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第291話 “北海道”の視察①

慶長3年(1598年)3月 胆振国(いぶりのくに) 志古津(しこつ)



 3月とは言え、ここ志古津は北国である。まだ屋外の山野には雪が残っていた。しかし、肌寒い屋外とは異なり、暖炉(ペチカ)の熱が行き渡った屋敷の中は、初夏のような暖かさである。


 侍従に案内されてやってきた男たちは、皆、ざんばら髪で長い髭を蓄えていた。一見落ち武者のようにも見える彼らは、俺の姿を認めるなり、慌てて平伏する。


 現れたのは、胆振地方一帯に暮らす先住民(アイヌ)シュムクル(西の人)大人(村長)たちであった。


 俺が「楽にするよう」に促すと、代表して惣大人(族長)のシチカプシクが口を開く。




「相国サマニオカレマシテハ、マスマス御健勝ノコトト、オ慶ビモシアゲマス」


「シチカプシク、久しいの。それにしても、しばらく会わぬうちに、随分と標準語が上達したではないか! 誉めてつかわす」


「アリガタキシワセ」


「シチカプシクよ、日々標準語の取得に励みおること、この義信も嬉しく思う。ただな、今日はシュムクル全体の様子を惣大人であるお主の口から聞くために来たのだ。慣れぬ標準語では、上手く伝わらぬ点もあろう。普段の言葉(アイヌ語)で語るが良いぞ」




 シチカプシクは、一瞬逡巡したものの、その方が色々と都合が良いと判断したのだろう。アイヌ語に切り替えると、再び話し始めた。




『……承知いたしました。相国様のお心遣い、誠に有り難きことにございます。改めて御礼申し上げます』


「うむ! それで、シュムクルの民の暮らしぶりはどうか?」


『はい。以前は冬になれば、必ず凍死者や餓死者が出ておりましたし、平時でもマラリア()天然痘(疱瘡)などの流行病で命を落とす者が多くございました。しかし、相国様よりいただいたジャガイモ(馬鈴薯)トウモロコシ(唐黍)ビート(砂糖大根)、羊や牛の放牧で、飢える者はいなくなりましたし、種痘やキナ皮()のおかげで、病で命を落とす者も激減しました。お陰をもちまして、暮らしぶりは以前とは比べものにならぬほど良くなりましたし、民も増える一方にございます』


「それはめでたい! 民の暮らしが良くなるのは為政者として何よりの幸せだ。ところで、この10年で随分入植者が入っているはずなのだが、その者どもとの関係はどうだ?」


『はい。おおむね互いに平穏に過ごせておるかと存じます。これも、おかみの方で、我らの土地とそれ以外を分けてくださっていたお陰にございます。時折、山師のような者や賊が侵入してくることはございますが、それは正規の入植者とは別に考えております。どこにも悪人(ウェンペ)はおるもので、それは我ら(アイヌ)だろうが和人(シャモ)だろうが変わりはございませぬ』


「その慮外者は如何いかがいたしておる」


『未遂であれば、言うて聞かせて追い返すこともございますが、多くは街の警察に突き出しております。中には逃げようとして(キムンカムイ)用の罠にかかり命を落とす者もおりますが、それは“自業自得”と言うことで、警察の方からはお目こぼしいただいておりまする』


「うむ。『無断で入ってはならぬ』と言うてあるにもかかわらず、勝手に入ってきたのだ。特に其方らが、気を病む必要はない。今後も困ったことがあれば、すぐに申し出るのだぞ?」


『承知いたしました』



「その他で、何か困ったことはないか?」


『さして困ったことは……! あ、そう言えば! 放牧地を広げたり、鉱山を設けたりしたせいか、人を襲う悪い羆(ウェンカムイ)が増えました。しかし、シュムクルの猟師たちは手練てだれ揃い。悪い羆はことごとく退治しておりました。ところが、退治しすぎたせいか普通の羆まで減ってしまいまして……。最近は羆送り祭(イヨマンテ)に使う羆を捕まえることすら難しくなっております。これはどうにかならぬものかと思うております』


ユウパロ(夕張)のニシクルを始めとして、シュムクルの猟兵の精強さは、天下に轟いておるが、まさか、それが仇となるとはな。しかし、シチカプシクよ。羆を増やすためには、牧場や鉱山を潰さねばならぬ。それらを潰さば、今の暮らしは維持できぬぞ? 其方は羆と今の暮らしのどちらを優先して守りたいのだ?」


『どちらかと問われれば、間違いなく“今の暮らし”にございます』


「では、我慢をするか、あるいは何かしらの工夫をするしかなかろう。例えば、輪番を決め、各村合同で祭を行うとか、猟兵の遠征隊を組織して、まだ開拓が進んでおらぬ北見や宗谷方面で仔羆を確保するとか、祭に使う“カムイ”をシマフクロウ(コタンコㇿカムイ)に切り替えるとか、羆の養殖場をつくるとか、な」


『……なるほど、その発想はございませんでした。各村の村長(大人)と諮ってみようと思います』


「そういたせ。なお、決まったことに関してはきちんと国衙に報告をするのだぞ? 内容によっては援助できることもあるやもしれぬゆえ、な?」


『何から何まで、お心遣い恐悦至極にございます。必ずや御報告いたします』


「うむ!」




 こんな遣り取りの後、シチカプシクたちシュムクルの一行は一旦下がっていったよ。これから、もてなしの宴会をしてくれるんだって。楽しみだね!


 おっと、遅れてゴメンなさい。酒井政明こと里見義信です。

 先日、第1回の国会が閉会したんで、北海道の視察に来たとこだよ。



 え? いつから“北海道”になったんだ、って?


 明との戦いが終わった直後だから……。もう10年近く経つんじゃないかな?

 北海道ここは“外地”の扱いではあるんだけど、もう、かなり植民と同化が進んでるんで、もう蝦夷地(異民族領)って名前は無いかな?って話になってね。で、史実通り“北海道”って名前が付いたと。


 ちなみに、現状だと千島と樺太も“北海道”の範疇に入ってるんだ。陸奥より北の土地をまとめて指し示す言葉が、蝦夷地or渡島ぐらいしか無かったんでね。


 まあ、千島・樺太(あっち)は、まだあんまり手出しはしてないんだけどさ。


 何で? って、あんまり旨味がなかったからだよ。ただ、もう50年もするとロシア人が押し寄せてくるはずだから、例えあんまり旨味を見いだせなくても、計画的に拠点整備は進めとかないとね。


 でも、石油の取れる樺太はともかく千島はなぁ……。


 思い付くのは、水産業と毛皮ぐらいかね? ロシア()に与えたくはないけど、領有することによる“費用対効果”は怪しいこと限りない。悩ましいところだよ。



 ま、千島・樺太(そっち)は今後の課題として……。御覧のとおり、アイヌの同化はかなり進んでるよ。なにせ、族長がバイリンガルになってるくらいだからね。


 ちなみにアイヌの人口は、里見家の支配が及び始めた、この10年強の間に2倍近くに増えてるんだ。これは、シチカプシクも言ってたけど、疾病対策や耐寒作物の導入、牧畜の導入なんかの影響が大きいと思う。


 でも、「増えた」って言っても、元々3万人ぐらいしかいなかった人口が、5万人超になっただけなんで、土地は十分に余ってる。


 事実、シチカプシクも言ってたけど、移民との間で大きな対立は起こってないだろ?


 ちなみに、現在の移民の数(※屯田兵を含む)は、20万人を超えてるのにだよ?



 これは、開拓地を作る前に土地の利用区分を明確に取り決めといたただけじゃなく、土地を明け渡す側のアイヌには、補償として種苗や家畜を与えておいたことも大きいと思う。


 狩猟採集がメインの生活だと、人口を維持するためには広大な土地が必要だけど、農耕メインなら、そこまでの広さは必要ないからね。



 今後の予定としては、アイヌになるべく不満を持たせないようにしながら、より便利で豊かな社会を見せる。そして、徐々に“日本”への憧れを持たせるとともに、貨幣経済と教育と徴兵で日本社会に取り込んでいく。こんな流れかな。


 現代だと「少数民族のアイデンティティがー」とか、問題点は多々あるんだけど、今は、バリバリ(?)の中世だ。社会の安定のためにも、どんどん同化しちゃうぞ!






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こちらは前作です。義重さんの奮闘をご覧になりたい方に↓ ※史実エンドなのでスカッとはしません。
ナンソウサトミハッケンデン
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