第57話 6歳・重苦しい正月
天正2年(1574年)1月 上総国望陀郡 久留里城
こんにちは、天神山城主 里見梅王丸こと酒井政明です。
今は正月なんだけど、あまりめでたくない事態が起こってる。そろそろ武田と北条の同盟が再結成されそうなんだ。
ここ数年、北条は氏康さんの遺言(?)に従って、里見家に対して散々和睦交渉を持ちかけてたんだけど、全く取り付く島もない。それどころか、どんどん攻め込まれて、本貫の伊豆の一部まで奪われちゃった。そんなこんなでもう限界だったんだろうね。遺恨が限りなくあるはずの武田信玄との同盟を画策し始めたんだ。
え? 信玄は死んでるんじゃないか?
そうなんだけどさ、北条はまだ気付いてないんだよ(笑)
使者が逍遙軒信廉に完全に騙されちゃったんだって。
うち? 里見家は岡本元悦さんが会ってきたんだけど、「本人にしては周囲の扱いが些か軽いように見えまする」って報告があった。俺の未来知識に加えて、そんな情報もあるから、里見家は『信玄は死んでる』想定で動いてる。で、使者を送った際には散々カマをかけたんだけど、武田は頑として認めなかったんだって。
だから義弘さん。
「味方の我らにも真実を明かさぬとは! 勝頼め、我らを信用しておらぬのか!?」
って、たいそうご立腹だった。
今、そんな状態なんで、武田が里見家に相談もなしに、北条と結ぶとなったら、きっと義弘さん暴発するね。
そして、もう1つ。里見義堯さんが、最近めっきり弱って来ちゃってるんだ。
史実でも天正2年の6月には亡くなってるんだけど、それよりも弱るのが早い気がする。もしかすると、史実では義弘さんと義継さんが冷戦状態で「自分がどうにかしなきゃ!」って気を張ってた。ところが、この世界では2人が両輪となって里見が大発展してるから、満足しちゃった感じなのかもしれない。
今日、みんなが久留里城に集まったのは、表向きは『正月の祝い』って名目。
でも、真の意図は、義堯さんのお見舞い。……っていうか、半分『今生の別れ』の意味も込められてる。
だって、この戦国の世だよ。敵が攻めてきたら、親が危篤だろうが何だろうが対応に赴かなきゃいけないだろ? いつ戦が起こるかわからない以上、会える時に会っておかないとね。
幸い、義堯さんの体調は比較的よさそうだった。って言っても、もう布団から起き上がるのがやっとの状態だった。それに、げっそりと痩せていて、誰が見ても『もう長くないんじゃないか?』って感じるようなレベルなんだけどね。
ちなみにその姿を見て、常陸方面を転戦してて、久しぶりに面会した正木時忠さんなんかは、完全に絶句してた。
そんな中、近習に支えられて起き上がった義堯さんは、集まった人たちに向かって話し始めた。
「……皆の衆、よくぞ集まってくれた。見てのとおりの有様じゃ。すまんがこの格好で話させてもらう。
正月だと言うに辛気くさくなってしまうが、このところ、とんといかん。これから話すことは儂の遺言だと思って聞いてくれ」
「父上! 何をおっしゃいますか!!」
「義弘殿。儂の体じゃ。この体がかなりまずいことは儂自身が一番よくわかっておる。まあ、今日明日ということはないじゃろうが、少なくとも次の正月、儂はここにはおるまい。動ける今のうちに、別れの挨拶をしておかねばと思ってな」
「父上……」
「この体じゃ。皆に話すのは、ちと骨が折れる。1人ずつ寄って貰えるか? まずは時忠。近う寄れ」
「はっ!」
「時忠よ。色々あったな」
「左様でございますな。義堯様と、我が兄、時茂に付いて3人で西へ東へと転戦した若き日のこと、今でも昨日のことのように思い出されます」
「色々苦労をかけたな」
「何をおっしゃいますか! 一度敵に下ったにもかかわらず、快くこのような老いぼれの帰参を許していただきました。そのようなことをおっしゃっては、我ら続ける言葉がございませぬ」
「『老いぼれ』などと……。よく言うわ! 常陸では大活躍しているようではないか」
「『大活躍』など、とんでもない! 香取海の水軍衆は全くもって温うございます。三浦衆や伊豆衆と、常に鎬を削っておられる正木堯盛殿に申し訳ない限りで」
「謙遜するでない。お主が香取方面で後ろに睨みを利かせておるから、我らは正面から北条と戦えるのだ。引き続き頼むぞ」
「我らももう50過ぎ、ちと人使いが荒いのではございませぬか?」
「土岐の爺様は70過ぎても現役ぞ? 10年とは言わぬが、梅王丸が元服するくらいまでは元気でいてもらわぬと困る」
「これはやられましたな。土岐為頼殿を持ち出されては、何も申せません」
「土岐の爺様に叶わぬ儂が言うのもなんだがな。時忠、これからも末永く里見を支えてやってくれ」
「はっ! この目の黒いうちはしかと!」
「うむ。息災でな」
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義堯さんは、正木時忠さんを先頭に、重臣たち1人1人と言葉を交わしていった。
そして、四半刻ほどかけて、全ての家臣との会話が終わると、疲れた表情で話し始めた。
「悪いが、ちと疲れてしもうた。儂は横になりたい。申し訳ないが、あまり無様な姿は見せとうないゆえ、席を外してもらいたい。これからも変わらず里見家を、義弘殿を支えてくれ」
「「「「「はっ!!」」」」」
「義弘殿、義継殿……、それから梅王丸はここに残れ」
「「は!」」
「へ?」
お、俺もですか!?
何をしゃべったんだか、後で教えてもらおうとは思ってたけど、まさかその場でお話を伺うことになろうとはね。……義継さんを隠れ蓑にしてたつもりだったけど、もしかして色々暗躍してるのがバレちゃってた?
部屋から退出していく重臣たちを尻目に、俺はそんな益体もないことを考えていたんだ。




