第30話 南蛮船がやってきた(3)
元亀2年(1571年)4月 上総国天羽郡 長浜湊
こんにちは、里見梅王丸こと酒井政明です。『義弘さんと一緒』って言う条件はあるけど、定期的に長浜湊に南蛮船を見に行ってます。
最初は、興味本位だったんだけど、よく考えると、里見家が南蛮船を自作するとしたら、構造を知ってる人が1人でも多い方が良いよね。
と、いうことで、南蛮船の船長に周辺の船大工を何人も雇ってもらった。船大工は仕事が増えるし、船長は修理が速く済むし、里見家は南蛮船製造のノウハウが手に入る。いいとこ取りだろ?
え? どうやって作業員を潜り込ませたんだ、って?
俺、チートで相手の言葉が分かるんだよ?
ある日船を見に来たら、船長が作業が遅れてるのに焦って怒鳴り散らしてるのが聞こえてきたの。だから、義弘さんに、吹き込んでやったんだ。こんなふうに。
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「父上」
「なんじゃ? 梅王丸」
「なぜあの南蛮人は、あのように怒鳴り散らしているのでしょうか?」
「おおかた、人手が少なく、修理が進まずに焦っておるのであろう」
「当地の船大工を雇えば良いのに……」
「南蛮人どもは言葉が通じぬからな、船大工を選んで雇うことなどできまい」
「では、船大工であることがわかれば、雇えるのではございませんか? 例えば、目の前で実演をさせるとか」
「……なるほど。それは試す価値がありそうじゃ! 当地の船大工が修理に当たれば、当家でも南蛮船を造れるようになるやもしれん! 梅王丸でかしたぞ!!!」
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船大工を連れてきて実演させたら、案の定、船長が血相を変えて船から下りてきて、「おい! お前ら! 1日8レアルで働かねぇか?」って大声でまくし立て始めた。
船長が使ってるのはスペイン語(?)だから、当然そんなの大工さんに分かるわけない。せっかく雇ってもらうために細工をしたのに、逃げられたら大変だ。だから、こっそりと「なんか、働くと銀貨8枚もらえるみたいだよ?」って教えてやった。
面倒くさいことこの上なかったけど、こうして大工さんたちを船に潜入(?)させることに成功したんだ。
ちなみに、大工さんたちは、言葉の壁のせいで、最初は見よう見まねの作業だったみたい。だけど、元々は専門家だ。作業をしてれば、自分が何をしてるかぐらいは分かってくるもんだ。それどころか、完全に予想外だったんだけど、たったの1か月で、片言で意思の疎通ができるようになり始めた人もいる。職人さんは凄いね!
近在の船大工さんたちの尽力もあって、作業はほとんど終わってるみたい。まだ仕上げがあるけど、数日後には出港できるレベルまできているらしい。今日からは水や生鮮食料品の積み込みも始まってる。
短い間だったけど、船大工を送り込めて本当に良かった。おかげで、多くのノウハウが手に入ったよ。設計図は俺が出せる。加えて技術を身に付けた領民も生まれた。
砲門を備えた『南蛮船』までは行かなくても、竜骨がある船を作れれば、衝角戦術が海戦で使えるようになる。そうすれば、浦賀水道の制海権は完全に里見の物だ。北条の渡海攻撃がなければ、安房上総の内政を安定させることができる。さらに、遠洋航行船があれば、さらに今後の選択肢が広がることになる。
惜しむらくは、産業育成までは手が回ってなかったから、まだ南蛮船の寄港地としての魅力は薄いことかな。だけど、今回の件で修理目的でも定期的に寄ってくれるようになれば、巨万の富を産む南蛮貿易にも参入できるかもしれない。やれるかもしれないことがいっぱいあるって本当に嬉しい悲鳴だよ。
そんなことを考えていたら、急にもよおしてきた。
「宗右衛門。ちと、用を足しにまいるぞ」
「厠ですか? この辺りにはございませんぞ。その辺の葦の茂みでなさいませ」
「誠か!? ええい! 致し方ない。宗右衛門、見張りを頼むぞ」
「は! 心得ましてございます」
俺は川沿いの葦の茂みにむかって、本懐を遂げた。
晴れ晴れとした気持ちで振り向くと、そこには宗右衛門が倒れていた。
「そ」
俺は声を上げる間もなく、屈強な男どもに捕まると、ぼろ切れを口に押し込まれ、そして、ずた袋の中に放り込まれてしまったのだった。