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第60話 決戦前夜

 天正2年(1574年)3月 上総国天羽(あまは)郡 佐貫城



 こんにちは、天神山城主 里見梅王丸こと酒井政明です。この前は慌てちゃってごめん! 佐竹のことだけど、何とかなったよ。


 風魔衆(隼人たち)の諜報網に引っかからないから『変だ』とは思ってたんだけど、佐竹は、北条と同盟したわけじゃなかった。


 敵に回ったわけじゃなかったの、って?


 いや、敵になったことには間違いないよ。

 こんなこと言ったら「どういうわけだ!」って思うよね。


 佐竹はね、武田と同盟を結んでるんだ。で、里見は1月に武田との同盟を破棄したでしょ。だから、同盟から外れた里見を攻撃しようと準備を始めた。こんな理屈だったんだ。



 状況が最悪なのは変わらないんじゃないか、って?


 いや、『最悪』まではいかないかな?


 北条と佐竹が、しっかりとした同盟を組んで、互いに連絡を取り合いながら、参戦日や攻撃場所なんかを決められてたら、間違いなく里見うちはヤバかった。


 でも、北条と佐竹。『里見』って敵は共通だけど全く連携が取れてない。


 佐竹義重さん、ちょっと中途半端だったんじゃないかな? 北条と同盟を結ぶことに抵抗感があったのかもしれないけど、やるんだったらもっと徹底的にやるべきだったね。


 しかも、足利藤政公(伯父さん)たちから、『北条を討つために参集せよ!』って手紙が回ってるのに、それを無視しての里見攻撃。そんなことするから、佐竹家の求心力が予想以上に下がってたんだ。

 東関東で古河公方家の旗印はまだまだ強力だからね。






 俺は情報を得たとき、ただ慌ててただけだったけど、義継(義父)さんの動きは速かった。佐竹傘下の常陸の国人衆や下野の諸将に、足利藤政公から手紙を出してもらったんだ。


「佐竹の行動は北条を利するだけだ。甘言に乗らず、足利藤政(古河公方)様に忠誠を尽くすように」


ってね!


 その手紙が効いたみたいで、下野の諸将や結城家は関宿に参集するか、日和見で参戦しない道を選んだようなんだ。それだけじゃないよ! なんと、太田資正さんの力添えもあって、有力武将の真壁氏幹まかべうじもとさんを寝返らせることにも成功した。


 これで確実に佐竹方なのは、一門衆以外は、下妻の多賀谷たがや政経まさつねさんと、水戸の江戸えど重通しげみちさんぐらいになっちゃった。


 このあたりの外交の冴え、流石は義継さんだ。俺も勉強しなきゃね!



 おかげで、佐竹義重さんの動員兵力はどう頑張っても1万に届かなくなった。


 こうなると、義弘さん(父ちゃん)が冴えてくる。


 元々留守番予定だった小田氏治さんに加えて、大掾貞国さんも常陸府中に残す。さらに、遊軍として正木時忠さんを府中の南の高浜に置いた。この備えなら間違いなく守り切れるんだけど、それだけじゃない。佐竹の侵攻方向如何では、寝返った真壁氏幹さんを加えて、逆侵攻をかける手はずを整えてた。


 義弘さんって、色々と抜けてるんだけど、戦に関する嗅覚はとっても鋭いんだ。俺もその感覚を身に付けたいもんだよ。でも、こればっかりは実地でないと学べない部分が大きいんだよね。


 俺、早く大きくなるから、健康に気を付けて、ずっと元気でいてね。義弘さん(父ちゃん)





 大掾貞国さん、正木時忠さんの兵力が当てに出来なくなったのは痛いけど、何とか態勢を整えられたんだ。ここは、俺も協力しないとね。










 天正2年(1574年)4月 下総国印旛(いんば)郡 鹿島(佐倉)




 鹿島城の広間に4人の武将が入ってきた。彼らは高座に座る里見義弘の面前に座り一礼をする。そして、4人を代表し、千葉氏の家宰である原式部大輔胤栄が言上を述べはじめた。




原胤栄はらたねひで国分こくぶ胤政たねまさ大須賀おおすか胤俊たねとし鹿島かしま義清よしきよ、我らお呼びにより参上つかまつりました」


「皆の衆、よくぞ参った」


「して、里見義弘(副帥)様。我らをお呼びとは、いかなる要件でございましょう」


「うむ、北条(伊勢)とのいくさはいつ何時起きてもおかしくないほど近くまで迫っておる。そこで今日は、そちらにしか出来ぬ仕事をしてもらいたく、集まってもらった。こういうわけじゃ」


「『我らのみが出来る仕事』でござるか! 外様の我らをそのように高く評価してくださったとは! 我らが出来ることなら、何でもいたしましょうぞ」


「おお! ありがたい! してくれるか!」


「「「「はっ!」」」」


「……して我らはどのようなことをいたせばよろしいので?」


「なに、さほど難しいことではないのだ……。それ! 今じゃ、引っ捕らえよ!!」


「な!? 何を?」

「うわ!?」

「は、離せ!」

「おのれ! 謀ったな!!」




 義弘の声を合図に飛び込んできた屈強な男どもに、4人はあっという間に絡め取られた。


 そして、縛り上げられた4人は、口にもボロ布(ぼろきれ)を詰め込まれ、何やら呻きながら、恨めしそうに義弘の方を見るばかり。




「さて、これで安心して話が出来るわい。先ほど『謀ったな』と口走りおったヤツがいたが、……さて、先に“謀った”のはどこのどいつかのう?」




 義弘はそう言うと、ふところから書状を出して、転がる男どもの目の前に突きつけた。


 彼らは、一瞬にして顔色が変わり、いきなりガタガタ震え出す。




「これによると、『戦場で返り忠(寝返り)をすれば、恩賞は望み次第』だそうな。一体、いつ、どこから返り忠をするつもりであったのであろうか? なあ!!!


 ま、今となってはどうでも良いことよ! おぬしら、さっきは『我らが出来ることなら、何でもする』と申しておったな? これから約束どおり、しっかり『役に立って』もらうぞ?


 ワシは優しいからの。働きによっては、お家の存続も助命も考えてやろう。……だから、しっかり『役に立つ』のだぞ?」









 出陣間際の鹿島(佐倉)城では、こんな遣り取りがあったんだって!


 実は、北条は、戦の前にめっちゃ調略をかけてきてたんだ。


 里見うちは、ここ数年で急拡大したから、信服しきってない国人衆は多かった。特に、ずっと敵対関係にあった、千葉家の一族は、里見の下風に立つことを潔しとしない者がたくさんいたんだろうね。その大きな隙を突いてきたってわけだ。


 流石は北条! 知らずに戦いに臨んでたら、またとんでもない大敗を喫してたろうね。


 でも、残念なことに、東関東の風魔衆(調略担当)は、全員二重スパイになってる。だから、どんな絶妙な調略をかけても、里見家こっちには100%筒抜けなんで、北条へのプラス効果はほとんど無いんだけどね(笑)


 そう、俺の指揮下の里見風魔衆(二重スパイ)たちは、密書の伝達役にも使われてるんだ。だから、事前に裏切り者リストを作成して、義弘さんたちに届けておいたってわけ!



 今回裏切ろうとした奴らは殺すのかって?



 いやいやいや! もうちょっとで出陣なのに、一軍の将を殺しちゃったら、全体が動揺するじゃん? だから、すぐには殺さずに有効活用するんだよ!



 どうするかって?



 まずね、コイツらは軟禁状態にしといて、率いてきた将兵たちには、手紙を見せながらこう言うわけよ。


「お主らの主君は、この通り、欲に目がくらんで寝返りを企みおった! 本来ならば、本人は獄門、一族郎党共々放逐したいところなれど、今は戦の前。主君の罪を許してほしくば、戦場でそのあかしを立てよ。お家の今後はそちらの働き如何じゃ。気張れよ!」


 お家が潰れちゃ家臣一同路頭に迷うだろ? そうならないためにも死にもの狂いに働いてもらおうってわけだ! 死兵となった連中は強いよ! お家のため、自分と家族のために頑張ってもらおうじゃないの‼︎



 ちなみに、軟禁グループは本気で裏切ろうとしてた集団ね。コイツらの基本ラインは『領地没収のうえ死罪』。ただし、家臣の働き次第で、『後継者に家督相続のうえ本領安堵』までは予定してる(※本人? 最高でも隠居のうえ閉門だね!)。


 当然、こんな連中ばっかりじゃない。しっかりと調略の誘いが来たことを自己申告してきた国人衆もたくさんいるよ。


 ……実は、こういう忠誠心の高い人たちには別の役割があるんだ。全員に頼めるわけじゃないけど、出来る人たちには、もうお願いして動き始めてる。



 こんな感じでやることはやった。ここまで来たら、俺としては出来ることはほとんど無い。もう『人事を尽くして天命を待つ』って心境だよ。  

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こちらは前作です。義重さんの奮闘をご覧になりたい方に↓ ※史実エンドなのでスカッとはしません。
ナンソウサトミハッケンデン
― 新着の感想 ―
[良い点] 後々に第三次国府台合戦と呼ばれることになりそうであるw
[一言] 北条の姫様婚姻ルートが消えそう
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