第53話 岡見家との交渉
元亀4年(1573年)4月 下総国印旛郡 鹿島城
こんにちは、天神山城主 里見梅王丸こと酒井政明です。今日は義弘さんたちと一緒に、下総の拠点として築城した鹿島城(※佐倉城)に来てる。
主目的は、諸将をねぎらうためと、主家を出奔した悪人どもを預かるため(笑)だよ。本当は佐貫まで呼びつけても良いんだけど、何かと物騒なご時世だからね。
実は、明日は論功行賞でもあるんだ。
ずいぶんと遅いんじゃないかって?
うん、そうだね。ただ、本当の論功行賞は済んでるんだよ。明日やるのは、義勇軍を率いた諸将への行賞なんだ。一応の名目としては、『主家を出奔した罪人の預かり先を通達する』ってことになってるんだけどね(笑)
そんな中、俺と義継さんは、牛久城主の岡見家の一行を呼んで、これから、明日の論功行賞に向けての話し合いを持つんだ。
他の家はどうしたって?
他の国人たちの所は呼んでないよ。
なぜ?
今回の義勇軍の参加者だけど、岡見家だけちょっと特殊な状況にあったんだ。
他の家は全部、当主の弟か息子が義勇軍の指揮官を務めてた。ところが、岡見家だけは、家臣を大将として出奔させてたんだよ。
ただ、これには理由がある。
岡見家の当主は、治部大輔治広さん。この人はまだ10歳。幼君だ。
なんで幼君が立ってるかというと、3年前に佐竹と小田が激突した手這坂の合戦で、父親が討ち死にしちゃったんだな。だから、今日も名代として、叔父で足高城主の岡見伝喜入道さんが鹿島城に来てる。
本当なら、この伝喜入道さんが出奔できれば問題なかったんだ。
だけど、彼を出しちゃうと、当主の治広さんを補佐する人がいなくなっちゃう。岡見家の状況はこちらもわかってたから、あらかじめ、こちらから家臣の1人を指名して、義勇軍を率いてもらうように頼んでおいたんだ。
岡見家一行は、戦々恐々としながらやってきた。入室の時、声がちょっと震えてたよ。
だって、自分のとこだけ状況が違うのがわかってる上に、1家だけ事前に呼びつけられてるんだぜ?
普通は、「人質として軽いから、追加で出せ」とか、「他は一族なのに、お前のとこだけ家臣を出したんだから、褒賞は軽くするけど文句はないよね?」とか言われるもんだと思うだろ?
ところが、襖を開けると、自分たちを呼びつけた義継さんの脇に、幼児がちょこんと座ってた。
表情の硬さは多少解けたけど、その代わり、目に物凄く『?』が浮いてたね(笑)
そんな疑問符が飛び交う中、折衝が始まったんだ。
「里見義継様。お待たせいたしました。岡見伝喜入道、推参つかまつりました」
「伝喜入道殿、わざわざお越し頂き申し訳ない。実は明日の褒賞の件で、ちと、相談したいことがあっての」
うわー「相談したいこと~」のくだりで、一斉に岡見家の方々の表情が曇ったよ。絶対『無理難題をふっかけられる』と思ってるね。これは!
「義継様。当家の家臣が何かしでかしましたでしょうか? 戦功は上げたように聞いているのですが……」
「いや、ご安心召されよ。行いを責めようとか、戦績にケチを付けようとか言うわけではない。貴家の下総守殿の当家での所属先について、頼みたいことがあるのじゃ」
「それは、いかなることにございましょう?」
「詳しくは本人から説明を。ほれ、梅王丸。伝喜入道殿にお話いたせ」
「はい! 伝喜入道殿、お初にお目にかかります。私、里見義弘が長子、里見梅王丸と申します」
「おお! どなたかと思えば、あなたが噂の若君でしたか。それにしても、噂に違わず聡明でいらっしゃる」
「ありがとうございます。まず、こたびの戦における総州殿の活躍、義継より聞き及んでおります。誠に見事でございました」
「お褒めにあずかり恐悦至極にございます」
「さて、そこでお願いの儀でございます。私、梅王丸は里見義弘より、8千貫の所領を預けられております。しかし、見てのとおり私は6歳の童、とても戦働きはできませぬ。そこで、総州殿に軍の差配をお願いできぬかと考えた次第です」
「それは引き「引き抜きであればお断りいたします!」」
伝喜入道殿さんの質問を遮って、後ろに控えていた若武者が話に割り込んできた。
実は、この人が今回のターゲットなんだ。それにしてもなかなかの硬骨漢だね。能力面では疑ってなかったけど、これは人格面でも期待がもてるよ!
「いや、引き抜きではありません」
「では、どういうことでございますか?」
「総州殿を私の下に出向させて頂きたいのです」
「「出向?」」
「はい! 本籍は岡見家ですが、期間限定で私の家臣として働いていただきたい。
つまり、雇用期間を設け、期間が満了した後は岡見家に帰参するという形での出仕をお願いしたいのです。里見家としては、出向期間、働き分の俸禄は出します。また、総州殿は働き次第で加増もいたしますし、帰参の際は俸禄は岡見家に加増扱いで引き継いでいただきます。
ここまでは他家の方々も一緒なのですが、総州殿の場合は義弘直属でなく、間に私を挟みますので陪臣扱いになってしまいます。また、最低でも私が初陣をむかえるまでは領軍の指揮をお願いせねばなりませぬ。他の方より期間が長くなるのは確実ですから、特にお願い申した次第です」
「なるほど! わかり申した。
岡見家は、当主治広が若年につき、他家と同じように働くことが叶いませぬ。家臣に負担をかけるのは心苦しいですが、梅王丸様の温情に縋らせていただきたく存じます。
総州、梅王丸様のお話、受けては貰えぬか?」
「はい。大恩ある岡見家のためになるのでしたら、お受けしたく存じます」
「受けていただけるか! ありがたい!
それから、これも他家の方々と一緒なのですが、働きによっては期間を延長願うこともありましょう。その場合は必ず岡見家に許可を頂きます。期間延長を無理強いすることはいたしませんので、ご安心召されよ。
また、迷惑料として岡見家には、総州殿が加増を受ける時、同じ分の俸禄を加増いたしましょう。これは岡見家自体の働きとは、切り離して行うようにいたします」
「そのようなことまでしていただけるのですか!? 総州ありがたいことではないか!」
「はい! 己の働きが殿の御為になるとなれば! 粉骨砕身勤めてまいります」
「あ、ただし」
「ただし、何でござるか?」
「総州殿の働きによる岡見家の加増分は、最大で3郡までで御容赦願いたい」
「は? 今、『3郡』とおっしゃられたか!? 『半郡』ではなく?」
「はい、確かに『3郡』と」
「「……………………」」
伝喜入道殿さんと下総守さんは、信じられない者を見たような目でこちらを見た。次に互いに無言でしばらく見つめ合い、そして……。
「「わははははははははははははははは!!!」」
ひとしきり笑った後、下総守さんがこちらに向き直り平伏する。
「ここまで高い評価をいただいておるとは思いませなんだ! この、栗林義長、梅王丸様の名代として、誠心誠意努める所存にございます。今後よろしくお願い申し上げます」
「うん、頼んだよ! 義長殿……。いや、義長」
「はっ!」
こうして俺は、不世出の名将、栗林義長を配下に加えることができたんだ。
今のところ期間限定だけどね!




