第80話 大砲
天正4年(1576年)4月 安房国長狭郡 浜荻村
こんにちは、皆さんお久しぶり。安房国主 里見梅王丸こと酒井政明です。
安房の領主になって1年半、ずっとこだわって進めてきた事業が、やっと日の目を見ることになったよ。いや~、長かったし金がかかったね!
「長かった」って言ったけど、それでも早くできた方だと思うよ。北条との戦が無くなったのと香取海を自領化できたおかげで、里見家自体が軍事的にも経済的にも余裕ができてたからね。おかげで鯨や真珠や椎茸で稼いだ金をジャブジャブ使えたし。
当然、みんなには胡散臭げな目で見られたよ。金をかけても最初は変な岩を砕いたり、粘土をこねたりしてるだけだもん。宗右衛門なんかは、直接「そんなのに金を使うんだったら、馬を飼うか船を造りましょう!」とか言ってきたしね。
だけど、こっちとしても、手を抜くわけにはいかなかったんだ。なにせ、今後の里見家の消長に関わる重要な施設だからね。
で、材料集めから始めて2年、設備が完成して半月、そして、今朝から運転を始めた施設のお披露目にやってきたってわけだ!
え? 何を造ったのかわからない、って?
ああ、ごめんごめん! 造ったのは反射炉だよ。これで大砲の鋳造ができるんだ。
ホント、長い道のりだったよ。2年前に真壁さんが配下になったんで、珪石をもらえるようになっただろ? だから、まず、それを使って耐火レンガの製造を始めたんだ。
で、去年は下野・常陸方面の攻略に全力を注いでたわけだけど、その甲斐があって、1月にとうとう佐竹が降伏してきたんだ。
2年前の春に大打撃を与えといたのに、意外と時間がかかったんじゃないか、って?
いや~、常陸・下野から東北南部にかけての連中は、血縁関係が滅茶苦茶だからさ、佐竹を直接攻撃したら、子分やら、親戚やらが、結束してかかって来ちゃう可能性があったんだよね。
だからさ、宇都宮とか、那須とか、江戸とかの、子分連中を先に潰していったわけよ。
そうするとこうなるわけ。
子分が攻められる
→佐竹に救援を求めてくる
→無理して援軍を出す
→負ける(※場合によっては子分が滅びる)
→勢力が減退する
※以上繰り返し
こんな感じで1年半かけて勢力を削りまくっておいて、今年の1月に、満を持して、5万の兵で太田城下に押し寄せたんだ。
今回も大掾攻めでやったみたいに、風魔衆を使って事前に里見の恐ろしさを宣伝しまくったから、太田城には将兵が集まらない。蘆名や伊達といった親戚衆に頼ろうにも、1月じゃあ東北からは出られない。
こんな状況に陥った佐竹義重さん、流石だね、城を出てあっけなく降伏してきたよ。
『何が流石だ!』って?
だって、こんなのどう考えたって、佐竹は勝てっこないじゃん!
里見は5万もいるのに援軍の見込みはないし、兵士も集まらない。逃亡しようにも今は冬。逃げて『山野で野垂れ死に』とか、みっともないったらありゃしないだろ?
それでも殺られるのがわかってるんなら、必死で抵抗したんだろうけど、里見は結構寛容だからね。『謀反』とか『内通』とかしない限り、追放すらしないし。
甘いんじゃないか、って?
それがね、そうとも言えないんだな。さっきも言ったけど、関東だの東北だのの連中って、親族関係がホントにややこしくてさ、宗家を潰しても隠し子とか分家とかが出てきて、延々と騒ぐんだよ。
例えば、三浦宗家はさ、鎌倉時代に執権北条氏に滅ぼされたはずじゃん? ところが戦国時代になってもまだ三浦半島を領有してた。で、改めて(?)北条早雲に滅ぼされるわけだ。ところが、房総の正木氏は「俺たちは三浦の庶流だ!」って、その後も50年以上にわたってずっと三浦半島に越境攻撃を続けてたわけよ。
これは、ムカデ頭を潰しても、動きが止まらない……。っていうか、プラナリアみたいに『また生えてくる』って言った方が良いかもね。
だから、力を削って宗家を残してやって、扱いに不満をもって反乱を起こそうとしたらまた削り、領地を移動させ、地縁・血縁を切り、っていうふうにじわじわと牙を抜いていくのが里見の戦略なんだ。
そんなわけで佐竹も、『常陸久慈郡と陸奥高野郡を安堵。その他を没収』って条件で、降伏を認めた。
これで不満をもって反乱でも起こしてくれたら、追加でもっと削れるんだけどね。常陸北部は鉱物資源も多いから、没収できれば助かるんだけど(笑)。佐竹義重さんはそこまで馬鹿じゃないから、そっちは望み薄かな。
ま、彼も結構な梟雄だから、油断して寝首を掻かれないようにしないとね。
話がだいぶ脱線しちゃったけど、佐竹から常陸北部の鉱山地帯を奪ったんで、素材も確保できた。
と、いうわけで、めでたく今日の火入れになったってわけ!
「…………………っちゃん!坊ちゃん!!」
「わあっ!」
「やっと気が付いた!」
「なんだ、ペドロか。ビックリさせないでよ!」
「『ビックリさせないでよ!』じゃねぇですよ。あっしがさっきからでけえ声で呼んでんのに、全然気付かねえんですから」
あちゃ~! またやっちゃったよ。
「ごめんごめん! ちょっと考え事をしてたんだ!」
「そうですかい? でも、あんまりボーッとしねぇでくだせぇ。炉の回りは危ねぇんですから!」
「それはそうと何かあったの?」
「おっといけねぇ! そろそろ溶湯を鋳型に流しやすぜ。坊ちゃんそれを見てぇからわざわざ残ってたんでやしょ?」
「何だ、早くそれを言ってよ! さ、早く行こう!」
「……ホントに! 現金なんすから!」
『鋳造の経験があるから』って理由で『炉奉行』に任じたペドロに案内されて、反射炉の前に着くと、早速、湯口が開けられた。
すると、真っ赤に溶けた青銅が、ドロドロと鋳型に流し込まれていく。
やった! 成功だ!! やっとこれで大砲を量産する目処が立ったよ!
え、何!? 鉄で鋳造したんじゃないのか、って?
いや~、確かに反射炉でも鋳鉄はできるんだけどさ、正直なところ、かなり非効率なんだよね。だから、しばらくは青銅砲で行く予定なんだ。
まあ、3年前だったら、領内じゃまともな金属は砂鉄しか取れなかったから、非効率で加工が面倒で、品質が悪くても、諦めて鉄でやってたと思うんだ。けど、佐竹から奪った多賀郡には日立鉱山(銅)、茨城郡には高取鉱山(錫)があったからね。
だって、鉄製で、いつ破裂するかわかんないような怪しい大砲を造るより、青銅の方が確実じゃん?
ただ、鉄に比べると青銅は断然高価なんだよね……。でも、銅も錫も領内で生産できるんだ。しかも、掘って売るにしても販路は限られてるから、正直あんまり美味しくならないんだ。だったら、領内で消費しちゃえば、一石二鳥だろ?
でも良かったよ。成功して。これで結構傷みが出てるスペイン製(メキシコ製?)大砲の更新ができるよ。大砲は里見家躍進の原動力の一つだからね。これで、もう数年は周囲の大名に対して優位に戦闘を進められるんじゃないかな?
で、優位にやれてる隙に、ライフリングや、砲弾の信管についての研究も進めて、さらに優位な状況を保てるようにしたいね。
それから、大砲は難しくても鉄砲を鋳造して量産化する事なんかも考えといた方が良いかも……。これだったら大砲よりは鉄も少なくて済むから、反射炉でもイケそうな気がする。
金と人が付けられれば、転炉なんかにも手を出してみたいんだけど、そこまでは難しいかな……。
俺は感慨にふけりながら、こんなことを考えてたんだ。
「はぁ~。坊ちゃん、また、ボーッとしてらっしゃる……」
すぐ後に、大声でペドロに呼ばれて、またビックリしちゃたのは、義弘さんたちにはヒミツだ!
間章(1.5章)はここまで。次回から『第2章 少年期編』が始まります。




