第81話 緊急招集 ※地図あり
ここから第2章『少年期編』が始まります。
※後書きに地図を載せました。
天正6年(1578年)1月 下総国印旛郡 佐倉城
こんにちは、皆さんお久しぶり。安房国主 里見梅王丸こと酒井政明です。もうすぐ10歳になります。
今日は佐倉城で開かれてる重要な軍議に参加してるんだ。まだ10歳なのにね!
まあ、家中では義頼さんに次ぐ2番目の大身になっちゃったから仕方ない。だって、安房と上総天羽郡、に加えて、一去年から周東郡、周西郡を、去年、万喜土岐家が正式に臣従してからは、伊隅郡も任されてるからね。旧来の家臣も与力として付いてるから、全部を自由にできるわけじゃないけど、石高に直すと20万石近くになるんだ。
でも、流石に10歳に20万石はやりすぎだと思わない?
義弘さんには何度か抗議したんだけど、最終的には「手が足りないから諦めろ!」って言われちゃうんだよなぁ……。
里見家の苦しい事情はわかってるんで、こう言われちゃうと引き下がるしかないんだよ。釈然とはしないけどね。
さて、今日の軍議だけど、里見の一門、譜代の重臣衆のほとんどが集められた大規模なものとなってる。去年、下野に所領を与えられたばかりの土岐頼春さんこそ参加してないけど、その土岐家も隠居した為頼さんを名代で参加させてるんだから、重要性がわかるってもんだ。
義弘さんがまだ来ないから、ちょっと広間はざわついてる。そんな中、名代で参加してる為頼さんを末席の方で見つけたんで、声を掛けて親族の方に引っ張ってきた。
臣従して日が浅い土岐家だけど、領地的には4番目に大身だし、為頼さんは当主義弘さんの外祖父だ。丁重に扱って当然だと思う。
「改めまして。曾祖父様、ご無沙汰しております。本日は遠路はるばるお運びいただき、ありがとうございます」
「御丁寧に痛み入り申す。梅王丸殿。しばらく見ぬうちにまた立派になられたの!」
「曾祖父様も、相変わらずお元気そうで何よりです」
「昨年、頼春に家督を譲って以来、すこぶる調子が良うござってな。当主の重荷がこれほどとは、思ってもみませんでしたぞ」
「逆に頼春様にはご苦労をおかけいたしているのではございませんか?」
「なんのなんの! 里見に鞍替えするまでの数年間、全く戦がなかったせいで、頼春は暇を持て余しておりましてな。此度は前線近くに大領をもらったことで、生き生きとしておりますぞ。それのみならず、万喜はワシの隠居領として残していただいた。この歳で知らぬ土地に移るのは少々骨だと思うておりましたので、ワシ自身も助かっております」
「そう言っていただけて安心いたしました。私自身、曾祖父様を訪ねるのは楽しみでしたから、無理して残っていただいたのではなくて本当に良かった!」
「なんと嬉しいことをおっしゃるものじゃ! いつでも気兼ねなくお越しくだされ。歓迎いたしますぞ!」
「ありがとうございます!」
為頼さんとこんな話をしていると、奥の襖が開き、義弘さんが現れた。
「皆の衆、まだ正月も明けぬのに、集めて済まぬ! ただ、此度は里見家の存亡にかかる一大事。皆の考えを聞きたいと思い、集まってもらった。身分の上下や長幼に関わらず、忌憚のない意見を述べてもらいたい!」
義弘さんの話を聞いて、天正4年に亡くなった正木時忠さんの後を継ぎ、重臣筆頭になった正木時長さんが声を上げる。
「殿! 佐竹が下り、北条との同盟も安定している中で、『里見家存亡の危機』とは穏やかではございませぬ。一体何が起こったのでございますか?」
「おお、時長か、慌てて用件を述べるのを忘れておった。この義弘の不覚じゃわい!」
「して、何が……」
「…………越山じゃ」
「「「「越山!?」」」」
『越山』と聞いて広間全体の空気が変わった。時長さんは一縷の望みをつなぐかのように、改めて義弘さんに問いかけた。
「し、しかし、上杉謙信殿の主敵は北条ではございませぬか? 北条と同盟中の我らは助っ人として援軍を出せば良いのでは……」
「時長、残念ながらそれがそうはいかぬのじゃ。これを見てみよ」
義弘さんは懐から1通の書き付けを取り出すと、時長さんに渡した。時長さんは読み進めるに従って、顔色が青から白へと変わっていく。
周囲を見回すと、他の重臣や一門衆も、時長さんの様子を不安げに見てた。
まあ、当然だよね。若いとは言え筆頭家老が、無言で書状を読みながら蒼白になってくんだもん。
ところが、その中で、隣で1人だけ平然としてる人物がいるんだ。だから、俺はこっそりと小声で話しかけたんだ。
「(曾祖父様。あれは曾祖父様のところに届いた手紙では?)」
「(流石は梅王丸殿。気付きましたな)」
「(それにしても曾祖父様のところにまで届くとは! 謙信殿は、此度の越山に相当自信があるものと見受けました)」
「(まあ、加賀で織田家の名のある大将を何人も討ったとのこと。武田信玄殿もいないとなれば、慢心もいたしましょう。それにしても、全く舐められたものでござる。この土岐為頼、手紙1枚で裏切るような安い者と見られていようとは!)」
そんなことを話していると、時長さんが手紙を義弘さんに返した。やっと読み終わったみたい。それを受け取った義弘さんは、居並ぶ親族・重臣を見渡すして、声をあげた。
「謙信の申しようはな、『関東の諸将の求めに応じ、公方様を傀儡とし、関東を私せんとする、里見・北条を討つ』じゃそうな!」
「「「「「…………」」」」」
「皆も覚えておろう。謙信めが、我らに一言の相談も無く勝手に北条と結んだのを。あれのおかげで、どれほどの苦労をしたことか!
我らも今は北条と結んでおる。だから、これに関しては文句は言えぬかもしれぬ。しかし、ワシがどうしても許せすことができぬのは、奉じておったはずの足利藤氏様を見殺しにしおったことじゃ! 目先の利益のために売られた藤氏様の無念はいかばかりか! 何が『関東管領』だ! この恥さらしめが!!
己を棚に上げておいて、『傀儡とし』とは何じゃ! 我らは一族や忠臣を何人も失いながら、足利藤政様を今の地位まで押し上げた。
武田憎しで掌を返した不忠者に、何か言われる筋合いなど無いわ!!」
義弘さんは真っ赤な顔で一気にまくし立てると、大きく息を吸った。そして呼吸を整えると……。
「斯様なわけで、謙信めと里見家は相容れぬ。あちらが頭を下げてこぬ限り和睦はせぬからそう心得よ。ここで皆に図りたいのは、どのように戦うかじゃ。忌憚のない意見を頼むぞ!」
こう言い放つと、義弘さんはどっかりと敷物に腰を下ろしちゃった。
武田勝頼さんの時もそうだったけど、こうなったら義弘さんは梃子でも動かないからなぁ。まあ、謙信さんも酷いから、義弘さんが怒り狂うのも良くわかるんだけどね。
とにかくこうなったら決戦準備をするしかないのは確実だ。やるからには、最大限の効果を上げられる献策をしないとね。




