第32話 厨房にて
元亀2年(1571年)4月 ガレオン船 厨房
「みげるさん。まちでいきのいいいのししをかってきたよ」
「お、ホセ、でかした! これでグアムまでの航海中も食事に肉を出せるぜ! ところでホセ、何でお前そんなに片言なんだ?」
「え、お、おいら、ふつうだよ?」
「まあいいや、お前はバ……、いや、独特だからな。ところで、どれくらい活きがいいんだ? ちょっと見せてみろよ」
「だだだダメ!!!」
「は?」
「せ、せ、せ、船長が、い、活きが良すぎて、下手にいじると怪我するかもしれないから、弱るまで、ズタ袋に入れたままにしとけって言ってた!」
「ふーん? そんなもんか。じゃあ、取りあえず、隅の方にでも転がしといてくれ」
「わ、分かった! あ、危ないからミゲルさん絶対見ちゃダメだよ?」
「分かったよ! しつこいな! とっとと行っちまえ!!」
こんにちは、里見梅王丸こと酒井政明です。今、縛られて口にぼろ切れを詰め込まれた上、ズタ袋に押し込まれて、南蛮船の厨房に転がされてます。
さて、一応、船長がそれなりに頭が回るみたいだから、当座の命は繋がったけど、それでも最悪の一歩手前だね。
なんでって、このままだと「アーッ!!」な展開を経て、奴隷街道まっしぐらだぜ!?
大名の息子が領内で攫われるなんて……。まさか、こんな落とし穴があるなんて思わなかったよ!
とにかく、脱出方法を考え出さないと!
声を出して、コックのミゲルさんに助けてもらおうか?
いや、ダメだ。いくらホセがバカでも、言葉が通じるだけの異民族の子どもよりは信頼されてるだろう。それにミゲルさんだって、まともな人だとは限らないからな。
義弘さんたちが船内を臨検しに来るのを待つか?
いや、それも危険だ。絶対臨検に来てくれるって保証はどこにもないし、さっきの話では、出港準備はあらかた済んでるらしい。さっき聞いたみたいな方法で上手く隠されて見つけてもらえなかったら、一巻の終わりだ。
さて、どうしよう……
あ、植物交換チートで何とかなるかも! ぼろ切れは毛織物かもしれないけど、この袋は、たぶん麻か何かだろ。手で破れるような脆い素材にしとけば、夜陰に乗じて逃げ出せるかも! 何がいいかな? あ、そう言えば、パピルスは曲げるとパキパキ折れるって聞いたことがあるぞ。可塑性が弱いなら、ちょっと転がってやればすぐに割れるはずだ! えい! 袋、パピルスに変われ!
俺は何回か念じてみたが、袋が変化するそぶりは全くなかった。
……だめか。流石にそこまでチートじゃなかったか。
どうやら俺のチートは、苗や種のように、これから生命活動を再開できる物が対象で、この袋みたいに、もう芽生える要素のない物はダメらしい。こんなことなら、箸を黒檀にしてみるとか、いろいろ試しておけば良かったぜ!
うーん、本格的に手がなくなってきたぞ、せめて手が動けばいろいろできることはあるんだけど……。
そう考えながら体を軽くよじり、違和感を覚えた。
あれ? 何か違う!
義重さんの記憶を辿ると、小田原城攻防戦の後、縄打たれた経験が蘇ってきた。あの時はギチギチに縛られた。でも、縄は完全に体にフィットしていたし、もっとしなやかな感じだった。
それが今はどうだ、ちょっと動けば隙間ができる気がするし、ところどころに、でこぼこした場所があるのが感じられる。
今、縛られてる素材、普通の縄じゃない!?
もしかして、この縄、葛の蔓か何かなんじゃないか?
葛は丈夫だし、切って数日なら、挿し芽用とかに使えると思う。そうであるなら、きっと『生きてる』認定がされるはず。だったら『交換』もできるんじゃないか?
何と交換しようか? 確か質量は変わらないはずだから、普通の草に変えたとしても、絡み合って外れない可能性がある。最初から、幼児でも簡単にちぎれるような構造の植物がいいな。よし!
俺を縛ってる葛、土筆に変われ!!!




