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第51話 倍返し

 元亀4年(1573年)3月 上総国天羽(あまは)郡 佐貫城



 こんにちは、天神山城主 里見梅王丸こと酒井政明です。5歳になりました。さて、この間考えてた作戦だけど、大成功だったよ。




 あの後、義弘さんは、2月に大動員をかけると、香取海を押し渡り、主力は行方なめかた郡の潮来いたこに上陸。そこで『にっくき大掾だいじょうを討つ!』って大々的に号令をかけたもんだから、さあ大変! 勝ち馬に乗ろうとして、国人どもが、配下を目一杯連れて集まる集まる。

 あんまり集まりすぎて、「いくさよりも略奪を防ぐことの方が大変だった」って義弘さんは嘆いてた。


 その討伐対象として名指しされた大掾貞国だいじょうさだくにさん。どうやら全く寝耳に水だったみたい。


 なんでわかるのか?



 うん、それはね、最初に「なぜ行方郡に兵を入れるのか?」って詰問の使者が送られてきたらしいんだよ。自分が「しでかしてる」って理解してれば、そんな間抜けな使者を送ってくるわけないじゃん?



 多分、『大掾の蠢動』とやらは、俺たちの予想してたとおり、佐竹義重さんの計略だったんだろうね。



 で、使者をどうしたかって?


北条(伊勢)めにあたるには、一致結束せねばならんというに、目先の欲に負けて味方の所領をかすめ取ろうとは犬にも劣る! きっと誅伐せん!!」


って伝えて、門前払いしたんだって!



 殺さなかったのか?


 うん。殺したところで、何の得にもならないからね。


 貞国さん。使者が常陸府中に戻ってきて、里見が本気で大掾を滅ぼしにかかってるって理解した。慌てて動員をかけると同時に、親分である佐竹に援軍を頼んだんだけど、その時には、風間隼人麾下の風魔衆が、府中近辺にさんざん流言飛語をばらまいてた。



「5万の里見軍がたけり狂って北上してくる。もう玉造たまづくりの城は開城したと聞いたぞ」

「里見の通った後には草も生えないそうじゃ」

「漁師の吾作が『海でも水面を埋め尽くすような大軍が動いているのを見た』と言っておった」

「抵抗した城は1人残らず根切りにされたらしい」

「戦う前に降参した烟田かまたの殿様は許されておるぞ!」



 こんな話があちこちから聞こえてくるから、配下の将が集まらない。

 やっと集まっても連れてきた兵が次々に逃げ出しちゃう。



 こうなると、もう「大慌て」どころか、本気で家臣の裏切りを心配しなきゃいけないレベルになっちゃったんだ。



 このまま手をこまねいていても、負けて死ぬか、家臣に裏切られて死ぬかしかない。身重の妻がいる身としては逃亡もままならない。一縷の望みをかけて、義弘さんに送った謝罪の使者への回答は、「本人が直接釈明に来れば話を聞かんでもない」だった。


 貞国さん。覚悟を決めて死に装束を身につけると、単身、義弘さんのもとに現れた。








 そのころ、佐竹家も大慌て。計略がうまくまって小田城を奪えたし、里見に土浦を獲られるのも避けられた。「正月からめでたい!」と大喜びをしてたら、青天の霹靂。里見がいきなり『大掾征伐』を始めちゃった。


 特段不審な行為をしていたわけじゃないのに、「大掾が怪しいから出兵できない」って里見に伝えたのは自分たちだ。だけど、大掾は自分たちの従属国人(子分)だ。守ってやらないと、佐竹()沽券こけんに関わる。でも、普通に出兵したら、明らかな同盟破り、里見といくさになるだろう。3年前ならいざ知らず、今の里見とまともにぶつかって勝ち目は薄い。


 困った佐竹義重さん。「大掾を許していただけないか?」って手紙を送ってきた。



 その手紙への回答がこれだ!


「小田家を討滅し、常陸から北条(伊勢)めの手先を追い出す絶好の機会を失ったのに、『許せ』とは……。佐竹義重(常陸介)殿は悔しゅうござらぬのか!? まあ、佐竹殿は小田との戦で忙しそうであるから、大掾めは我らが代わりに成敗して差し上げる。御安心召されよ!

 それにしてもめでたい! 府中は、船を使えば下総から半日で軍勢を送り込め申す。これからは、いつでも太田城まで援軍(●●)を送れるようになるので、何かあったらお気軽にお声がけくだされ!!」




 これ、後ろめたいことばっかりの佐竹家にとってみれば、文章どおりに読んだとしても文句は言いにくいよな。だけど、この手紙、裏を読んだら、こんな意味になる。



「お(めぇ)よくもたばかってくれたな!? とりあえず落とし前として府中は頂いとくぜ!

 ま、これでいつでも太田(本拠地)まで押し寄せられるようになっからよ。次やったらどうなるかわかってんだろうな!?」



 佐竹義重さんは相当な切れ者だ。こんな裏の意味にはすぐ気付く。慌てて太田城に兵を集めると、府中に向けて援軍を送り出す手はずを整えた。







 でも、遅かった……。



 既に大掾貞国さん、里見の陣に入ってた。


 義弘さんの前に引き出された彼は、自分の命と引き換えに、破滅覚悟で府中城に参集した忠義の家臣の命乞いと、身重の妻の身の安全をうた。


 その真摯な姿を見て、さしもの義弘さんも心打たれ、貞国さんを許して再び府中の城を守らせた。


 世間にはこんな美談として、流布してる。


 おかげで、貞国さんはもちろん、義弘さんも『仁君』ってことで、噂が広がってるんだ。




 ここまでだったら『美談』ってだけで済んだんだけど、当然ながらオチがある。なぜ里見が全力で攻めてきたかを、貞国さんに教えてあげたんだな。



 聞いた貞国さん、まあ、怒ったのなんの。


 そりゃ当然だよね。自分の与り知らない所で、佐竹の策略の口実に使われて、一夜にして滅亡の淵に立たされたんだからさ!


 そんなわけで、貞国さん、喜んで里見へ臣従することを誓ってくれたよ。一部の領地を接収したのにね!



 良く聞いてみたら、佐竹は、南から攻めてくる小田との戦は助けてくれても、北から攻めてくる江戸との戦は『味方同士だから』って理由で、不介入だったんだって。だから、大掾家、最近は領地を削られる一方だったらしい。


 日頃の不満が溜まってた所に今回のコレだもん。見捨てられて当然だね。


 里見家ウチとしては、戦いもせずに忠誠心の高い家臣(領地付き)を手に入れられたんだから、願ったり叶ったりだったよ。




 ちなみに連れてった3万の兵(※最初は2万だったけど、進軍中に勝手に増えた)は、しばらく府中近辺にとどめ置いて、南に一里ほど離れた高浜に新城を築城するために使ったんだ。


 名目は「向背こうはい定かならぬ大掾を監視するため」だ。



 だけど、真の目的は、「香取海の最奥部『高浜入たかはまいり』の湾を押さえておくため」、そして「有事には、すぐに府中に援軍を送り込むため」だ。



 3万人を動員した文字通りの人海戦術で、城は半月ほどでできあがった。佐竹家は、使者を送ってきたけど、


「大掾は殊勝にも単身降伏を請うてきたので許したが、元々向背定かならぬ者、今後もしかと監視いたすため、築城しておる」


って返答したら、何も言わなくなっちゃった。



 まあ、佐竹にとってみればそれどころじゃなかったのかもしれないけどね。


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こちらは前作です。義重さんの奮闘をご覧になりたい方に↓ ※史実エンドなのでスカッとはしません。
ナンソウサトミハッケンデン
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