表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

297/304

第297話 王ヌルハチの誕生

慶長3年(1598年)12月 武蔵国豊島郡(としまぐん) 千代田城 本丸 紫宸殿



 紫宸殿の広間、左右に居並ぶ高官たちの間を、朝冠をかぶり鮮やかなにしきの旗装を身にまとった男が進む。男は高座の前まで進み出ると、その場に腰を下ろし、頭をれた。




満洲人マンジュびとの長ヌルハチ」


「ハッ」


此度こたびの乱において、同族におもねることなく一貫して忠義を発揮せしこと誠に殊勝な振る舞いである。そればかりか、乱に付け込んで国内を蹂躙せんとした蒙古軍を撃退せしこと見事であった。よってここにこれを賞し、震王しんおうに封じ、王号を許すとともに、東沃沮ひがしよくその代官に任ずる 御名、御璽」


「ハハッ、アリガタキシアワセ」




 俺の勅書代読が終わると、ヌルハチさんは大きく一礼して、陛下の御前に進み出る。


 そして、陛下から直接、硬玉(翡翠)で出来た『震王之印』をさずかると、淡い緑色に輝く印を頭上に押し戴いた。


 ここで、顔を上げるよう陛下より指示が出、そして、顔を上げたヌルハチさんに陛下の御言葉が下る。




「震王ヌルハチよ、北方にはいまだ文明の光が届かず、まつろわぬ者も多い。其方には、それらの束ねも任す。ここにおる相国とよく談合しながら務めるがよい」


「セイシンセイイ、ツトメマスル」




 これにて、儀式は終了。てなわけで、晴れてヌルハチさんは王号を認められたと。


 申し遅れました。皆さんこんにちは、酒井政明こと里見義信です。

 さっき言ったとおり、今しがたヌルハチさんを“震王”にほうじる儀式が終了したとこだよ。


 あ、ついでに言っとくけど、朝鮮から没収した咸鏡道(沃沮)江原道(濊貊)のうち、沃沮よくその東部、咸鏡北道かんきょうほくどう辺りは、“代官領”って名目で、ヌルハチさんにあげちゃった。


 イメージと違うかもしんないけど、この辺りは、歴史的にも朝鮮半島の王朝よりも満洲の王朝の支配下に入ってることが多かったの。あ、一応言っとくけど、高句麗は俺の中では満洲系だからね。滅亡時の首都は平壌だけど、建国は今の吉林省だし。そんなこともあって、この時代は、まだ民族的にも満洲(ツングース)系が多数暮らしてたんで、ある意味“自然”なことではあるんだ。


 ちなみに、この措置、御褒美の意味だけじゃなく、統治テストの意味もある。この一帯、ツングース系も多いんだけど朝鮮系も多数暮らしてるの。ツングース系の先住民に対して朝鮮王国はしくじった(●●●●●)から領地は没収された。逆に、朝鮮系の住民に対して震国(ヌルハチさん)はどう対応するか。コレは見物みものだね。



 残りの咸鏡南道かんきょうなんどう江原道こうげんどうは、日本の直轄地にしたよ。丸投げされる形になった拓殖省は大変だと思うけど、まあ、何とかなるんじゃないかな?


 なにせ、三韓地域は領国化が始まって10年近くが経過してて、色々とノウハウは蓄積されてるし、他の外地の直轄領開発も一段落してたとこだし。


 これも外地の大半を各大名家に丸投げしちゃったおかげだね!



 さて、ヌルハチさんには『震王』って称号を与えたわけだけど、実は『震』ってのは、渤海国の始祖である大祚栄たいそえいが最初に名乗ってた国号なんだ。


 で、だ。渤海建国の主体となったのは、ツングース系の粟末靺鞨ぞくまつまっかつって部族と言われてる。そして、同時期に黒竜江(アムール川)一帯には、同じツングース系の黒水靺鞨こくすいまっかつって部族がいたんだ。


 この黒水靺鞨、実は後に部族名を“女真”って改めてる。つまり、『震』は女真族にとって由緒正しい国号ってことになるんだ。



 え? 怪しい、絶対違う意図があるだろ、って?


 ははは、流石にバレるよね。もちろん『シン』にもかけてるよ。だって、『シンのヌルハチさん』って、分かりやすいじゃん!


 誰に? 当然、「俺に」だよ!



 今だから言うけどさ、正直な話、ヌルハチさんを使う(●●)ことには、ためらいもあったんだよね。だって、日本こっちミンと同盟をしてる以上、明に対して隔意のあるヌルハチさんは、将来敵に回る可能性が高いわけじゃん?


 明を切ればいいじゃないか、って?


 申し訳ないけど、それは極力避けたいとこだね。


『婚姻関係を結んでる』ってのも理由としてはあるけどさ、それより何より、明は日本(我が国)にとって、これ以上ないくらい巨大な市場なんだよ。仮に今、明が潰れたら、軍事的には全く被害がなかったとしても、日本は経済的に大損害をこうむるのは確実なんだ。それも“再起不能なレベル”でね。



 だから、まず最初に考えたのは、『大きくなる前に潰す』って策なんだ。


 だけど、コレ、決まれば当座の心配は避けられるんだけど、失敗したら日本こっちもまとめて敵認定されるわけじゃん?


 そんな状態で、万が一にも、史実通りにシンが中原を制しでもしたら、強大な大陸性の敵性国家が隣国になるんだ。そんなの悪夢でしかないよね。



 それに、戦術的に考えても、明みたいに中核都市が定まってるような国相手か、決戦を挑んでくるような相手なら良いんだ。だけどヌルハチさん率いる満洲族は半農半遊牧状態で、現状、大きな都市は構えてないの。『草原地帯に逃げる』って選択肢を採られて、ゲリラ戦を展開されちゃうと、非常に面倒なことになりかねないんだ。


 それに、仮にこの策が上手く決まって、首尾良くヌルハチさんを討てたとしても、満洲の経営にまで手を突っ込んでるような余裕は、日本こっちにも明にも無いの。そんなわけで、戦後は確実に権力の空白域が発生する。そして、権力の空白域ができれば、遠からず新たな英雄(ヌルハチさん)が生まれるはず。でも、その新たな英雄は俺の歴史知識には存在しない存在なんだよね。知識チートで上手いこと遣り繰りしてきた俺にとっては、誰だか分かんない存在が相手じゃ、せっかくのアドバンテージを生かせない。これも1つの大きなリスクなんだ。


 じゃあ、どうすればいいのか? ってなった時、はっと思い付いたわけだ。「最初っから手懐けちゃえばいいんじゃね?」ってね。



 その先は皆さん御存知の通り。


「石炭を買う」って名目で接触し、試合を挑んで力の差を見せる。その上で買い取り価格の上積みと子供同士の婚姻って利益を提示してやったらイチコロだったよ。


 それだけじゃないよ。明の遼東総兵官である李成梁りせいりょうって男は、ヌルハチの祖父と父を誤殺した、言わばかたきなんだけど、俺が手を回して失脚させる、なんてこともしてやったんだ。まあ、彼、史実でも汚職で失脚してたんで、それをちょっと早めてやっただけなんだけどね!


 それでも、ヌルハチさん、涙をこぼさんばかりに喜んでくれたよ。しかも、間に常洛(皇太子)くんを挟んどいたんで、明への隔意もやわらいだみたい。うーん、これぞ一石二鳥!



 こんな感じで、ヌルハチさんに便宜を図りつつ、勢力拡大を後押ししてたら、今回の戦役に至った。と、こんな感じ。



 今後の“震国”だけど、ヌルハチさんとの打ち合わせでは、黒竜江(アムール川)流域の開拓をして国力を蓄え(人口を増やし)つつ、主に北と西に勢力を拡大する方向で合意が出来てる。



 よく南下を諦めさせられたな、って?


 うん、これはちょっと大変だったけど、過去の実例を出して説明したら、南下の害について理解してくれたよ。いや~、ヌルハチさんにとってメッチャ馴染み深い具体例があったんで助かったよ。何って、満洲族の先達が建てた“金国”ってヤツだよ。


 金国は、最初、契丹族の遼を滅ぼし、漢族の北宋を滅亡させて、瞬く間に満洲から華北にかけて広がる地域を征服した。ところが、船への対応が遅れて長江を渡れずにぐずぐずしてるうちに、いつの間にか勢いが落ちて、結局100年ちょっとで滅んじゃったの。


 これって、キンの貴族や高官たちが漢化して、強みだった軍事力が弱体化しちゃったことが1つの要因なんだよね。


 それに対して、同じツングース系なのに故郷に留まった国は、明らかに長期間にわたって国家を維持している。実際、渤海は後継政権まで併せれば300年以上続いてるし、高句麗に至っては700年以上の歴史がある。


 だからヌルハチさんには、まずはしっかりと黒竜江流域一帯の地固めをして、満洲人の人口を増やした方がいい、って説いたの。


 コレ、話を持ち出したのが俺だった、ってのが、より説得力を高めてくれたみたい。なんせ、俺には『北京と南京を両方とも占領して、皇帝まで捕虜にした』って実績があるじゃん? で、そんな実績のある俺でも、リスクが多すぎる漢族の本格支配には手を出してないからね。



 黒竜江流域一帯の開発に邁進することを決意したヌルハチさんには、寒冷地仕様の作物の苗や種を無償供与しといた。これで、東北平原への漢族の浸透を抑えてもらうんだ。


 と、同時に、北方の資源情報を伝えて、最低でも20年間は優遇価格で買い取る契約も結んどいた。こうしとけば、現状に満足できない跳ねっ返り連中が出ても、一攫千金を求めてシベリアに向かってくれるから、国作りもしやすいはず。



 それだけか、って?


 当然、この人達には『防波堤になってもらう』って大きな仕事があるんだ。何の防波堤?って、ロシアからの防波堤だよ。


 現在ロシア人たちは、ウラル山脈の東側でシビル汗国ってモンゴル系の国家と戦ってるんだけど、史実どおりなら、そろそろ決着が付くはずなんだ。もちろん『ロシアの勝利』って形でね。このシビル汗国以東のシベリアには、まともな国家は存在しない。結果として毛皮や資源を求めてコサック(ロシア人)たちが大挙して押し寄せるようになる。こいつらは、拠点を建造しながら数千㎞の大地を数十年で踏破して、1630年代にはオホーツク海まで到達するんだ。


 だから満洲族を進出させて、ロシアの東方進出を食い止めてもらうんだ。それも自主的(●●●)にね(笑)



 自分でやればいいんじゃないか、って?


 確かにそっちの方が確実ではあるけどさ、あんな冬は氷点下50°Cにもなるような酷寒の地、温暖な日本列島の住民の誰が好き好んで行きたがる?


 一攫千金? 他に無いならともかく、現状ではオーストラリアやカリフォルニアって選択肢もあるんだよ?


 だったら官営で行えば、って言うかもしれないけど、そもそも他の部署の人手が足りないから、色々丸投げしてるんじゃん? そんなわけで、日本政府として取り組むのも難しいの。


 だったら、コレも外部(震国)に丸投げしちゃおうと。


 震国(ヌルハチさん)は、広大な領地を確保出来て嬉しい。

 日本(俺たち)はツンドラ(極地?)開発とロシアとの対峙をしないで済むんで嬉しい。


 しかも、震国がそっちに注力すればするほど、南方(明国方面)は安定してくれるんで、北東アジア地域の平和にもつながる。素晴らしいことだと思わない?



 ま、ここまで布石を打っちゃったら、もう簡単には後戻り出来ない。一蓮托生の覚悟でしっかりバックアップしてやらないとね。頼むよ。ヌルハチさん!






 なお、数十年後、バイカル湖の西側でシベリアの覇権を巡って、震とロシアが激しく戦うことになるのだが、それはまた別のお話。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こちらは前作です。義重さんの奮闘をご覧になりたい方に↓ ※史実エンドなのでスカッとはしません。
ナンソウサトミハッケンデン
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ