第31話 急転
元亀2年(1571年)4月 ??????
「バカヤロウ!」
こんにちは? 里見梅王丸こと酒井政明です。どうやら気絶してたみたいです。今、聞き慣れない怒鳴り声で目が覚めました。
「何をふざけたこと言っていやがる! こいつは領主の子じゃねぇか!!」
「え、じゃあ、帰してきやすか?」
「バカ! 今さら帰せるわけねぇだろう!!」
「じゃあ殺っちまいますか?」
「……それも拙いな。下手したら、港の連中も含めて皆殺しにされるぞ」
「ははは! 面白れぇこと言いますね。あんな野蛮人ども、ちょっと鉄砲でもぶっ放せばひっくり返るんじゃねぇですか?」
「……おめぇ今まで何見ていやがった! あいつらだって鉄砲を持ってるんだよ!
それに、この間、対岸の連中が船で押し寄せてきたときの様子、見てねぇのか?」
「へへへ、酒飲んで寝てたからわからねぇ」
「まったく……。あん時は凄かったぜ。あいつら鎧を着てるくせに、ぴょんぴょん船を跳び移りながら斬り合いをしてやがった。メキシコのインディオどもとはわけが違うんだ!」
「嘘でしょ!?」
「この非常時に嘘なんか吐くか! 信じられねぇなら、他の連中に聞いてみろ。俺は『港に引っ張られてきたとき、短気を起こさねぇで良かった』って心底思ってたぐれぇなんだ。
でな、その好戦的な連中のまっただ中にいる俺らは、曳き船がなけりゃ外洋に出られねぇんだ。沖に出ようとぐずぐずしてる間に斬り込まれるか、火をかけられるか……」
「や、や、ヤバイじゃねぇですか!」
「その『やばい』ことをしでかした野郎はどこのどいつだ! この阿呆だら!!!
……どうしようもなくなったら、おめぇを犯人として突き出すからな」
「お、お、お、親分、お助け!」
「誰が親分だ! 俺は『船長』だって何度言ったらわかる!
……知り合いとは言え、こんな間抜けな破落戸、雇わなきゃよかったぜ。何で俺がこんな苦労をしなきゃならんのだ」
「おy……」
「あ゛?」
「せ、船長。だいぶ疲れてやすけど大丈夫ですかい?」
「誰のせいだ! 誰の!!
……まあいい。ホセ、お前を突き出すのは最後の手段だ」
「助けてくれるんで?」
「ああ、今、ガキを帰しちまったら、不始末がばれちまう。納得は出来ねぇが、おめぇの不始末は俺の不始末だ。詫びを入れにゃなるめぇ?
でもな、詫びを入れるにしたって、領主の息子を拐かしたと来りゃ、積荷を半分渡して済みゃ御の字よ」
「そ、そんなに!?」
「おうよ! だがな、積荷を半分も失ったとくりゃ、フィリピンのレガスピ総督サマだって黙ってねぇぜ? 下手したら、俺たち全員縛り首よ!」
「じゃ、じゃあどうすれば……」
「まずはバレねぇように隠すしかねぇ! バレたら大人しく積荷の銀とおめぇの身柄を差し出して、残った銀を元手に海賊でも始めるしかねぇな。
ホセ! おめぇたちは助かりたかったら、もうそこらを絶対うろつくんじゃねぇぞ!」
「へい! わかりやした! ところで船長、今上陸してる連中は、急いで呼び戻しやすか?」
「……お前は本当にバカだな。今、急いで呼び戻してみろ、この船の連中が攫ったってバレバレだろ! うまいことに出港の準備はほとんど終わってんだ。準備が済んだところで、何食わぬ顔して立ち去りゃいいんだよ」
「でも、調べに来るかもしれないぜ?」
「ああ、来るだろうな」
「え、バレちゃうんじゃ……」
「それを上手くやるんだよ」
「え、どうやって?」
「まずな、ガキどもは袋詰めのまま厨房にでも置いとけ! 領主の手先が調べに来たら、俺が連中を案内するから、お前らは隙を見て、先に調べ終わった部屋にガキどもを移動させるんだ。そうすりゃいくら調べても見つからねぇだろ?」
「船長、頭いい! でも、こいつら動くだろ? 厨房に置いといたら、コックのミゲルさんにバレるんじゃ?」
「ああ『洋上で絞めて新鮮な肉を食えるよう、生きてるイノシシを買ってきた。まだ活きがよくて危ねぇから触るな』とでも言っとけ!
ついでに言っとくがな、出航するまでの間、お前らがしっかりと世話するんだぞ! 死んだり、怪我したりしたら、全員命はねぇと思え。
それから、お前ら、他のヤツに絶対見つかるんじゃねぇぞ! 見つかったら、俺は知らなかったことにするからな! 長生きしてぇなら、バレねぇように上手くやれよ!!」
「へい! わかりやした!!」
「あ、間違っても、絶対『味見』なんかするんじゃねぇぞ!」
「……へーい」
あ、あっぶね~! こいつ、一体何の目的で攫いやがったんだ!?
まあいい。おかげで最悪の事態は避けられた。
俺は、ぶつくさ文句を言いながら廊下を歩くホセの肩に担がれながら、この『準』最悪状態をどうしたら脱出できるか思いを巡らした。




