第73話 婚約者ができました
天正2年(1574年)11月 相模国西郡(※足柄下郡) 小田原城
こんにちは、安房国主 里見梅王丸こと酒井政明です。
今日は婚約者である鶴姫さんとの顔合わせだよ。本当は一昨日にするはずだったんだけど、急遽2日延期になったんだ。北条家からは、『急病のため』って言われたけど、俺は本当の理由を知ってる。なにせ風魔小太郎がいるからね!
で、小太郎に聞いた話だと、北条家としては俺を懐柔する方向に舵を切ったんだけど、どうやら、『里見の恐ろしさ・野蛮さ』をすり込まれてた姫が、拒絶反応を隠せなかったんだってさ。
しかも、すり込んでたのは当主の氏政さんだよ? 何してくれてんのさ!?
だから、北条家の一家総出で鶴姫さんに言って聞かせたり、「百聞は一見に如かずじゃ!」なんて言って、俺の姿をのぞき見させたりして、「野蛮じゃない」って納得してもらったんだって。
鶴姫さんが覗きに来るって話は、事前に情報を得といてよかったよ。彼女は素人さんなんで、見てる気配を隠せてない。だから、もし知らなかったら不審者扱いにして騒動になってたかもしれない。それにしても、見られてる中で生活しなきゃいけないのってメッチャ緊張するね。
効果はあったのか って?
あったみたいだよ。実は、ここまでかかったのは1日なんで、本当なら昨日には対面できてたはずなんだ。それが今日にずれ込んだのは、俺の姿を見た鶴姫さんが、「礼儀のおさらいをしたい」って言い出したからなんだ。「きちんとした作法ができてなかったら恥ずかしいから」だってさ。少なくても悪いイメージだったらそんなことは言い出さないんじゃないかな?
予定は多少狂ったけど、おかげで昨日は箱根湯本にも行けたんで、目的の一つは達成したかな。本当は大涌谷とかも行ってみたかったけど、毒が出てるからダメだって。聞いたら地元の人も危ないから立ち寄らない場所みたい。『毒耐性』があるから、多分俺は大丈夫なんだけど、お供の人がみんな倒れちゃシャレにならないからね。今回は諦めたよ。
おっと、そろそろ時間だな。せっかく良い方向に来てるんだから、幻滅されないように気を付けないとね。
俺は侍女の案内に任せて廊下を進み、目的の部屋に着いた。そして襖が開かれると、中には数名の女性が待っていた。
鶴姫さんはすぐわかったよ。義重さんの記憶もあるけど、それ以前に、1人だけ子どもだったからね! でも、義重さんの記憶以上に小っちゃいね。よく考えたら、まだ8歳だもんなぁ。ま、俺はそれ以上に小さいんだけどね!
ちなみに、大人も何人かいるけど、上座に1人だけ良い服を着て、白い頭巾をかぶってる人がいる。これが瑞渓院さんだろうね。鶴姫さんは母親がもう亡くなってるから、母親代わりとしてついてきたのかな?
俺は腰を下ろすと、まずは挨拶をした。
「瑞渓院様、お初にお目にかかります。里見義弘が長子、里見義頼が嗣子、梅王丸と申します。このような機会をお与えくださりありがとうございます」
「ほほほ、氏政殿の申すとおりじゃ。梅王丸殿、この老いぼれは、あくまで付き添い。我らのことは気にせずに、今日は鶴とたくさんお話くだされ」
「それでは改めまして。
鶴殿、お初にお目にかかります。梅王丸と申します」
「鶴にございます。梅王丸様、せっかく来ていただきましたのにお待たせして申しわけございません」
「鶴殿、ご病気と伺いましたが、もうお体はよろしいのですか?」
「はいすっかりよくなりました」
「それはよかった! でも、気分が悪くなったら、すぐに言ってください。あ、ご病気と言うことで、1つ贈り物をお持ちいたしました」
「?」
「病気の時には薬を飲まされますが、時々口が曲がるほど苦いものがあります。私はあれが大の苦手でして」
「まあ! 鶴も同じでございます!」
「鶴殿も同じですか!? 仲間でございますね! ……でも、皆、『良薬は口に苦し』とか言って苦い薬を無理矢理に飲ませてくるのです。どうにかならないかと、色々考えて、作ってみたのがこれです」
「これは?」
「楓の木の蜜を煮詰めて作ったもので『楓蜜』と言います。薬と一緒に飲めば薬を苦く感じなくなります。もう治ってしまったのなら要らないかもしれませんが、次に薬を飲む時にでも使ってみてください」
俺が持ってきた壺を差し出すと、侍女が受け取り……。
「失礼いたします。まずお毒味を……。甘い!!」
ははははは、思わず声が漏れちゃってるよ。メイプルシロップは甘味の少ないこの時代の人には刺激が強かったかもしれないね。その侍女の反応を見て、鶴姫さんだけじゃなく、瑞渓院さんまでそわそわし始めた。これなら『つかみはOK』だね。
たまらず鶴姫さんが聞いてきた。
「梅王丸様。私もなめても大丈夫ですか?」
「ええ、毒味役の方の許しが出たら問題ないかと……。ただ、食べる時は、唾が壺に入らないようにお気を付けください。例えば誰かが舐めた匙を、水で洗わずに壺の中に入れますと、段々甘さが減ってしまうのだそうです」
この後、まず鶴姫さんが舐めて恍惚となり、それを見た瑞渓院さんも我慢しきれずに舐めて……。最後は喧嘩になりそうになったんで、持ってきた予備を渡して、その場は何とか治めたよ。でも、次回のお土産も催促されちゃった。
メープルシロップ作るの結構大変なんだけどね。ま、こんなんで懐柔できるんなら『安い』もんかな。
メイプルシロップ騒動の後は、もう一つお土産に持ってきたカルタで一緒に遊んで、親交を深めた。
トランプ?
自作だよ。スペイン人たちが持ってたのを和風の図柄にアレンジしたんだ。ちなみにスペイン式だとカードは48枚なんだけど、イギリス式の52枚に変えたよ。七並べがやりづらいからね。
産業化しないのか って?
その予定はないかな。江戸時代の状況を考えると間違いなく流行るんだけど、この時代まだ著作権もないし、産業化したところで儲けはたかがしれてるからね。それだったら、もうちょっと効率の良いことをしたいかな。
話を戻すと、最初は底辺イメージだったはずの俺の株もうなぎ登りで、お互いの交流も予定以上に深まった。ただ、ちょっと深まり過ぎちゃったらしい。鶴姫さんが毎日トランプ勝負を挑んでくるようになっちゃったんだ。
で、最初は侍女さんたちと一緒にしてたんだけど、侍女さんたち、忖度プレーをするんだよね。それじゃ面白くないじゃん。それを正直に話したら、今度は氏直さんたち兄弟を連れてくるようになったんだ。結局、氏直さんたちも嵌まっちゃって、俺が帰るまで何度も勝負してたから、メッチャ親交は深められたはず。
ただ、一つ不安なのは、あの人たち嵌まり過ぎなんだよね。『変なものを持ってくるから氏直がバカになった』とか言われたらどうしよう?
今のところ義弘さんの体調は良好、義頼さんとの関係も良好だ。ただ、史実では義弘さんは4年後、義頼さんでさえ11年後には他界する。2人が世を去った時、頼りになるのは婚家なんだよね。そういう意味でも今回の訪問は成果があったんじゃないかな?
幸い、年2回は交流の機会があるんだ。どんどん親睦を深めると同時に、俺の優秀さをアピールして、義弘さんたちがいなくなっても、切られないようにしとかないとね。
それから、歴史の流れで言えば、この後、織田が強大化するのは目に見えてる。ただし、歴史が変わっちゃってるから、本能寺の変が起こるかどうかは微妙なのが辛いところだね。だから、起きても起きなくても対応できるように、策を練っておく必要はあるよね。早いうちに俺自身が上洛して、信長に顔と名前を売ってくるのが第一歩かな?
それから、北条と同盟が組めたんで、戦う相手が佐竹ぐらいになった。北条と上杉の手伝い戦には駆り出されるだろうけど、領地が荒らされる心配がなくなったのはとても大きい。それに、俺自身の支配領域も増えたんで、本格的に内政にも力を入れられるようになる。
捕鯨、椎茸に加えて、淡水真珠とメープルシロップも軌道に乗り始めてる。九十九里での金肥生産や、鳥島なんかのグアノが手に入るようになれば、ミツヒカリの生産性はさらに上がるはず。伊豆諸島ではサトウキビの生産も進めたいね。
それから、本格的に南蛮貿易にも乗り出したいかな。既に、ガレオン船は持ってるし、アカプルコ航路の最初の寄港は済んでる。ただ、こっちから売りつける物が生鮮食料品ぐらいしか無いんだよね。かろうじて真珠はいけるかもだけど、もうちょっと売り物はほしいところかな。今のところ幾つか検討してる物はあるんで、上手くいったら報告するよ。
まだ、全く油断はできないけど、先が見通せるようになったのは良いことだよね。平穏に人生を終えるためにも、これからも頑張ろうっと!!
これにて1章『幼年期編』は終了です。未評価の方は、よろしければ下の評価欄から評価をお願いいたします。




