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第7話 現状分析②

???


 里見義弘(実の父)の何が問題か。


 実は、義弘は、戦いの才能は相当優れていて、『第2次国府台合戦』の緒戦では、倍以上の北条()軍に対し、計略を織り交ぜながら果敢に攻勢に出て、名の知られた武将を2名も討ち取るような大戦果を上げてるし、上総の中央まで攻め込まれて起こった『三船山みふねやま合戦』では、やはり寡兵で、高所に陣取る北条の大軍を打ち破ってる。


 間違いなく武力はAクラス、いや、もしかするとSクラスかもしれない。



 でも、そんな武将が全国的に無名なのはなぜか?



 他が台無しだからだ(笑)



 例えば、さっき「緒戦を勝った」と言った『第2次国府台合戦』では、最終的に大敗してる。


 その敗因は、緒戦の快勝に浮かれて、酔いつぶれるほど酒をくらった(全軍が。だ!w)せいで、北条の奇襲を受けたから。という、何とも締まらないものだったりする。


 それでも、人格的に優れているんならいいんだけど、弟の1人を疑って殺そうするとか、猜疑心も強いときてる。



 さらには、40過ぎまで子どもができなかったから、別の弟を後継者にして、『義継よしつぐ』って名乗らせてた。

 ところが、「義重さんが生まれたんで」って、幾多の実績を挙げてた弟を廃して、実子を後継者にしようと動いたんだ。ここまでならよくあることだけど、彼はひと味違う。家中に不和の種をばらまいたあげく、大酒飲みがたたって、早死にしたんだ(笑)。


 こんな困った男が、里見家の当主なんだぜ?




 そして、何もしなければ政敵ライバルになる『義継』こと里見義頼という人。兄である義弘に似ずに政治力が非常に高い。


 今でこそ、『縁の下の力持ち』に甘んじているから目立たないけど、義弘の死後の立ち回りのしたたかさを見れば、その能力の高さは明らかだ。



 ただ、義頼(この人)、結構若くして死んじゃう。もう少し長生きをしてたら、里見家の命運は違ってたんじゃないかって思うんだけどね。


 そもそも、出家させられてた義重さんが、一時期ピンチヒッターをしなきゃいけなかったのは、義頼が早死にしたせいなんだ。もし、ここの継承順が逆だったら、小田原征伐とかでも、もっと、真面まともな対応ができてたかもしれないんだよ。


 よくよく考えると、どれもこれも義弘のせいじゃない?





 そして、関東公方の継承問題。


 里見家は長らく、第一次国府台合戦で敗死した足利義明あしかがよしあきの子孫である小弓公方おゆみくぼう系を推してた。

 義弘さんなんか、わざわざ敵地鎌倉に潜入して、尼になっていた足利義明(小弓公方)の娘を説得して連れ出し、正妻にしたほどの力の入れようだったんだ。


 ところが、古河公方足利晴氏の後継を巡って、北条と上杉が対立するようになると、里見うちは、上杉の推す、藤氏ふじうじ藤政ふじまさ松姫まつひめの3人を引き取って、継承争いに介入した。


 結局のところ、藤氏、藤政は死んで、北条の血を引く義氏が古河公方家を継ぐことになった。はっきり言って、無駄骨もいいところなんだけど、その過程で松姫さんは義弘さんの継室(後妻)として嫁ぐことになったんだ。これが義重さん()の母親だったりする。


 そうなってくると、面白くないのは小弓公方家だ。


 そりゃそうだ。お飾りとはいえ、関東公方(自称)兼、当主の正妻の親類として、尊崇を集めていたのが、一転、『スペア公方』みたいな扱いをされるようになったわけだ。面白いはずがないわな。


 義重さんによると、義頼との対立の裏でも、かなり暗躍してたらしい。それどころか、上手く事が運ばないと、表に出て実力行使に及ぶこともあったとか。


 義重さんの出家名『淳泰じゅんたい』の『淳』は、当時の小弓公方足利頼淳(あしかがよりずみ)から与えられた偏諱へんきなんだって。古河公方の血筋に偏諱へんきを与える。しかも下の名を上に付ける。小弓公方家の鬱屈した思いが伝わってくるよ。


 ここは放置厳禁だな。




 あとは、なんと言っても北条の存在だね。


 周囲に敵を抱えているとは言え、北条の領地は、石高にして100万石を遥かに超えてる。

 それに対して、現在の里見の勢力は、20万石そこそこ。


 両者の間には、東京湾があるし、その北は、墨田川(入間川)、利根川、太日川(渡良瀬川)が併流する、下総・武蔵国境(くにざかい)の大低湿地帯だ。

 地形的な要因があって攻勢が限定的になっていること。里見の水軍が強いので、「うかつに手が出せない」と、北条が本格的な海戦を避けていること。これが今のところ救いだ。


 ただ、北条は調略とかも、どんどんしてくるから、攻勢がかかっていなかったとしても、全く油断はできない。



 文字通り『一騎当千の働きができる』とか、めちゃくちゃなチートがない限り、北条と敵対したまま、生き残るのは至難の業だ。


 少なくても俺の貰ったチートと、現在の里見家の状況じゃあ、まともに正面から戦ったら、お家の存続は厳しいだろうね。



 頼みの綱の武田信玄(笑)も上杉謙信も、十年以内に立て続けに死ぬ。先に北条氏康も死ぬけど、北条氏政は後世の評判ほど馬鹿じゃない。『織田信長が来るまで待てば』って話もあるけど、北条の圧力には、里見(うち)単独じゃあ、とても耐えられそうにない。


 どこかで、和睦が必須だ。





 とはいえ、北条と和睦するためには大きな壁が2つある。


 それは、父義弘と、祖父である里見義堯さとみよしたかだ。


 義弘の方は、単純バカっぽいので、何とかなりそうな気がする。けど、問題は義堯の方だ。


 義堯は、本来、分家の世継ぎの立場だった。そこから、父を誅殺した当主(※従兄弟)に下克上をしかけて、家督を奪い取った。その後、安房1国の領主でしかなかった里見家を、一端いっぱしの戦国大名にまで成長させた英主だ。そして、隠居したとはいえ、現時点では存命で、影響力も相当大きいものがある。


 問題は、この義堯という人、大の北条嫌いで通ってるってことだ。どうやら先代の北条氏綱と相当な確執があったみたいなんだけど……。



 実は、氏康の代になって、相当な好条件で和睦の打診をしてきたことがあったんだ。里見があんまりしつこいからだよ(笑)。

 ところが「信用できん!」って、けんもほろろに話を蹴ってる。こっちが不利な立場なのは変わらないのにだよ。


 そこまでこじれるって一体何だろう?


 ともかく、この人をどうにかしない限り、北条との和睦はできそうにない。




 すぐそばに強大な敵がいるのに、獅子身中の虫を抱えてる。その上、父親が脳筋でトラブルメーカーで火種に放火した状態で死ぬ。

 こんな感じで問題山積なんだよ。うち(里見)は。


 それでもやるしかないんだよな。生まれる前から気が重いぜ!







次話より本編スタートです。

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こちらは前作です。義重さんの奮闘をご覧になりたい方に↓ ※史実エンドなのでスカッとはしません。
ナンソウサトミハッケンデン
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