第34話 生還
元亀2年(1571年)4月 ガレオン船 厨房
こんばんは、里見梅王丸こと酒井政明です。あれから2時間ぐらい経ったかな?
結果から言うと、ヒカゲシビレタケ作戦は大成功だったよ。
あ、ヒカゲシビレタケってなんだか分かんないよね。これ、日本原産なんだけど、いわゆるマジックマッシュルームの一種なんだ。
ちなみに、どんな効果があるかって言うと、食べると30分から1時間程度で、めまいや手足のしびれなどの症状が現れ、場合によっては、幻覚が見えたり、催眠状態になったりするんだって。
怖い?
うん、そうだね。でもね、このキノコが良心的(?)なのは、症状が数時間持続した後に回復するんだ。後遺症もないみたい。船の人たちはこれから寝るだけだろうし、安心(?)だよ!
でも、『麻薬及び向精神薬取締法』で規制されてるから、よい子はもちろん、悪い子も見つけて食べちゃダメだぞ!
誘拐犯に手ぬるい! って?
うーん、みんなグルなら、ドクゼリでもトリカブトでもスズランでも、遠慮なく使ったかもしれないけど、悪いのは誘拐したホセたちと、隠そうとした船長だけじゃん? ミゲルさんたち一般の船員には罪がないわけだし、そんな人を巻き込むのはちょっと寝覚めが悪いかな。
ま、他にも理由はあるんだけど、麻袋の中に入った今の段階じゃ、何を言ったって『捕らぬ狸の皮算用』だね。
と、言うことで、お楽しみは脱出してからかな?
そんなことを考えるていると、後ろの方で、何やら「うごうご」言いながら、もぞもぞ動く音がする。
おっと、忘れてた! コイツもどうにかしてやらないとね。このままだと、無事に脱出できたとしても、間違いなく義弘さんに殺られちゃう。
俺は後ろを向くと、音のする方向に声を掛けた。
「宗右衛門! 宗右衛門か?」
「うぐ、うぐぐぐぐ~!!!」
言語理解チートすげー! こんな状態なのに何を言ってるのかわかるよ!
おっと、今は感動してる場合じゃないな。
「宗右衛門! 声が大きい。バレたらどうする」
「ふむむむむむむむ~」
「宗右衛門、良く聞け。これから私は、源氏の氏神たる八幡様に祈りを捧げる。足利と里見の血を引く私が祈るのじゃ。八幡様が聞き入れられぬはずがない」
「ふむむ~!」
「それでな、私は八幡様に、宗右衛門に力をくださるように祈る。だから、私が『南無八幡大菩薩』と唱えたら、お前は思い切り力を込めて、縄を引きちぎれ!」
「ふむ!」
「それでは行くぞ! 八幡様! 源氏の子、里見梅王丸が家臣、勝又宗右衛門に力をお授けくだされ『南無八幡大菩薩』!(宗右衛門を縛ってる葛、スズメノカタビラに変われ!!!)」
「ふご! ふご、ふごごごご!」
「だから、バレたらどうするんだ!(宗右衛門の袋のスズメノカタビラ、葛に変われ! よし、戻したぞ)」
「ふむむむむむむむ~」
「よし、落ち着いたな。まずは猿ぐつわを取れ」
「……取りました!」
「多分袋の中に、お主の大小も入っているはずだ。それで袋を中から開くんだ。あ、私のいる方を斬るんじゃないぞ!」
「おっと、危ない危ない! ……梅王丸様! 早速お助けいたしますぞ!」
「待て! 落ち着け! ここは厨房だ。今は寝ておるようだが、料理人がいる。バレぬように慎重にな」
「なるほど、わかりました」
宗右衛門は、寝返りを打つように、袋をかぶったまま回転する。そして、俺の入った麻袋に手をかけると、俺の体がないことを確認し、刀を突き立てた。
サーッという音がして、視界が広がっていく。そして、とうとう目の前に宗右衛門の顔が現れた。
「梅王丸様、誠に申しわけございm……」
「ああ、そういうのいいから! まだ、私たちは南蛮船の中なんだよ。まずは脱出する方法を考えなくちゃ!」
「はい! それでは、まずは宗右衛門めが飛び出しまして、南蛮人どもを手当たり次第斬って参ります。梅王丸様はその隙に……」
「うん、却下!」
「なぜでございますか!?」
「宗右衛門は俺にとって唯一の家臣なんだよ? 私が生き残っても、宗右衛門がいなくなっちゃったら、ひとりぼっちになっちゃうじゃん!
私は宗右衛門を殺したくないの! だから軽々しく死ぬような作戦は却下だよ」
「う、う、梅王丸ざまぁ……」
「ほら、泣かないの! まだ船の中なんだよ?」
「ううう、申しわけありません」
「仕方ないなぁ。よし、じゃあ、まずは料理人を捕まえて縛り上げる。その後、警戒しながら甲板に出て、上陸用の小舟を奪って逃げよう。で、斬るのはどうしても見つからずに通れないときだけ。こんな感じでどうだろう?」
「手ぬるいのではありませんか?」
「だって、手当たり次第斬って、断末魔の悲鳴とか上げられたら、人がいっぱい集まって来ちゃうじゃん? こっちは2人しかいないし、俺は役に立たないどころか、人質にされることだってありうるんだから、仕方ないでしょ」
「なるほど、流石は梅王丸様!」
「『流石は』じゃないよ。もう! じゃあまずは料理人を縛り上げるよ。『1、2の3』で飛び出したら、宗右衛門は刀を突きつけて脅して。その間に私が窓際にある縄をもっていくから、それで縛り上げよう。じゃあ行くよ『1、2の3!』」
俺たちが麻袋からいきなり飛び出したのを見て、ミゲルさん「い、イノシシが人に化けた!!」って驚いて椅子から転げ落ちた。刀を突きつけられたんで、すぐに黙ったけど、そもそも、最初から抵抗するだけの気力はなかったみたい。
それから、ミゲルさんに声を出されたから、正直なところ「ヤバい!」って思ったけど、誰も駆けつけてくる気配がない。これは相当ヒカゲシビレタケが効いてるね。ナイスプレイ、俺!
その後は、ミゲルさんを縛り上げて、俺らの代わりに麻袋に入れておいた。
指示は俺が出したよ。どうやら俺がしゃべると、違う言語の話者でも、自動的に翻訳されて同じ話に聞こえるらしい。1回しゃべれば2人に話が通じるから、超便利だった。
ああ、厨房を出るとき、一応、ミゲルさんにはこう言っといた。
「私、ここの領主の息子なんだけど、ホセの野郎に誘拐されてここに転がされてたんだ。奴隷は嫌だからこれで帰るけど、後で親連れてお礼参りに来るんでヨロシク! あ、『ミゲルさんたちほとんどの人は知らなかった』って事は伝えとくから、命は取られないと思うんで安心してね! ちなみに、父上たち凄い戦闘民族だから、抵抗する時は覚悟しといてね?」って。
さて、厨房を出た俺たちは、かなり警戒しながら甲板に向かう通路を歩いていったんだけど、船員たちはどいつもこいつも、ぶっ倒れてるか、ヘロヘロになってるかで、まともに向かってくる奴は1人もいなかった。案ずるよりも産むが易しとはこのことだね。
本気でスゲぇぜ! ヒカゲシビレタケ!!
そして、かなり慎重に進んだんだけど、厨房を出て10分もしないうちにボートを拝借。そして、数時間ぶりに長浜湊の土を踏むことができたんだ。




