第69話 重要な議論
天正2年(1574年)7月 下総国印旛郡 佐倉城
こんにちは、天神山城主 里見梅王丸こと酒井政明です。
いきなり、義弘さんがおかしなことを言い出すから、めっちゃ混乱してるよ。
いやいやいや! 確かに『北条との和睦』は義継さんも勧めてたし、去年までは北条自体からのアプローチも凄かったよ。それだけじゃない。土岐為頼さんや、武田勝頼さんから仲介の誘いだってあったんだ。それを全部袖にして、武田に至っては同盟の破棄までしたのに、何で今になって言い出したんだ??? 俺には理解できないよ……。
幸いなことに、理解が及ばなかったのは義継さんも一緒だったみたい。俺より先に立ち直った義継さんは義弘さんに疑問を投げかけた。
「義弘様。北条との和睦につきましては、この義継も何度か提案いたしました。それに、土岐為頼殿や武田勝頼からも仲介の話を頂いておったはず。なぜ、今なのですか?」
「うむ、その方の疑問はもっともじゃ。理由はいくつかある。長くなるが聞いてほしい」
「「…………」」
「まずな、こたびの戦は、大勝利であった。しかし、勝つには勝ったが、正木憲時と正木時通という柱石を失ってしもうた。里見家の二本柱である正木大膳家は既に後継が無く、当主時忠が健在とは言え、正木左近家も残る後継者は、小田原に留め置かれている時長のみ。10年前の戦で正木季弘、正木信茂、安西実元ら重臣を多数失った我らにとって、2人の死はあまりにも痛いのじゃ」
「父上、北条も重臣を多数失ったと聞きましたが……」
「その通りじゃ。だが、悔しいことに元々の地力が違う。まだまだ代わりとなる者は控えていよう。加えて、北条は一門衆が多く、こたびも氏政の弟が3人も参戦しておった。それに対して当家はどうじゃ? 一門で頼りになるのは、ここにいる3人ぐらいであろう。
ワシが生きている内は何とかしてみせる。が、亡くなった里見義堯様もおっしゃっていたとおり、ワシ自身いつ三途の川を渡るかわからぬ歳じゃ。『今、勝っているから』と、のうのうと過ごしていては、将来に禍根を残すことは明白じゃ」
「しかし、義弘様、我らは『反北条』を旗印に戦ってまいりました。ここで和睦を結んでは、裏切り者の誹りを受けませぬか?」
「言うヤツには言わせておけばよい! そもそも房総や南常陸の諸将で、今まで一度も北条と組んでいないのは、御所様と簗田殿、それから大掾ぐらいであろう。『自分のことを棚に上げるな』と言ってやればよい」
「わかり申した。ただ、御所様はいかがなさいますか?」
「これは頭の痛いところよ。ただ、足利藤政様は『自分が原因で憲時を殺してしまった』と、大変悔やんでおられるそうじゃ。簗田殿と相談せねばならぬが、藤政様を義氏公の養子ということにして、『次』であることを約束させられれば、納得いただけると踏んでおる」
「そちらは何とかなるかもしれませんが……。足利頼淳様はいかがなさいますか? 頼淳様は参戦もしていらっしゃいますぞ?」
「む! そちらのことは失念しておったわい。流石に藤政公の養子にするわけにはまいらぬし……」
「困り申したな……」
「「ううん……」」
2人とも考え込んじゃったよ。
小弓公方さんたちは思ってる以上に大変だよ? あの人たち武力なんかほとんど無いくせに、しつこいんだよね。
だいたい、義重さんは8回死んでるんだけど、少なくともそのうち3回は小弓公方さんが原因だったりするんだ。梅王丸は古河公方系だから、『当主の地位に就いたら迫害される』とでも思ったんだろうね。きっと。
とりあえず、出家して偏諱を貰ったら(※名前の1字をもらうこと)、それ以上は何もしてこなかったんで、適度に敬った上で、身の安全を確保してやれば、変な蠢動はしないと思うんだけど……。
でも、ここで小弓公方家をどうにかできると、俺の身の安全も高まるよね! じゃあ、いっちょ意見を具申してみますか!
「父上! 義父上! 足利義氏様は、先日姫様を授かられたとのこと。その姫様と、頼淳様の御嫡男、乙若丸様との婚約を結んではいかがでございましょう。関東を揺るがした80年来の対立が解消されますし、乙若丸様にも古河公方家を継承する資格が生まれます。きっと、頼淳様もお喜びになるのでは?」
「なるほど! 頼淳様は既に小弓の御所を再興なされた。それに加えて80年間できなかった和睦を成し遂げられるとなれば、納得なさるかもしれぬ……。しかし、義氏公の姫様は生まれたばかり、乙若丸様もまだ3つぞ。今後、『もしも』のこともある。『いつか反故にされるのではないか』との疑念を持たれるのではないか?」
「はい! 頼淳公に安心していただくために、もう1つ。私の烏帽子親になっていただきます。何なら猶子としていただいても構いませぬ。里見家の後継者で古河公方家の血を引く私の烏帽子親となれば、小弓公方家の誇りも高まりましょう」
『喜連川作戦』&『烏帽子親作戦』だよ。俺が今回婚約を勧めた2人だけど、実は史実でも結婚してるんだ。どうせ、結婚するんだし、義氏さんが後継に恵まれないことなんか、今はわからないから、悪い案じゃないはず。
偏諱については、俺が役に立てるなら否やはない。ただ、そうすると、名前が、『義頼』になっちゃうかもしれないんで、個人的にはちょっと混乱するかも(笑)。だけど、既に佐竹義重さんとバチバチやってる都合上、『義重』になる可能性は皆無なんで、まあ良いかな。
こんなことを考えていると、義継さんが話し始めた。
「両・公方家の御和睦、大変結構。しかしな、梅王丸。今そなたの烏帽子親を頼淳様にお願いするのは良くないぞ」
え? 何で!? いいアイディアだと思ったのに!




