第36話 長浜湊にて
元亀2年(1571年)5月 上総国天羽郡 長浜湊
「え~! メンデスさん、ガレー船造ったことあるの!?」
「ええ、坊ちゃん。アカプルコじゃあ、ガレオンばかりでやしたが、カルタヘナにいた頃は何回か造ったことがありやすぜ!」
「おめぇは、ただの手伝いじゃねぇか!」
「アフォンソ、うるせぇぞ! 黙ってやがれ!」
「坊ちゃん、メンデスなんかに任せてちゃあ、船が横に進みやすぜ! 俺っちにまかせていただけりゃあ……」
「この野郎! 俺の手柄を取る気か!」
「ホントのことを言われて悔しがるんじゃねぇ!」
「何だと!」
「まあまあまあ、2人とも、船を造ったことがあるなんて凄いね! ところで、他にも経験のある人、いる?」
「「「「はい! はい! はい!」」」」
「ありがとう! こんなにいるんだね! ところで、みんなにお願いがあるんだけど?」
「坊ちゃん何です?」
「うん、うちの船大工さんたちに、ガレー船の造り方を教えてあげてほしいんだ」
「命の恩人の坊ちゃんのためだ、お安い御用でさぁ! なあ、みんな!!」
「「「「「「「おう!!!!」」」」」」」
「あの~」
「どうした? シモン」
「坊ちゃん、メンデスさん。船を造るのは良いですけど、先にドックを造ってやらにゃあ」
「おお! シモン、おめぇ良いところに気が付くじゃねぇか! 坊ちゃん、ドックがありゃあ、でっかい船も簡単に造れやすし、修理も楽になりやすぜ?」
「え! ドックを造れる人までいるの!? みんな多才だねぇ!」
「知らねぇ所を探険する時にゃ、ある程度自分でできる奴がいねぇと、何かあった時、戻れなくなっちまいますからね。それにしても、ドックのことまで知っていなさるたぁ……。流石は坊ちゃんだぜ!!」
「何か照れるね! じゃあ、次に来る時までに、造船を教えてくれる人と、ドック造りを教えてくれる人と、操船を教えてくれる人にグループを分けといてよ。それから、他にもできることを思いついたら、また教えてね。じゃあまた明日!」
「「「「「「へい! 分かりやした!!」」」」」」
「あ! 『みんな協力的だ』って父上にも言っとくから。早く国に帰れると良いね!」
「「「「「「「「うおー!!!!!」」」」」」」」
「坊ちゃん天使か!」「マジ聖人!」「俺ぁ気張るぜ!」
こんにちは、里見梅王丸こと酒井政明です。今日は長浜湊でスペイン人と面談をしたよ。
実は誘拐事件の後、松の方さんが怒っちゃって、佐貫の屋敷で軟禁状態だったんだ。俺は今のところ唯一の男児だし、心配するのは当たり前。なんだけど……。
ただ、棚ぼたでガレオン船が手に入った今は、海で北条に差を付ける絶好のチャンスなんだよね。でも説得しようにも、何を言っても『子どもの戯れ言』扱いされて、全く聞いてくれなかったんだ。まあ、仕方ないよね。だって、まだ俺、満3歳だし。
「あーあ、こんなことなら、もうちょっと『神童』っぷりと見せつけておけば良かった!」って何度思ったことか……。
『お家騒動の原因になるから』って、控えてたのが、こんな所で祟るとはね。
世の中ままならないもんだよ。
なのに、なんで外出できたるようになったかって?
だって、今のところ、スペイン人と、まともに意思の疎通ができる人間って、俺しかいないわけよ。
ああ、船の修理に携わってた大工さんとか、船に関する言葉を片言で話せる人はいるよ。でも、俺がいないと重要なことはほぼ伝わらないんだ。
誘拐犯の取り調べ?
佐貫城に連行してやったさ! だから、もうきっちり取り調べは済んでて、しかも、きっちり『処し』ちゃったらしいよ? キリスト教的にヤバイ方法で。いや、戦国大名を怒らせると怖いね!
おっと、まずいまずい、話が脱線した!
話を戻すけどさ、実際に港まで足を運ばなきゃ出来ないことってあるじゃん?
日本人対象のガレオン操船訓練とか。そんなの実際にガレオン船に乗り込んでみなきゃ出来っこないだろ?
せっかく船を手に入れたのに、動かし方もわかんなけりゃ、熟練者がいるのに説明を受けることもできない。これじゃあ、どんな良い船でも、港のでっかい障害物だ。
そんなこんなで困り果てた義弘さん。泣き落としまで使って、渋る松の方さんを説得してくれたんだ。
そんな義弘さんの努力の甲斐もあって、スペイン人の船員さんたちと久しぶりに会えたんだ。ちなみに見ての通り、船員さんたちは大喜びしてたよ。だって、俺、彼らにとって、奇跡を起こす『聖人』みたいな扱いなんだもん。
んで、さっき、聞いたら、船の構造やドックの仕組みに詳しい船員が複数いるのがわかったってわけだ!
やったぜ! これで西洋船が造れる!!
へへへ~、絶対に義弘さんに、衝角の付いたガレー船とかを造ってもらうんだ!
日本の海賊は、戦いで船を激突させるとか全く想定してないんだ。だから、『衝角攻撃』効くぜぇ!
これで気持ちよく佐貫に帰れるよ。明日からも楽しみだな!
気分良く厩に向かって歩いていると、港の一角に人だかりができているのを見つけた。
どうやら、珍しい魚が上がったらしい。もしや深海魚!? これは、見逃すわけにはいかないぜ!
俺が駆け出そうとすると……。
「「「「「「「「若! どこへ行かれるのですか!!」」」」」」」
「いや、あそこに珍しい魚があるって……」
「「「「「「「なりませぬ!!」」」」」」」
「若、皆の申すとおりですぞ! 今、この宗右衛門が見て参ります。しばしお待ちあれ!」
「……え~」
実は攫われたせいで、毎回お供が20人ほど付くようになっちゃったんだ。
で、ちょっと動こうとすれば、こんな風に止められる。こっそり逃げだそうとすれば、一瞬で捕まる。本当は、大名の倅の外出に、供が1人しか付いてなかったのが異常なんだろうけど、でもこれはちょっと息苦しすぎるかな。
まあ、松の方さんのほとぼりが冷めるまで、しばらくは仕方ないかな?
………………あれ?
ふと視界に入ったものに義重さんの記憶が激しく反応する。俺は大声を上げた。
「みんな! あの2人を捕まえて!」
「え?」
「いいから早く!!!」
「「「「はっ!!」」」」
護衛たちは、船を眺めていた行商人風の男たちに襲いかかっていった。




