第55話 ガレオン船の出航
天正元年(1573年)11月 上総国天羽郡 天神山城
こんにちは、こんにちは、天神山城主 里見梅王丸こと酒井政明です。
あれから半年経ったけど、将軍追放も、天正への改元も、信長さんの浅井・朝倉攻めも普通にあったよ。全体的に見れば概ね史実どおり動いてる感じだね。
違うのは、信長さんが北近江に出兵したのを聞いて、武田勝頼さんが美濃に攻め込んで、岩村城や明智城を奪っちゃったところとかかな?
多分、浅井・朝倉への援護射撃のつもりだったんだろうね。だけど、残念ながら、岩村城の開城と小谷城の陥落はほぼ同時だったんで、浅井・朝倉を救うことはできなかった。
勝頼さんは、戦術面では大勝利だから、かなり浮かれてたらしい。でも、戦略的には相当痛い敗北なんだけど、あの人わかってるのかな? 漏れ伝わってくる情報を聞く限り、分かってなさそうな気がするんだよね。
『大きな歴史の改変』があったから、どうなることかと思ってたんだけど、このままなら武田の滅亡までは既定路線かな?
そう! 『家康さんが死んじゃった』っていうの、ガセじゃなかったよ!
浜松が落城した時に負った大怪我が元で、亡くなったんだってさ。
この時期秀忠さんどころか秀康さんだって生まれてないんだよ? もう将来どうなるんだか、さっぱりわかんなくなっちゃったよ!!
でも、そんな結果になってるのは、里見家に遠因があるんで、文句が言いづらいのが困ったとこなんだけどね。
だって、信玄さんが上洛でなく遠江攻略に舵を切ったのは、武田北条同盟が成立しなかったからだろ? で、何で、同盟が再構築されなかったか?って言えば、どう考えても関東で里見が大暴れしてたせいだ。
将来の生存確率を少しでも上げるために頑張ったら、不確定要素が増えちゃうなんて、全く予期してなかったよ……。
困ったことになっちゃったけど、もう死んじゃったものは、どう頑張ったって取り戻せない。この上は、今まで以上に情報収集や国力増加を頑張らないとね。
でも、何でこんなこと考えなきゃいけないんだろ? 俺、まだ5歳なんだけどなぁ……。
「…………坊ちゃん! 坊ちゃん!!」
「えっ!?」
「『えっ!?』っじゃねぇですよ! さっきからボーッとっして。一体どうなすったんで?」
「ああ、ちょっと考え事をね!」
「考え事ですかい? そんなら仕方がねぇか。坊ちゃんも忙しいですからねぇ」
「もしかして準備ができたの?」
「おっと! そうだった! 準備ができたも何も、もうみんな揃ってやす。そもそも坊ちゃんがいなくちゃ始まらねぇんだ。ぐずぐずしてねぇで、さっさと来てくだせぇ」
「わかった、すぐ行くよ」
「じゃあ、おいら、先に行ってやすから。頼みましたよ」
「あ、メンデス。呼びに来てくれてありがとね!」
「へへへ、お安いご用で!」
まずいまずい。色々考えてたら時間が過ぎちゃったよ。実は、今日は、これまで色々と働いてくれてたスペイン人たちを帰国させるガレオン船の出航日なんだ。
まあ、『送る』って言っても、メキシコやスペイン本国に送るわけじゃない。彼らの送り先はフィリピンだ。
メキシコに送ってもいいんだけど、メキシコじゃあ1年がかりの旅になっちゃう。流動性の高いこの戦国の世で、重要な戦力を1年以上も余所にやっちゃうわけにはいかないだろ?
それに対してフィリピンだったら、2、3か月もあれば帰ってこれるからね。
色々やりたいことはあるけど、取りあえず今回は、フィリピン総督に繋ぎを作って、マニラガレオンの寄港地に選んでもらうことを目論んでる。
房総には大した産物はないから、主目的で寄ってもらうのは難しいと思う。でも、生鮮食料品の補給基地としては価値があると踏んでる。だって、北太平洋海流を利用する北米航路が、陸地から離れるのが房総半島沖なんだ。航海する立場の人間としてみれば、できるだけギリギリのところで新鮮な食糧を積み込みたいだろうからね。
しかも、難破した船員たちを救い、わざわざ送り届けてくれるような友好的(笑)な土地で、ガレオン船の修理ができるドックも備えてるんだ。寄港のためのハードルはめっちゃ下がるんじゃないかな?
宣教師への対応とか、考えなきゃいけないことは山ほどあるよ。けどね、安定した収益を上げられる手段だし、堺を経由せずに硝石を確保できる可能性があるんだ。そんなのが目の前に転がってたら、貧乏無資源大名家としては、飛びつかざるを得ないじゃん?
それに、この世界線じゃあ、もう何が起こるかわかんないんだ。東照神君様だって、お隠れあそばしちゃったんだから、里見家のためになるんだったら、何でも試してみなきゃって思う。明らかにまずいことが起こるってのが見え見えなら別だけどね。
「坊ちゃん! まだですかい!?」
「い、今、行くよ!!」
じゃあ、ちょっと式典に参加してくるね!
思い返せば、攫われたりとか色々あった。でも、付き合ってみたら、みんな気の良い連中だったよ。だからごそっといなくなるのは、俺としても凄く寂しい。
それに、今の里見家があるのは、彼らのおかげって部分も大きいんだ。この2年間の働きに報いるためにも、盛大に送り出してやらないとね!
 




