第298話 父危篤
慶長4年(1599年)3月 上総国天羽郡 湊城
皆さんこんにちは、酒井政明こと里見義信です。先日31歳になりました。
今日は、俺が初めて築城した記念すべき城、上総の湊城に来てるんだ。
え? ずいぶん久しぶりに出てきたな、って?
そうだね。居城を土浦とか江戸とかに移してからは、常駐する城じゃなくなってたからね。
でも、話に出てこなかっただけで、全く寄りつかなかったわけじゃないんだよ?
だって、上総湊は、隣接する天神山城跡を中心にした広大な生薬園と、医聖 永田徳本先生をトップとする医学研究所を擁する、医学都市になってるんだ。
だから上総湊は、領地を返納した後も、株式会社化した『里見グループ』が所有する予定で動いてるの。あ、当然、税金は国庫に納めるよ。ただ、個人所有じゃないから、そこそこにね。
そんなわけで、実は結構頻繁に訪れてた湊城なんだけど、ここ数か月は訪問頻度が上がってたんだ。
ちょっと、里見義弘さんの具合が悪くなっててね。
史実では、1570年に中風の発作を起こし、1578年に飲みすぎが原因の吐血で息を引き取った義弘さん。だけど今生では、俺が生まれた直後から節酒させることが出来たの。その甲斐もあって、20年以上も経った今も存命なんだ。
でも、去年の年末、二度目の中風の発作を起こしてからは、寝たきりに近い状況になっちゃった。しかも、言葉も不明瞭でまともに意志の疎通が出来ないときてる。こんなところも祟って、日に日に衰えていってる状況だよ。
松の方さんが曰く、「義信殿が見舞うと調子が良くなる」らしいんだ。けど、タイミングの悪いことに国会の会期中だったし、俺には相国としての仕事も山積してる。仕事を放り出して付きっきりで看病するわけにもいかなくてね……。
永田徳本先生をトップとする国内最高レベル、いや、この時期なら世界最高水準かもしれない医師団が付いてたし、俺もどうにか遣り繰りしながら、休日毎に通ってはいるんだけど、症状の進行を食い止めることは出来てない。
そんなわけで、今は、控え目に見積もっても『かなり重篤な状況』としか言えないよ。
ちなみに、その状況は既に各所に知らされてて、養子に出た4人の息子と嫁に行った3人の娘は、全員がここ上総湊に駆けつけてる。こんなの一昔前だったらあり得ないことなんで、感慨深いよ。
何でって、一昔前だったら養子や嫁に出た子供は別家の人間で、そう簡単に実家に戻ることなんて出来なかったからね。戦国の世が終わって、封建制度も解消に向かってるからこその姿だろうね。
それに、参勤交代制度の名残が残ってることも地味に大きいと思うんだ。だって、参勤交代制度では、大名の家族は常に、冬場には大名自身も江戸に在府することになってただろ?
江戸が東京に変わって、大政奉還もなされたんで、既に在府の義務は無い。だから、みんな地方に引っ込んでても良いんだけど、一度大都市で覚えた“便利さ”ってのは、なかなか手放せなかったみたい。
あと、毎年冬に国会が開会されるんで、『それに合わせてちょうど在府してた』ってケースもある。侯爵としての議席を保持してる、次弟の大崎義兼なんかは、まさにその典型だね。
そんなわけで、『父、危篤』ってことで集まってる彼らなんだけど、常に会えるかって言うとそうじゃない。これは、義弘さんの体力が落ちてるのもあるけど、会えたとしても何を言ってるのか半分も理解できない、ってのが大きいんだ。
義弘さんとしては、せっかく力を振り絞って言葉を発してみても、全くそれが伝わらない。結果として絶望して気力も削がれていく、って悪循環に陥っちゃうんだ。
そんな感じなんで、今は義弘さんの体調が良い時、かつ、俺か松の方さんが同伴できる時、って条件を付けて、面会をしてるような状況なの。
あ、俺には『言語理解能力』ってチートがあるんで、問題ないよ。なにせ、猿ぐつわを噛まされたヤツが「フガフガ」言ってるのですら、内容を聞き取れちゃうんだ。多少(?)言葉が不明瞭なぐらい、なんてこと無かった。ってか、逆に、俺には“不明瞭”であることが認識できないぐらい。
え? 松の方さん?
こっちは長年の付き合いだよ。流石に30年以上も連れ添ってれば、表情や行動で8割方何を言いたいかは理解できるみたい。それに不明瞭でも言葉が加われば、ほとんど間違うことはないんだって!
俺がこんなことを考えてると、襖の向こうから秘書官を務める荒川頼景の声がする。
「失礼いたします。里見義信閣下、永田徳本先生がお見えです」
「うむ、お通しせよ」
「はっ!」
程なくして、襖が開き、永田徳本先生が現れた。
徳本先生は85歳なんだけど、まだまだ元気で、医学の発展のために尽くしてる。でも、湊城下で活動してるのは月のうちに10日ぐらいで、残りは基本的に関東一円の医療希薄地帯を巡回しながら、治療に当たってくれてるんだ。
その徳本先生、「大恩ある里見家のために」って、今回義弘さんの主治医を買って出てくださった。
ただ、わざわざ、俺の部屋にお越しになったってことは……。
徳本先生の口からこぼれたのは、想像はしていたけど、考えたくはなかった、この一言だった。
「早急に皆様をお集めください」
覚悟をしていたとは言え、信じたくない気持ちもある。一縷の望みを込めて俺は聞き返す。
「徳本先生、それほどまでに……」
「悪うございます。何より御当人が諦めておられるのが悪い。八方手は尽くしておるのですが、患者が生きる気力を失うては、出来ることが限られます。力及ばず申しわけございませぬ。今夜が山にございましょう……」
「分かった……。頼景! すぐに奥の間に一門衆を集めよ!」
「はっ!」
徳本先生は、俺に「悪いのか?」の一言を言わせなかった。この反応に、事態は一刻を争うことを悟った俺は、荒川頼景に指示を出すと、すぐさま義弘さんの許に向かったんだ。




