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第37話 怪しい男の正体

 元亀2年(1571年)5月 上総国天羽(あまは)郡 天神山城




 こんにちは、里見梅王丸こと酒井政明です。今は、長浜湊のそばにある、天神山てんじんやま城の地下牢の前にきてる。


 佐貫()へ帰る途中に思わぬ収穫があったんで、ちょっと寄り道してるとこ。


 何で地下牢かって言うと、俺の目の前に、縄で雁字搦がんじがらめに縛られた(戦利品)が転がされてるからなんだな。


 実は捕まえた(戦利品)は2人なんだけど、1人ずつ別の場所に隔離してる。縛り上げて猿ぐつわを噛ませているとは言え、目とかで示し合わされると面倒くさいからね!


 あと、こいつらは、捕まえてから半刻(1時間)ほど、見張りを5人ずつ付けて放置しといた。


 ちなみに、放置しといたのは仕込みね。これだけ時間を開けとけば、「相方がしゃべってるんじゃないか?」って疑心暗鬼に陥るかもしれないだろ?


 本当は、もうちょっと待った方が確実なんだけど、できれば暗くなる前に、佐貫()に帰りたい。俺3歳だし!


 ってなわけで、仕込みが効いてることに期待して、ちょっと尋問をやってくるよ。




所左衛門しょざえもん、見張りご苦労! 猿ぐつわを外してやれ」


「は!」




 牢の中で男を見張っていた、護衛の宇井うい所左衛門が、男の口から猿ぐつわを取る。すると、男はすかさずしゃべり始めた。




「どなたかは存じ上げませんが、そこの若君様。なぜ、このようなご無体をなされますか!」


「うん、怪しい人たちに領地をうろつかれるわけにはいかないからね!」


「何をおっしゃいますか! 私は、武蔵は六浦むつらの商人、入船屋いりふねや伝兵衛でんべえ、手形も持って……」


「ああ、そういうのいいから。あんたは、ある時は、『入船屋伝兵衛』。ある時は『布川屋ふかわや八五郎』。ある時は、『長沼左近ながぬまさこん』。で、その正体は、北条のしのび、『風間隼人かざまはやと』だろ?」


「は? わけのわからぬことを……」


「あ、それから、一緒に捕まった男は、『早川はやかわ小源太こげんた』な!」


「な!」




 自分の素性を明らかにされたところまでしらを切り通したのは忍の鑑だ。けど、相方の情報まで出されて、流石さすがに顔色が変わったね。


 え、なんで俺が知ってたのかって?


 そりゃあ、前世(義重さん)の記憶があるからだよ。


 実は、義重さん。6回目ぐらいの人生で、コイツに手引きされた暗殺者に殺されてるんだ。でも、義重さんは転んでもタダでは起きなかった。その記憶を基に、次の人生でコイツを捕まえて、口八丁手八丁で口説き落として家臣にしちゃったんだな。

 それだけじゃないぞ。義重さん、コイツが、かの有名な風魔ふうま一族のお偉いさんだったのをいいことに、数年かけて北条のスパイ網の半分を、密かに里見に寝返らせちゃったんだ! で、早川も、その時寝返ったメンバーの1人だから知ってたってわけ。


 さっきの反応を見れば、恐らくコイツは早川が自分を『売った』と思ってる。どうやら『仕込み』は効いたっぽいね。




「ははははは。気付いたみたいだね」


「な、何が目的だ!」


「うん、きみ、里見の家臣にならない?」


「は!?」




 ははは、混乱してる混乱してる。まあ、忍者が身バレしたら、基本、拷問→処刑コースだろうから、いきなり「家臣にならない?」なんて言われたら、「は!?」ってなるのはよくわかるよ。でも、ここは混乱に乗じて一気にたたみかけていきましょうか!




「もう一度言うよ。きみ、里見の家臣にならない?」


「……それは、里見の乱破らっぱになれと言うことでござるか?」


「うーん、乱破らっぱ働きもしてほしいけど、それだけじゃないんだな」


「では、どういう」


「伝令や、防諜なんかも担ってほしいんだよね。俸禄も出すし」


「へ? それはどういうことで」


「あれ? これじゃわかんなかった? 色々とやってもらいたいことがあるから、銭での一時雇いじゃなくて、固定給(俸禄)を出して『正式に士分(武士)として召し抱えたい』って言ってるんだけど」




 また、顔色が変わったね。まあ、驚く気持ちはよくわかるよ。なんでかって、北条の中で風魔衆の扱いってめっちゃ軽い(●●)んだよ。戦場とかで活躍した記事があっちこっちにあるのに。


 身分自体が怪しいのは、『忍者』って立場上仕方がないかもしれない。だけど、どんなに活躍しても、ずっと俸禄(領地)も与えず、『成功報酬』でやってきたみたいなんだ。


 北条が小さかった最初のうちは、それでもよかったのかもしれない。けど、関東の過半を制するまで大きくなったのに、ろくに報酬も与えない上に、『卑しい』って見下してたんじゃあ不満も溜まるだろ。俺はそこを突いてやろうってわけだ。




「士分として! 聞き違いではございませんでしたか! ……しかし、我らは『いやしき忍の者』。その上、他国衆(よそ者)ともなれば、譜代の方々がよい顔をなさらないのではございませんか?」


「多分、大丈夫だと思うよ。だって、里見家(ウチ)には専門の忍はいないから。だから、最初から『卑しい』なんて感覚がないし。そもそも、里見家、元々、古参の安房衆と新参の上総衆とでゴタゴタしてるところがあったから、今さら新参者って言ってもねぇ。なぁ、宗右衛門?」


「うーん、我らは『忍の者』と言えば、『妖術使い』のような者だと思っておりました。卑しいとか卑しくないとか考えたことはございませんでしたな。それにしても、若、敵の前でお家の恥をさらすのはいかがなものかと……」


「いいんだよ。どうせこの後、味方になるんだからさ。そもそも、風魔衆だったら上総衆と安房衆がギクシャクしてることなんか、お見通しだよ。ね」


「はい。その話は存じ上げております。ですから、話を聞いて納得いたしました」


「じゃあ!」


「はい。できればお仕えさせていただきたく存じます」


「父上に許可を取ってないから、最初は俺の家臣で。『俸禄は年10貫、その他成功報酬あり、昇給あり』っていう条件でどうかな?」


「いきなり10貫も頂戴できるので!?」


「あ、他の風魔衆を寝返らせる時は言ってね。その分の俸禄は出すからさ」


「なんと! そこまでしていただけるとは!! それで、我々は何をすればよいのでございましょう?」


「まずしてもらいたいのは、北条の情報を里見に流してほしいんだよ。ただね、今、知ってることだけを教えてほしいんじゃなくて、最新の情報が常に入ってくる仕組みを作りたいんだよね」


「と、おっしゃいますと」


「うん、今までどおり、北条の忍をしてていいから、里見に情報を流してほしいんだよ。情報料は弾むよ。……ああ、そうだ! 多分、きみらは、今回は南蛮船のことを探りに来たんだろう? だから、ちょっと突っ込んだ南蛮船の情報も教えるよ。それを手柄に小田原に戻って、あっちで情報を集めてきてほしいんだ。普通では分からないことも教えるからさ、小田原で褒美をたんまりもらうといいよ!」


「北条からも褒美をもらえとは……。それは願ったり叶ったりなのですが、それでよろしいのですか?」


「うん! 情報が全く入らなくなったり、偽の情報しかなかったら、新しい忍が送り込まれるでしょ? だから、適度に本当に真実を混ぜてやることが大切なんだよ! 本当にまずい情報は出さないし。あと、他の風魔の人の引き抜きもお願いしたいんだ。それには、北条()の中で活動してた方が便利でしょ?」


「……若様は恐ろしい御方だ。しかし、これほどまでに、お仕え甲斐のある御方はございますまい。この風間隼人、全身全霊をかけて励みまする」


「おお、やってくれるか! じゃあよろしく頼むよ」


「ところで、若様。我らが言うのもなんですが、このような忍の口約束を、簡単に信じられてはなりませんぞ」


「ああ、それは大丈夫だよ」


「?」




 裏切り対策? そんなのバッチリよ! 俺はふところから、2枚の紙を取り出す。


 それは、俺の『見た物を再現できる能力チート』を使って描いた、風間隼人と早川小源太の、それはもう精巧な似顔絵だった。




「裏切ったら、この似顔絵(人相書き)を諸国にばらまくだけだから♪」




 灯明に照らされた2枚の絵をまじまじと見た隼人は、顔を引きつらせ、ぼそりと呟いた。



わらしのくせに、なんとえげつないことをお考えになる……」




 へへへ、勝った!


 でも、風間隼人を口説けたことは大きいね。だって、自前の諜報機関、しかも二重スパイを手に入れたってことだもん。これで北条の関東攻略の足を引っ張る材料がまた増えたよ。

 里見はこれまで真っ向からのぶつかり合いには強かったけど、奇襲とか謀略とかでやられるケースが多かった。そこを補う手立てを得られたんだもん。おかげで、俺も、もうちょっと楽に生きられるんじゃないかな?





 ……それにしても、隼人が顔を引きつらせてたのは分かるけど、宗右衛門に所左衛門、お前らも顔を引きつらせてるってどういうわけだ!?


 お前ら近習なんだから、そろそろ慣れてくれよ!




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こちらは前作です。義重さんの奮闘をご覧になりたい方に↓ ※史実エンドなのでスカッとはしません。
ナンソウサトミハッケンデン
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