第54話 軍師?
元亀4年(1573年)4月 下総国印旛郡 鹿島城
こんにちは、こんにちは、天神山城主 里見梅王丸こと酒井政明です。
昨日「罪人の預かり先を決める」と言う名目の論功行賞は無事終わったよ。
ちなみに、俺、また加増されたんだ。5歳なのにね!
まあ、加増分のうち半分は栗林義長の俸禄だし、もう半分も使い途は決まってるから、増えたところで『すごい贅沢ができる』とかは無いんだけどね。
増えた分だけ家老役の戸崎勝久の負担は増えるんだけど、勝久は軍役の負担が減るから、全体的には少し楽になるんじゃないかな?
それにしても、タイミングが良かったよ。有名になる前にスカウトしちゃえたんでね。
実は、今回スカウトした義長は、天正年間の前半、鬼怒川下流域から香取海沿岸一帯で大活躍した武将なんだ。『軍師』なんて書かれてる本もあるけど、活躍を見る限り、軍師って言うより指揮官タイプだね。で、この人、天正年間に入ってから、いきなり記述が現れるようになり、縦横無尽の活躍を見せた後、約15年で忽然と歴史から消えちゃう。なかなかロマンをかき立てるでしょ?
岡見家なんて零細大名でも頭角を現したんだ、里見家で働いてくれたら、きっと全国に名を轟かせる武将になるんじゃないかな?
でも、この人、実は岡見家譜代の武将じゃない。だから、本当は岡見家は仕官する前に上手にゲットできれば良かったんだけど、仕官したの4年前らしいんだ。流石に1歳じゃあ、何にもできなかったよ!
もうわかってると思うけど、今回わざわざ我が儘を言って、鹿島城まで連れてきてもらった理由の一つが、この栗林義長だ。
交渉の席で「岡見家に3郡までなら与えてもいい」なんて約束したけど、義長にだったら1国与えてもいいんだ。最初から引き抜ければ最高だったけど、義長自身の忠誠心も強そうだったから、いずれ帰参させる約束はしといた。ただ、里見の拡大ペースにもよるけど、義長は、きっと、どんどん加増されるよ?
彼の領地が岡見家の領地を上回ることになったら、果たして若い岡見治広さんに耐えられるかね。で、治広さんが耐えられずに、帰参を拒否すれば、心置きなく義長を里見家の家臣にできるって寸法だ。
ずる賢い?
遠謀深慮だよ、遠謀深慮!
さて、栗林義長がゲットできたんで、きっちりもう一つの目的も果たしたいね。
まだあるのかって?
うん! せっかく下総まで来たんだからさ、できる限りのことはしたいじゃん?
危なくないこと限定だけどね。
おっと、目的の人が来たようだ。ちょっとこれから面談をしてくるよ!
「……小城と侮っていた我らから手ひどい反撃を受け、上杉謙信様も我慢がならず、千悔日という先手必敗の悪日でありながら、長尾但馬守殿を先手に攻め寄せて参りました。
逆茂木を抜き、濠を越え、一気呵成に塀を乗り越えんと大軍が取り付いたところで、塀に取り付けていた縄を切りもうした。哀れ攻め手の将兵は数百が下敷きとなって息絶えてござる。
その惨状を見て、流石の謙信公も、驚き、慌て、引き鉦を鳴らしますところに、疾風迅雷のごとく……」
えーと、今は今日のゲストの(自慢?)話を聞かされてるところだよ。
何で、そんな話を長々と聞かされてるかというと、人材登用のためなんだ。
人材面で見ると、ここまで『優秀な諜報部隊』を確保できただろ。それから昨日『優秀な実戦指揮官』も登用できた。そうなったら、次は『優秀な軍師』でしょう!
と、いうわけで、軍師候補から話を聞いてるとこなんだ。
ただねぇ、この人、話を聞いてるとスピリチュアルな感じがプンプン漂ってくるんだよね。
さっきの「千悔日」の話とかもだけど、その前にも「敵陣の上に立つ気は~」とか話してんだぜ? この当時の迷信じみた思考だったら上手く丸め込めたかもしんないけど、現代知識を持ってる俺にとってみれば、『胡散臭い』としか言いようがないよ。
それに、この人、脳天気にしゃべってるけど、この戦、里見は敗戦側で、しかも大損害を出してるんだよ? ほら、一緒に聞いてる義継さんとか、見ると手がプルプル震えてる。
呼ばれてわざわざ来たって言うことは、『その気がある』っていうふうに理解してたんだけど、本気で雇われる気あるのかな?
もしかして! この人、一発屋だったのは、空気読めなさ過ぎだったってのもあるんじゃないか?
とりあえず、最後に質問してから決めようと思うけど、今のところ不採用の公算が高いかな?
……断りのセリフは「このたびはご縁がありませんでした」でよかったんだっけか?
こんなことを考えてるうちに、やっと話が終わった。だから、俺は幾つか質問をしてみることにしたんだ。一応試しにね。気分が乗らないんだけどさ!
「誠に見事な活躍、この梅王丸、感服いたしました!」
「お褒めにあずかり恐悦至極にござる」
「今の話を伺うに、入道殿は星読みにも長けていらっしゃるご様子。里見家に関わるようなことで、何か気付いたことはございますか?」
「ううむ。今のところ関八州近辺では強い戦気は感じませぬが……。ただ、西方、恐らくは畿内よりもこちら側で、殺気に近い強い戦気が現れておりまする。近々、大戦があるやもしれません。また、ここ数日のうちに星が2つ立て続けに落ちましてござる。それがこの戦気と関わっておるかもしれませんな」
うん! 良くわかったよ。話はこれで終わりでいいや!
「………このたびはわざわざお越しいただき、ありがとうございます。誠にありがたきお話を伺えました」
そして俺はこう続けた。
「つきましては、ぜひ我らとともに佐貫にお越しいただだき、軍略のなんたるかについて広く御教授賜りたく存じまする」
即決する要素がどこにあったって?
最初はさ、「『戦気』とか、何わけわかんないことをほざいてるんじゃ!」って思ってたんだけど、この人本気で見えてんのかもしれないんだ!
実は、風魔衆からの情報では、今、三河で隠すそぶりも無いような動員がかかってるらしい。徳川の反撃が始まる兆候だろうね。それに対して、武田の反応がめっちゃ鈍いみたいなんだ。いくら里見の耳が早くなったと言っても、隣接してる武田より早いわけがない。わかってて動かないってことは、多分だけど、武田信玄さん、ついに死んだんじゃないかな?
風魔衆より早く情報を仕入れる手段があるなら、それだけでお買い得なんだ。だけど、この人がそんな情報源を持ってるようには見えない。
と、すると、この人、『戦気』とやらが、本気で見えてるんじゃないか⁉︎ って予想されるわけよ。
つまり、まさかのリアルチート持ちだよ!
戦場で士気の弱いところや、欲に駆られてて守りに入ったら弱そうなところなんかが、見ただけでわかるなら、奇想天外な作戦だって立て放題じゃん!
兵書の講義もできるみたいだから、とりあえずは軍学師範として囲い込んどいて、いずれは、チート軍師として連れ回したい! そう考えたんだ。
返事?
二つ返事で快諾してくれたよ? でもね……。
「兵書や戦場の作法の講義などは、いくらでも、どなたにでもいたしましょう。ただし!」
「ただし?」
「この白井浄三の星読みの技は、秘伝でござる。例え若様といえども軽々しく教えることはできませぬぞ?」
何を言い出すかと思ったら……。そんなチート技、教えてもらっても、誰もできませんから!
元亀4年(1573年)5月 上総国天羽郡 佐貫城
「梅王丸様! 織田・徳川の3万の軍が遠江に侵攻、浜松を奪還したそうでございます!」
「へー、浄三さんのおっしゃるとおりだ。で、武田の反撃は?」
「反撃は散発的で、遠江の平野部は、3万の大軍に為す術もなく蹂躙された模様です」
「信玄さんの動きにはほど遠いな。やっぱり影武者を立ててもその辺は隠せないね」
「御意! なお、総大将 徳川信康公は、見事初陣を飾られたよしにございます」
「へ? ごめん、もう一度いいかな?」
「はっ! 徳川信康公は、見事に初陣を飾りました。なお、信康公は弔い合戦と称し、主将の横田康景殿以下、武田の守備隊2000余、全て根切りとされたそうにございます」
「え? 『弔い合戦』!? だ、誰の?」
「おそらくは家康公ではないかと……」
「げ」
「げ?」
「げええええええええええええええええええええええええええええええええ!」




