第75話 とある正月の出来事
天正3年(1575年)1月 下総国印旛郡 佐倉城
こんにちは、皆さんお久しぶり。安房国主 里見梅王丸こと酒井政明です。
俺、去年、安房の領主になっちゃったんだけど、今日は新しく里見の本拠地になった下総の佐倉城に帰省(?)してるんだ。正月だからね。
まあ、まだ7歳なんで、安房でずっと暮らしてるわけじゃなく、佐倉と往復してる感じかな。当然行った時には、しばらく泊まってくるよ。船で数時間とは言え、流石に往復の時間がもったいないからね!
ただ、今回佐倉にとどまってるのは、『正月だから』ってだけじゃないんだ。
北条との和睦?
俺の婚約?
それは確かに大事だったけど、去年のことだよ? 去年さんざん祝っちゃったから、いつまでも引きずっててもね。
そうじゃなくて、実は、今、現在進行形で、一大事が起こってるとこなんだよ。
おっと噂をすれば!
義弘さんを呼ぶ、侍女の声が廊下を駆けていく。俺はその声に釣られて部屋から飛び出した。
侍女に先導されて、義弘さんと一緒に一つの部屋に入ると、そこには松の方さんが寝かされてた。
心配してたけど、見た感じ血色は悪くない気がする。ただ、俺自身は医学的の知識がほとんどないから、はっきりしたことは言えないんだけどね。
そんな松の方さんを見て、義弘さんはたまらず大きな声を上げた。
「松よ! 大事ないか!?」
「御屋形様! お方様もお休みでございますれば、お声はもそっと小さくお願いいたします」
「おお! お富、すまぬ!」
「ですから、お声を控え目にと!」
……義弘さん。テンパってるのはわかるけど、ココで大声を出すのはないよね。お富も釣られて声が大きくなってるし、これは来るんじゃないかな?
こんなことを考えていると、案の定、2人の大声に対抗するかのように、部屋の反対側から……。
「オギャー! オギャー! オギャー! オギャー!」
「ああ! 姫様が起きてしまわれた!」
「なんと! 今度は女の子であったか!」
「はい。元気な姫様でございます」
抱き上げた乳母が母乳を与えると、泣いていた赤ん防はすぐに静かになった。
へー! これが、俺の本当のご先祖様なんだな……。俺は乳母に抱きかかえられた妹を見ながら、こんな感慨に浸っていたんだ。
ちなみに、騒いだ義弘さんたちは、まず乳母に叱られて、その後、目を覚ました松の方さんにも叱られて、めっちゃ小さくなってたよ。
でも、お腹がいっぱいになって寝ちゃった赤ちゃんを抱かせてもらって、普段の調子が戻ってきたみたい。「流石は里見の子じゃ!」って、いつものセリフが飛び出してたからね(笑)。
それにしても、義弘さん相当嬉しかったんだな。俺の時以上に『えびす顔』になってた。やっぱり、最初の娘は違うんだろうね。
そうそう! そう言えば義弘さん、今回は「子どもが生まれそうだから」って、正月だっていうのに断酒してた。俺の時が相当効いたんだな。
酒といえば、節酒の効果があるんだろう。今生の義弘さんは未だにすこぶる調子が良い。あれから7年も経つのに、まだ中風すら発症してない。だから、『3年後に死ぬ』っていう未来も、もしかしたら回避できるかもしれない。
何はともあれ作っちゃったんだ。最悪でもこの子が物心つくぐらいまでは、元気に生きてもらわないとね。
おっと! そう言えば、大事なことを忘れてたよ!
俺は妹を抱き(※乳母の補助付き)ながら、義弘さんに声を掛ける。
「父上! この子はなんという名前なのですか?」
「うむ! 『桃』と名付ける!」
「おお! 桃と言えば、唐では、神聖で魔除けとなると聞いたことがございます。流石は父上! 博識でございますな!!」
「…………(全部、言われてしもうた)。梅王丸、よく知っておったの」
「はい! 父上と母上の子でございますから!!」
「「流石は里見(足利)の子じゃ!!」」
「「「「はははははははは!!」」」」
2人の声が揃ったところで、部屋は笑いに包まれた。
その和気藹々とした空気に和みながら、俺はこの妹の、そして、この家族のため、さらに頑張らなきゃって、決意を新たにしてたんだ。




