。待てよ? それなら、初陣も一緒にお願いしてしまった方が早いかもしれませんね! こりゃ大変だ、さあ、これから忙しくなるぞ!!」
「「…………」」
義頼さんが『当主』になるってことは、俺は正式に『嫡子』になったってことだ。これで、転生前に危惧してたお家騒動は九分九厘避けられたんじゃないかな?
これでまた一歩野望に近づいたぞ!
こんなことを考えながら、俺は1人、拳を握りしめたんだ。
…………義弘さん、義頼さんの目が点になっているのにも気付かずに。
義弘:「……のう、義頼」
義頼:「何でございましょう?」
義弘:「……ワシ、当主が梅王丸でも、普通にいける気がしてきた」
義頼:「だから私も申したではありませんか」
義弘:「……うん、悪かった」
梅:「あ、そうだ、父上、静養するには温かいところの方が良いと思います。もう少し動けるようになりましたら、湊城にお越しください。脇の天神山城をただ廃城にするのはもったいないので跡地を薬草園に改造しましたんで、大抵の薬はすぐ手に入ります。それから『薬草使い放題』って名目で、諏訪から、医聖・永田徳本先生を招聘しますんで、治療態勢も万全ですよ!」
義弘・義頼:「「…………………………………………」」




