第33話 脱出への手立て
元亀2年(1571年)4月 ガレオン船 厨房
こんにちは、里見梅王丸こと酒井政明です。土筆変換は、概ね成功、一部失敗だったよ。
やっぱり葛は生きてたみたいで、無事に土筆に変わってくれた。縄みたいに絡み合っていることを心配して、節のところで簡単に外れるスギナの、さらに本体よりも柔らかい土筆を選んだんだ。だけど、土筆は普通にバラバラだったんで、このへんは杞憂だったみたい。
失敗だったのは、土筆が俺の体重で潰れて、いろいろ土筆臭くなっちゃったこと。こんなふうに変換されるんなら、どう頑張っても20cmに満たないスズメノカタビラとかでもよかったね。あれなら潰れてもたいしたことないし。
何はともあれ、おかげで、やっと体が自由になったよ。
さて、ぐずぐずしちゃいられない。早速次の行動に移ろう。
夜になるのを待ち、あらかたの人間が寝静まってから動いた方がいいんじゃないかって?
普通はそのとおりなんだけど、このケースでは悪手だな。
船長は誘拐犯たちに、「世話をしろ!」って指示してた。だから、奴らはみんなが寝静まった頃に世話をしにくる。きて、今の姿を見たら、普通の縄で縛り直されちゃうかもしれないだろ。
誘拐犯たちが、世話を終わるまで待ってれば良かったんじゃないか?
そうとも言えないよ。だって、葛の蔓が生きてたから交換できたけど、もし死んじゃってたら麻袋(?)みたいに交換できなくなってたかもしれないじゃん? それに、あいつらが「生の植物で縛るより縄の方が安全だ」って、自分から交換しないとは限らないだろ? だから、やれるときにやっちゃったのは間違いじゃないと思ってる。
ついでに言うと、ラッキーなことに、俺の麻袋に、守り刀も一緒に放り込まれてた。『別に置いとくより、まとめておいた方が発見される可能性が低い』っていう船長の判断だけど、今の俺にとっては、この上なく有利に働いてくれた。
俺は、足下から小刀をたぐり寄せると、静かにそれを抜いた。そして、こっそりと袋に小さな穴を開けた。
小さな穴なんで、見える範囲には限界があるが、部屋の隅に転がされているため、ちょっと体をよじれば、厨房の大部分を視界に収めることが可能だった。
その厨房では、ちょっと髪の薄い小太りの料理人が1人、鼻歌を歌いながら大鍋をかき混ぜている。きっとあれが『ミゲルさん』だろう。
「いやー、『船が壊れて、到着が遅れる』って船長はお冠だったけど、料理人としては陸が近いと新鮮な食材が手に入るからいいねぇ。3か月から4か月もずっと船の上だと、ろくなもんを食わせられねぇからな。
途中、寄れんのはマリアナ諸島ぐらいだけど、あそこだって大してうまいもんはねぇからな。
それにしても、こんな所でブラウンマッシュルームが手に入るなんて思わなかったぜ!」
あ! あれ、もしかして売れるんじゃないかと思って、その辺に生えてた正体不明な毒キノコと大量に交換しといたマッシュルームだ。港の商人に「異人に売れるかもよ」って流しといたんだけど、価値が分かるヤツとうまく取引できたみたいだな。
「キノコは痛むのが速ぇから、メキシコでの売りモンにはならねぇのが残念だが、だからこそ、今ここで俺らが食っちまっても惜しくねぇ。こんな美味ぇキノコは、お貴族様だってそうそうは口にできねぇはずだ。こんな高級食材を扱えるなんて、料理人冥利に尽きるぜ!」
ミゲルさんには大好評みたいだけど、マッシュルームは里見家の特産品としては微妙かな? でも、乾物にするとか加工方法を考えればワンチャンあるかもね。
「あ~ぁ、帰りもこの港に寄ってくれねぇかな。どうせアカプルコ航路だと近くを通るわけだし……。一度、船長に頼んでみっかな?」
残念ながら、頼んでも無理だろうな。ミゲルさんは知らないけど、ホセどもが俺たちを攫っちゃったし。いくら船長だって、バレて報復されるリスクのある土地に、自分から寄ろうとは思わないだろう。
「あんまり出し惜しみしてもしょうがねぇし、出港の前祝いだ、思い切ってたくさん使っちまうか! ふふふ、いつも文句ばっかり言ってる、あの連中を驚かせてやるぜ。
それ! 不良船員どもめ、料理の旨さに打ち震えるがいいさ!」
ミゲルさんはそう言うと、大量のマッシュルームを大鍋に放り込んだ。
その時、天啓が降ってきた。
あ! 今なら使えるんじゃね?
あることを閃いた俺は、鍋に向かって強く念じた。
マッシュルーム、ヒカゲシビレタケに変われ!
今、鍋の中に入っているのはマッシュルームか? それとも、ヒカゲシビレタケか?
こちらから確認する術はない。
正体不明のキノコが入った大鍋は、ミゲルさんの手によって、大きくかき混ぜられていくのであった。




