第70話 房相同盟
天正2年(1574年)7月 下総国印旛郡 佐倉城
こんにちは、天神山城主 里見梅王丸こと酒井政明です。
小弓公方家対策に『烏帽子親作戦』を提案したんだけど、義継さんにダメ出しを食らっちゃったよ。お金もかかんないし、ナイスアイディアだと思うんだけどな?
「義父様、何が悪いのでございますか!?」
「梅王丸、そなたは今、七つではないか。烏帽子親は元服の時に立てるものであろう?
『里見が七つの子を元服させた』この報を聞いたら、果たして他家はどう思う?
『里見義継に問題がある』と見るか、『里見義弘様と私が対立している』と見るか……。いずれにしても、当家の威信が傷つくは必定じゃ。
また、『しかるべき時に烏帽子親をお願いする』では、先の婚約話と一緒であろう? それでは頼淳様の疑念を晴らすことはできぬ」
「…………」
うーん、確かにそうだよ。ここにいる3人、今はみんな仲良しだけど、史実では違ったんだもんね。自分たちが自信をもってても、イレギュラーなことがあると疑い始めるヤツも出てくるはずだ。それを考えると得策とは言えないね。
じゃあどうしたら良いんだろ……。
俺が悩んでいる中、義継さんはさらに話を続ける。
「しかしな、梅王丸。『烏帽子親になっていただく』というのは良い案じゃ。よくぞ気付いたな」
「?」
「義弘様。梅王丸ではなく嗣子である私が、頼淳様より偏諱を頂戴しましょう。そうすれば、里見が小弓公方家を疎かにせぬことの証明になりましょう」
「おお! ありがたい! 義継やってくれるか!?」
「はっ! ……それに、おそれ多いことなれど、頼淳様では梅王丸の烏帽子親にはいささか軽うございます。もっと凄い相手に出会うまで、烏帽子親はとっておかれた方がよろしいかと」
「わはははは! 義継。言うではないか!」
「はい、事実でございますれば!」
「「わはははははははは!」」
2人は笑い出しちゃったけど、何か上手くまとまったみたいで良かったよ。それにしても、この世界線での義継さんは「『義頼』にはならないんだなぁ」って思ってたけど、こんなところに落とし穴(?)があるとは思わなかったよ。これが『歴史の修正力』ってヤツかな?
怖いなぁ。思い返すと梅王丸の人生は、バッドエンドばっかりだった。で、『歴史の修正力』が働く可能性があるってことは、いつ変な死に方をするかわかんないってことだよ。だからこれからも、油断しないようにしないとね!
天正2年(1574年)9月 下総国印旛郡 佐倉城
こんにちは、天神山城主 改め 安房国主 里見梅王丸こと酒井政明です。
「同盟がまとまったから」ってまた義弘さんに佐倉に呼び出されたよ。あれから1か月ちょっとしか経ってないんだけど……。どんだけ北条も里見と同盟したかったんだろうね?
同盟の条件?
まず、関東公方の継承なんだけど、3人で練った案どおりで落ち着いたよ。
藤政さんは、二つ返事で了承した。正木憲時さんの死でだいぶ懲りたみたい。さして力のない自分が、将来の関東公方になることの幸運とその重みを自覚したらしい。元々真面目な人だったんだけど、簗田晴助さんの話を良く聞いて、今まで以上に頑張ってるって聞いた。憲時さんの死が無駄にならないように頑張ってほしいね!
当たり前だけど、現公方の義氏さんはかなり抵抗したみたい。だけど、最後は氏政さんが出てきて、
「そんなにおっしゃるなら、よろしい! 里見家にお送りするので、里見と直接交渉なさればよろしかろう!」
って言って黙らせたらしい。
義氏さんとしては無念だろうけど、藤政さんの次は自分の子を関東公方にするって条件だったから、渋々受け入れた感じかな?
それから、小弓公方家の頼淳さんも、婚姻で自分の子が古河公方家を継ぐ可能性も出てきたから、二つ返事で了承した。条件を教える前に義継さんが「偏諱を賜りたい」って来てたんで、自分たちが見捨てられないってわかってたことも大きいんだろうけどね。
あ、そういうわけで俺の義父様は正式に『里見義頼』になったよ。
次に、国境なんだけど、こっちが決まるのはもうちょっと早かった。先に結果を言えば、房総3国は里見方、武蔵・相模・伊豆は北条方ってことに決まったんだ。
江戸や岩付を返したのかって?
うん、里見も譲るところは譲ったよ。ただし、城主にした太田資康さんと太田資正さんはそのままで、帰属だけ北条方にするっていう約束でね。
資正さんは武蔵松山城主と遺恨があるからってゴネたんだけど、捕まえてあった上田兄弟(※松山城主の息子)を渡すって条件で黙らせた。氏政さんからは、「北条方として活動してくれるなら誰が城主でも文句がない」って言質を取ってる。だから、あとは、2人を人質に開城を迫るなり、鬱憤を晴らすなり、内戦をするなり好きにしてくれればいい。
あ、ちなみに、1対1で勝負せずに、上杉を引き込むとかの裏技を使ったら、里見も敵に回るってことで念押ししてあるよ。
当然、渡すばっかりじゃないよ。上総で北条方だった土岐為頼さんは、反対に里見に帰属することになったんだ。ただ、為頼さん、ここのところ派兵要請に一切応じず、何の役にも立ってなかったから、北条としても全く異論はないってさ。
正直、里見は一門衆が手薄だから、準一門とも言うべき万喜土岐家が正式に帰参してくれることになったのはありがたい。
あと、俺自身、何の気兼ねもなく為頼さんに会いに行けるってのは嬉しいね!
それから、伊豆のうち伊豆七島は里見領ってこと確保した。比較したら里見が渡す領地の方が多いし、島は農業生産的にはほとんど実入りがない。だから、北条としては戻らなくてもそんなに惜しくなかったみたい。
逆に里見としては、南洋方面への策源地として絶対に死守したかったから、両者Win-Winの結果だったんじゃないかな?
小山とか結城とか、北関東の連中は、ちょっと不満があるっぽい。けど、関宿から無理に出撃して里見に迷惑をかけたのはわかってるから、誰も文句は言ってこなかった。
一応、里見と同盟した下野の国衆に北条は手を出さない。逆に北条と同盟した上野の国衆に里見は手を出さない。って約束もしたんだ。現行の権益は守ってあげたんで、それでも文句を言うなら「どうなっても知らない!」ってする手はずだったんだけど……。命拾いしたね。
それから、正木時忠さんの5男、時長さんが小田原から戻ってきた。史実では妻子を置いての帰還だったんだけど、今回は同盟を組んだんで、みんな連れてこれた。これで正木左近家は将来を悲観せずに済みそうだ。
いや~良かった良かった!
これで畳の上での死にまた一歩近づいたね。
安心した俺は、義弘さんたちに向かって心からの祝辞を述べた。
「父上、義父様、同盟の成立おめでとうございます!」
「うむ、梅王丸にも苦労をかけるな」
「なんの! 私の苦労など、お2人の苦労に比べましたら、何と言うことはございません!」
「おお、そう言ってくれるか! 助かる! 父からも礼を言うぞ」
ん? 何か微妙に会話が食い違ってるような気がするぞ?
「いや、同盟を組むには証が必要であろう」
「はい」
「本来であれば人質交換をするところなのだが、今の当家に、人質に出せる人材はおらぬのだ」
「確かに」
ちょっと前なら「俺が!」って手を挙げたんだけど……。今は安房国主になっちゃったから、ちょっと無理だよね。俺の次点で、義頼さんの実子の千寿丸くんがいたけど、彼、正木大膳家の養子になっちゃった。しかも、大膳家には他の後継者がいないから、彼も無理。
それ以外だと、義弘さんに殺されそうになって逐電した叔父さんや、義弘さんの従兄弟ぐらいしかいない。重要な同盟の人質にするには軽すぎるよね。
「であるからして、北条と婚姻を結ぶことになった」
うん、同盟の定番といったら、やっぱり婚姻だよね。で、誰が?
「梅王丸、よろしくたのむぞ!」
俺かよ!!!
相手は北条氏政さんの娘、鶴姫さんだった。義重さんも結婚したことがある人で、義重さんの記憶ではいい人みたいだよ。
ちなみに歳は俺の2歳上。姉さん女房だね。
……ってことはまだ8歳じゃん!! 俺も6歳だけどさ!!!
 




