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第84話 義弘さんの病状

天正6年(1578年)5月 下総国印旛いんば郡 佐倉(鹿島)



「父上ぇ! ご無事ですか!!」


「……おお! ……梅王丸。心配をかけたの」


「良かった……! もう起き上がれるのですね。そんなこととはつゆ知らず、お休みのところ騒ぎ立てて申しわけございませんでした」


「……良い。……梅王丸が心配してくれているのが良くわかった。……父は嬉しいぞ。……ただな、命はあったが、……このような有様では、到底『無事』とは言えまい」


「何をおっしゃいますか! 倒れたその日にもう起き上がれるのです。すぐに良くなりましょう」


「……世辞でも嬉しいぞ」


「世辞など申しませぬ。そのように落ち込まれては父上らしくございません。ここ最近が忙しすぎたのでしょう。じっくりと休めば早く良くなります。私は一度下がりますゆえ、今日はゆっくりとお休みください」


「……わかった」






 こんにちは、安房国主 里見梅王丸こと酒井政明です。


 今朝「義弘さん(父ちゃん)が倒れた」って聞いたから、船を使って大急ぎで佐倉にやってきたんだ。


 いや、実は、義弘さんと謙信さんって同い歳で、しかも史実では死んだ歳も一緒なんだわ。


 謙信さんは大酒飲みだったからトイレで倒れて死んじゃったけど、義弘さんは10年前から節酒してた。それに、外貨獲得のために安房に作った薬草園から、血液がサラサラになる丹参たんじんなんかを選りすぐって定期的に義弘さんに飲ませてた。


 そんなことも功を奏してか、ここまでずっと健康だったんで、もう大丈夫だろうって完全に油断してたよ。



 多分、義弘さんは脳梗塞(中風)だわ。医者でも何でもない俺でも、一目見ただけで左半身に麻痺があるのがわかるぐらいだもん。間違いないんじゃないかな?


 でも、良かったよ。今日会って話をしたら、言葉は明瞭に発してたからね。このぐらいの軽い発作だったら、復帰も早いんじゃないかな?




 症状が軽いことに安心しきった俺は、『これからどうしようかな? まずは、何よりも松の方さん(母ちゃん)に挨拶かな? その後は、久しぶりに()明星丸(庶弟)と遊んでやろうかな……』なんてことを考えながら、廊下を歩いてた。



 そしたら、いきなり後ろから声をかけられたんだ。



 誰かと思って振り返ったら、そこにいたのは、奥医師の西福院さいふくいん清庵せいあんさんだった。この人、病人を放っておいて大丈夫なの!?


 ……あ、よく考えたら、1人で四六時中監視できるわけないんだし、交代の人とかもいるに決まってるよね。


 清庵さん、疑ってゴメンよ!



 俺がこんな失礼なことを考えてるとはつゆ知らず、清庵さんは深刻そうな表情で話し始めた。





梅王丸様(若様)。折り入ってお願いがございます」


「西福院殿、いかがした? 治療に必要な薬のことかな? それであれば、何より先に届けさせるようにいたそう」


「それは誠に有り難い! あ、それではなく……。いや、生薬はいただきたいのですが、今はお願いしたいのは別のことでございます」


「?」


「梅王丸様は、先ほど殿と普通にお話ししていらっしゃいましたな?」


「それがいかがいたした?」


「是非とも殿のお話を聞き分けるコツを御教授願いたいのです」


「そんなコツなど…………」




 …………あーっ!!


 気が付いちゃったよ! 俺は、猿ぐつわを噛まされた人間の話でも理解できるレベルの言語チートがあるんだった! だから普通にしゃべれたけど、もしかすると義弘さん、他の人間には理解できないほどの言語障害があるのかも!


 ……て、ことはだ、コレ、思った以上に重篤なんじゃね?



 あー、それでさっきの遣り取りか! 多分、義弘さん自身、思った言葉がしゃべれないことへの苛立ちがあったんだろうね。さっきの微妙な反応は、そうでもなきゃ考えられないよ!

 

 西福院さん、『コイツ何言ってんだ? 話が噛み合わないんですけど!?』なんて、こっそり思ってゴメンよ……。




 とりあえず、俺の能力はチートだから、他人にコツなんか伝えられない(当たり前だ!)。その代わりと言っちゃなんだけど、俺は、しばらく佐倉に滞在して看病や業務の代行を行う。だから、「義弘さんと俺の会話を脇で聞いて、内容を推察できるように頑張りなさい」って指示しといた。







 こんな感じで治療と介護が始まったんだけど、最初は、やっぱり義弘さんの舌が回らないせいで、なかなか話を聞き取れず、みんな困ってた。だけど、西福院さんたちは流石に頭の回転が速い。3日もしないうちに、義弘さんの言葉を理解できるようになったんだ。


 でも、松の方さんや、侍女、近習といった連中はもっと早かった。最後はやっぱり付き合いの長さが物を言うってことかな?




 話が通じるようになれば、今の自覚症状が医師に伝わりやすくなる。症状が医師に伝われば最適な治療ができるようになる。これで治療態勢が一歩も二歩も前進した。



 それだけじゃない、義弘さん自身も、話したことが全く理解されず、絶望感を覚えてたみたい。それが、曲がりなりにも口に出せば相手に伝わるようになったことで、義弘さんの表情がどんどん明るくなっていった。


 話が伝わらないってのはストレスだ。そして、ストレスは症状を悪化させる可能性があるだろ? 意思の疎通ができるようになったことで、ストレスが解消したんだろうね。


 これで、今後への希望が出てきたのが端から見てる俺にもわかったよ。希望があればリハビリへの意欲も湧く。どこまで戻るかはわからないけど、これで一つの危機は乗り越えた感じかな?


 早めに気付いて、速やかな対応ができて本当に良かったよ。










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こちらは前作です。義重さんの奮闘をご覧になりたい方に↓ ※史実エンドなのでスカッとはしません。
ナンソウサトミハッケンデン
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