表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

38/298

第38話 いろいろな思惑(閑話)

里見義弘さん、北条氏政さん、風間隼人さんの思惑です

 元亀2年(1571年)6月 上総国天羽(あまは)郡 佐貫さぬき




 里見左馬頭義弘は、得意の絶頂にあった。早くから北条と組み、何度敗れても北条の助力で息を吹き返してきた千葉家が、とうとう里見家の軍門に降ったのだ。




 千葉介ちばのすけ殿の降伏については、攻城の先頭に立った己の武勇を誇る気持ちもあるが、幾つもの幸運が重なってのことなのは否定できぬ。


 その幸運、まずは、昨夏の土気とけ合戦から続く連勝で、千葉家の勢力圏の半分以上を削り取っていたことだ。

 その結果、元亀2年(今年)に入って、親北条派だった前当主の胤富たねとみ殿が押し込められ、北条に隔意をもつ良胤よしたね殿に当主が交代していた。


 北条による千葉家の乗っ取りを警戒する良胤殿は、こたびのいくさで、援軍の要請を行わなかった。それどころか、一戦して敗れると、これ幸いと家臣を説得し、和睦のみちを選んだのだ。


 これが胤富殿だったら、北条の援軍を頼みに、本丸(実城)の門が破れるまで徹底的に抗戦していたであろう。


 これは、千葉家の内情をいち早くつかみ、良胤殿と事前に秘密裏に交渉をもっていた義継()の手柄もある。



 そして、拿捕した南蛮船の大砲が使えたことも大きい。


 最初はどう扱うどころか、どんな威力があるのかすらわからなかった。南蛮船の船員に聞こうにも、何をしゃべっているか分からぬ異人どもだ。そもそも話を聞いてみようという発想がなかった。

 それがどうだ、梅王丸(息子)が出かけていくと、奴らは途端に協力的になり、今では片言で話が通じるようになった者さえいる。おかげで、大砲の撃ち方はもちろん、船から外して移動できることもわかった。


 (本)佐倉城攻めでは、船から外した2門の大砲で、大手門を破却したのみならず、惣構そうがまえの外から、本丸に弾丸を落とすことに成功した。


 これによって、抗戦派の家臣の心が折れ、良胤殿たちの発言が勢いを増したことで、速やかな和睦の成立に繋げられたのだ。


 これは梅王丸の手柄と言っても良いだろう。


 それに、土気合戦で勝てたのは、義継の適切な献策もあるが、梅王丸が自ら万喜まんぎ城に乗り込んで、土岐の爺様との和睦をまとめてきたのがきっかけだ。



 ……よく考えるとまだあるぞ、先日天神山の造船所が焼かれるという失態があった。きっと北条(伊勢)めの小細工であろう。正面切ってのいくさで勝てぬからと言って、卑怯千万な行いじゃ。ところが、梅王丸は、その焼けた造船所跡に異人どもの手を借りて、南蛮式の造船所を造っていると聞いた。それを造っておけば、大型船の建造・修理が簡単になるらしい。


 今まで里見には安宅船がなく、最近の海戦では、船員の差では勝っていても船の差で勝ちきれないことが多かった。南蛮船とはいかないまでも、安宅船が建造できるようになれば、三浦の海賊どもに大きな顔はさせずに済むというものだ。


 南蛮船と言えば、造海つくろうみ正木まさき淡路守あわじのかみが、面白い報告をあげてきた。ではなく多量のかいで漕ぐ南蛮船を建造したというのだ。


 この船は船速が速いだけでなく、衝撃にも強く、敵船に体当たりして沈めることも可能らしい。これは船戦ふないくさが大きく変わる可能性がある。数を揃えれば、海でも北条めに一泡吹かせることができるであろう。


 数え4歳(※満3歳)にしてこれだけの成果を上げる。流石は八幡太郎義家様の子孫、里見義弘が子じゃわい!



 そう言えば、梅王丸は先月、褒美がほしいと言い出したな。なんでも自分で家臣を養いたいのだとか。


 南蛮船の件では多量の銀も得られたし、昨年以来の連勝で、領地も大きく広がっている。これまでは『まだ幼いから』と控えてきたが、これだけの手柄を立てたのじゃ、ちょっと多めに褒美をやっても文句を言うやつはおるまい。


 そうとなったら『善は急げ』じゃ! 梅王丸が喜ぶ顔を見るのが今から楽しみじゃわい!














 元亀2年(1571年)5月 相模国|西郡(足柄下郡) 小田原城



 北条家当主、左京大夫氏政は、屋敷の縁側で、玉砂利の上に土下座するしのびから報告を受けていた。


 今日の報告は里見についてである。




「南蛮船は修理を進めているようでございますが、まだ終わらない様子でございます」


「それはなぜじゃ?」


「大きすぎて浜に上げることができぬ様子でございます」


「それは困ったものじゃ。早く出港してもらわねば、うかうか手出しができぬ」


「取りあえず、南蛮船の修理に全力を上げられるよう、里見の造船所を1つ焼いておきました」


「それはでかした! ふふふ、里見の海賊どもが慌てふためくようすが目に浮かぶようじゃわい」


「なお、南蛮船の船員どもが佐貫を訪問し、義弘めに銀を献上した様子。それ以降、修理の速度が上がりましてございます」


「里見の海賊どもを富ませるのは業腹だが、さっさと出港してもらうためには致し方あるまい。ところで、異人どもは普段は何をしておるのじゃ?」


「最初のうちは、船の中にいることが多うございましたが、最近は半数程度が上陸して、港の周囲をうろつく姿も見受けられます」


「何人かに渡りは付けられぬか?」


「実は、何度か試みましたが、難しゅうございます。異人どもは個人ではなく、2~3人の集団で動いております。また、必ず里見の監視が複数付いており、接触の機会が見つけられませんでした」


「そうか……。それでは致し方ない。では、今後も情報の確保頼んだぞ」


「はっ!」




 氏政はふところから、小袋を取り出すと、平伏する男に向かって放った。

 袋は男の前に落ちると、軽い金属音を響かせる。それと同時に、下にあった小石が1つ弾かれて、男の頭を打った。




「これは此度の褒美じゃ。造船所を焼いた乱破らっぱ働き、見事であった。色を付けておいたぞ。今後も励めよ」


「ありがたき幸せ!」


「では、さっさとね!」


「はっ!」




 慌てたように目の前の袋をつかむと、逃げるように男は去って行った。

 それを見て、氏政は苦々しい表情で呟く。




「卑しき者めが! 北条早雲(早雲寺)様ゆかりの連中でなければ、さっさと放逐してくれるものを……」




 庭を睨んでいた氏政だが、しばらくして興味をなくしたのか、どこかの部屋へと渡っていった。












…………同日 城内某所…………




「けっ! 何が『色を付けた』だ。色を付けてこれっぽっちかい! あの『汁飯野郎』しみったれてんなぁ! 梅王丸()様の爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいぜ!!


 ま、いいや、タダで教えてもらった情報が、ちょっとした小遣い稼ぎになったんだからな。


 さて、これからが本番だ。あんなセコい『汁飯野郎』ことなんかどうでもいい。どんどん仲間を増やして、若様から『歩合給』をいっぱいもらうぞ!」




 こんなことをうそぶきながら、風間隼人は小田原の街に消えていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こちらは前作です。義重さんの奮闘をご覧になりたい方に↓ ※史実エンドなのでスカッとはしません。
ナンソウサトミハッケンデン
― 新着の感想 ―
[一言] 『汁飯野郎』で噴きました(^^A; まあ、写実的な画法のない時代に完璧な人相書きがあったら、もう逃げられないでしょうからね。 ──っていうか、もう完全に手懐けられちゃってる?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ