第61話 佐竹の陰謀(閑話)
合戦に入りますので、これからしばらく閑話が続きます。
天正2年(1574年)4月 常陸国 新治郡 府中城外
佐竹家当主である常陸介義重は、重臣を帷幕の中に呼び寄せた。
こたびの戦は、まず『関宿への援軍』と称して府中城に宿を借りる。そして、夜陰に乗じて大掾貞国以下を殺害してこれを奪う。さらに、無防備な東側から、一気呵成に小田領を蹂躙する。こういった計画で始まった。
これが成し遂げられれば、忌々しい里見に一泡吹かせられるばかりか、常陸の過半を制し、飛躍への大きな足がかりとなるはずである。
策の最初の1手。『宿を借りる』ための使者として城内に送った、謀将 車斯忠の帰陣に合わせ、軍議は始まった。
「車斯忠、大掾貞国は何と申しておった?」
「『今はちょうど出陣準備で近隣の諸将が集まっており、全軍をお泊めすることはできません。しかし、佐竹家当主を、城の目の前で野ざらしにしたとあっては大掾家の名折れ、義重様や重臣の方々20名程度でしたら部屋も取れまする。この条件でよろしければ、ぜひお越しください。歓待いたします』とのことでございます」
「ふん、『出陣準備』な。で、斯忠、城内の様子はいかがであった?」
「貞国の言葉どおり、城内には軍兵がひしめいておりました」
「落ち目の大掾では、府中城を人で埋めることは苦しかろう?」
「大掾のみでしたらその通りでございましょうが……。二の丸には『三つ引き両』の旗指物が林立しておりました」
「してやられたわ! 里見義弘め、まさか正木時忠を残すとは……。これは間違いなく太田資正めから情報が漏れておるな」
「御屋形様。いかがいたしましょう」
「いたし方ない。もう日も暮れかかっておるし、今日は府中で陣を張るとしよう」
「城内には入らぬので?」
「城内に? 20人ばかりで何が出来る? のそのそと城内に入ろうものなら、我らまとめて捕り殺されようぞ」
「では、明朝から府中を攻めますか?」
「貞国だけならともかく、正木時忠まで在城しておるとなれば、普通に攻めても数か月はかかろう……。
そうだな、明日は、南へ1里の高浜城に向けて軍を動かそう。それで里見が動くようなら野戦で決着を付ければよい。高浜を見捨てるなら、そのまま港を押さえればよい。そうすれば、府中城への海からの補給を絶てるであろう」
「なるほど! 流石は御屋形様。王手飛車取りの策ですな!」
「北条と里見の大戦が終われば、どちらが勝っても相当疲弊しておるに違いない。その隙を突いて、佐竹家は、ゆっくり府中や小田を攻めればよいのだ。今、慌てる必要はない」
「はっ! それでは早速……「御屋形様! 多賀谷殿より急使が参りました!!」」
「通せ!」
息も絶え絶えで陣中に通された急使は、農民の姿をしていた。道中の取り締まりが、いかに厳しかったかが、その姿からも窺える。
彼は息を整えると、話し始めた。
「多賀谷経伯が家臣、渡辺神五郎にござる」
「待て! なぜ、当主の多賀谷政経殿でなく、弟の多賀谷経伯殿が、直接使者を寄越すのじゃ?」
「はっ! 実は………………」




