第6話 現状分析① ※地図あり
※後書きに1568年ごろの房総の勢力地図を載せています。
???
俺、酒井政明は、昨日(?)閻魔大王(仮称)の力で、里見義重さんに転生した。
あ、『転生した』って言ったけど。厳密には、ウソだ。
まだ、母ちゃんの腹の中にいるんで、『生まれて』はいない。
母親の胎内ってどんな物かと思っていたけど、すっごい心地いい。義重さんが極楽だと思ったのも良くわかる。
ときどき、くぐもったような声が聞こえてくる。これが俺の母ちゃんになる人の声なんだな。
この人たちを守って天寿を全うする。これが俺に与えられた使命だ。
ちなみに、義重さんたちの前では「名を残したから十分だ!」なんて言ってたけど、正直に言う。あれもウソだ!
俺だってさ、分かってるんだよ。もし生き返れなかったら、どうなるかぐらい。
親は悲しむだろうし、救助に行くことを後押しした山辺は、きっと一生苦しむだろう。
あの時は、俺が自分で「行く」って言ったんだ。自分のとった言動のせいで、友達を一生苦しめるなんてなったら、それこそ死んでも死にきれないよ。
ま、あの『ライフジャケット無しボケ野郎』は、「もう少し責められろ!」って思うけどな!!
え? 『天下統一』は、どうした?
ああ、あれは、大言壮語ってやつ? せっかく戦国時代に生まれたんだから、天下統一してみたいよね。毛利元就の故事にもあるじゃん? 作り話っぽいけど(笑)。
とにかく、最初から諦めてたら、それで終わっちゃうから、とりあえずでっかいことを言ってみた。それだけ。
それだけ。だったはずなんだけど……。
実は、あの後、閻魔様と義重さんに、しこたま叱られた。『話をちゃんと聞け』って。
どこで? 閻魔様の部屋(?)でだよ!
俺、1日1回1時間の、高次元空間使用権を持ってるだろ? せっかく使えるんだから、使わなきゃもったいないじゃん。
そうなんだよ! ものは試しと使ってみたら、まだ、母親の胎内にいるのに、もう閻魔様の部屋にアクセスできたんだよ!
そこで、散々怒られたの!
まあ、あんまり無理して死んじゃったら、元も子もないし、里見家と義重さんが置かれた状況は相当に厳しいから、2人が文句を言うのは、よく分かるんだけどね。
ただ、怒られてたおかげで、せっかくのファーストアクセスタイムが、ほぼ何もできずに終わっちゃった。ちょっと損した気分だよ。
今、言った、1日1回1時間の高次元空間使用権だけど、実は、この能力は相当でかい。
俺は、閻魔様(仮)や義重さんが存在する空間を経由して、400年以上未来から、この時代にやってきた。
と、いうことは、あの『閻魔空間(仮)』は、時間の流れを超越した場所ということだ。そこにアクセスができるってことは、未来知識をいくらでも取得できるってことになる。
植物の育て方限定じゃないのかって?
甘いな。
俺は、「余った時間は、ゲームとか、動画見たりとか、他のこと調べたりとかしてもいい?」って質問したよな。
そしたら閻魔様からOKが出た。これを聞いた瞬間、俺は内心小躍りしたね!
だって、これは何を意味すると思う?
裏を読んだら、『1日1時間、何を調べてもいい。場合によっては動画で確認してもいい』ってことじゃん?
つまり、俺は、調査に関して、自由裁量権を与えられたってことなんだ。
現実世界で1時間っていう制限はあるけど、上手く使えば、相当な知識チートが実践できるはずだ。
調べることはできても、それを上手くアウトプットできないんじゃないかって、密かに危惧してたんだけど、絵画スキルと再現スキルがもらえたから、何とでもなりそうだ。
本当は『無限プリンター』とかが、ほしかったけど、どうやらオーパーツはNGみたいだから仕方ない。
ま、最悪、絵画スキルがあれば、斎藤道三に追い出された土岐頼芸みたいに、絵描きとして食っていくこともできるでしょ。
これ、考えようによってちゃ、没落しても役に立つ、凄くいい貰い物だったんじゃね!?
さて、チートはしっかり貰ったけど、こっからが本番だ。
あれだけのチートを貰っても、実は、全く油断なんてできない。
それくらい義重さんの人生は一筋縄ではいかないんだ。
まず、そもそも里見家自体が詰んでる。
里見家は義重さんが生まれる10年前くらいまでは、房総3国の7割ぐらいを手中に収め、勢力範囲は50万石以上。つまり、大大名に手が届く寸前まで来てたんだ。
ところが、1561年に第2次国府台合戦で負けた結果、傘下の国人衆のほとんどが離反しちゃった。
本貫の地である、安房は何とか確保してたけど、安房なんて太閤検地では4万石しかない小国だ。安定した所領ではあるんだけど、過大な期待なんてできない。
主たる収入源は北の上総なんだけど、義重さんが生まれた1568年頃は、安房に隣接してる夷隅郡の南端、勝浦のあたりにまで、北条方の国人が存在する状態だった。
だから、石高でいっても、今は合計20~30万石がせいぜいじゃないかな?
そのレベルしか領地がないから、100万石を優に超える北条に対抗するためには、同盟者が重要になってくる。
で、現在同盟してる大名のうち、有名どころは武田と佐竹かな。
このうち、佐竹は、そこそこつきあいが長い。けど、規模で言ったら里見と五十歩百歩(※里見が「五十歩」の方なのは笑うしかない)。位置も関東の北の外れと南の外れ。『同盟』って言ったって気休め程度だ。今まで姻戚になったこともないし。
じゃあ、武田は? っていうと、はっきり言ってこっちも苦し紛れだ。
里見は、長らく越後の上杉謙信と同盟を結んで、北条と戦ってた。ところが、上杉が突然、北条と同盟を結んじゃったんだ。
だから身を守る意味から、敵の敵である武田と組んだんだけど、上杉・北条同盟の原因を作ったのが当の武田だったりする。
ちょっと前に武田は、ひどい同盟破りをした。
『今川攻め』だ。
嫡子である武田義信を殺してまで、実行したところに、武田信玄の本気と狂気が見えるね。
攻撃対象となった今川は当然だけど、北条も怒り狂った。北条氏康は自分の息子を養子という名目で人質に出してまで、最大の仇敵上杉と同盟を結び、武田に攻めかかったんだ。
そんな、味方のいなくなった(当然だ!)武田が、同じく上杉謙信に見捨てられて困っていた、里見や佐竹に、北条を牽制させる意味で結んだのが、この同盟だ。
言ってみれば、お互いの信義なんて毛ほどもない、打算だけの同盟だね。
そして、武田は強欲だけど、史実を見れば、北条・上杉とつぶし合いになる関東には、さほど興味が無さそうだ。だから、はっきり言って、里見にとっての効果は、気休め程度じゃないかな。
自由に差配できる領地が増えるわけでもないのに、変な大義を掲げて、わざわざ関東で暴れてくれる上杉とはわけが違うんだ。
あと、未来知識で言っちゃうと、武田は数年後に里見や佐竹に無断で、北条と同盟を結び直す。それどころか、厚顔無恥にも、「双方と同盟をしている武田家が和睦の仲立ちをしようではないか!」なんて話をもちかけてくる。
こっちは立場が弱いから、内心では腸が煮えくりかえっていても、自分から同盟破棄なんてできない。まさに武田信玄本領発揮の事件が起こるはずだ。
まあ、これに関しては信玄だけを責めるわけにはいかない。当然だけど、いいように騙されちゃったこっちも悪い。
そんなことになってる原因の大半は、血縁上の父、里見義弘にあると俺は思ってる。