第290話 初招集
慶長2年(1597年)12月 武蔵国豊島郡 千代田城 西の丸下
「天皇陛下に、礼!」
足利頼淳侯爵の発声で、広間に集まった二百余名が一斉に頭を下げる。
続けて、鷹司信房公爵が、三宝に載せられた一通の奉書を恭しく押し頂く。そして、信房公は立ち上がると奉書を開き、読み上げ始めた。
「本朝は未だかつてないほどの変革の時代を迎えた。朕は国の先頭に立ち、国のあり方を定めることで、万民が安らかに暮らせる道を開いていく所存である。皆も朕と志を同じうし、心一つに努力してもらいたい。そのためには、皆で意見を出し合っていく必要がある。本朝をさらに大きく発展させるため、皆の力を合わせ、広く会議を開き、博く知識を集め、天下万民を安んじるべし。 御名、御璽。
陛下の御臨席を賜り、これより第1回大日本国議会を開会いたす!」
皆さんこんにちは、酒井政明こと里見義信です。
御覧のとおり、国会が開会したよ。今は、議長に指名された前関白の鷹司信房さんが挨拶をしてるとこなんだ。今日はこの後、副議長に指名された元鎌倉公方(※小弓公方)の足利頼淳さんからも挨拶。そして、相国からの所信表明、って流れで進んでく予定だよ。
議長選挙はしなかったのか、って?
うん。今回は“第1回”ってこともあって、立候補とか募ってるヒマも、どんなもんだか周知する余裕もなかったんでね。あ、それでも、一応開会前に信任投票はしたんだよ?
まあ、今国会の開会中に、採決の流れとかも分かるだろうから、次回からはきちんと選挙をする予定だけどね。
ちなみに、議長に選ばれた鷹司信房さんは、上級貴族の中でも数少ない、“清廉な人”だったんだ。まあ、『風魔衆が探りきれなかった』って可能性も無いわけじゃ無い。けど、それならそれで、ある意味『頼りになる』だろ?
彼、汚職に関わってないんで、大臣の資格もあったの。だけど、「人臣の最高位が、いきなり将軍の下風に立つのは、抵抗があるんじゃないか?」そう思って閣僚から外したの。その点、国会議長なら地位的に相国にも負けてないから、プライドも保たれるだろ?
副議長の足利頼淳さん? 里見義弘さん、松の方さんが、「何とかしてやってくれ」って以前からうるさかったんで、ちょっと押し込んでみた。幸い、鎌倉公方家は以前から俸禄制だったから、海外移封は無いし、頼淳さんは、足利義昭さん亡き後、足利一門では長老格にあたるんで、理由はすぐこじ付けられたよ。
ついでに言っとくけど、鎌倉公方家は侯爵として、足利一門ではトップの地位に立ってるんだ。源家の氏長者の久我敦通さんの陳情もあって、義昭さんの息子も伯爵として拾ってはあげたけど、どう下駄を履かせてもそこまでだね。ま、里見政権は織田政権の後継なんで、その辺は「仕方ない」と思ってもらわないと。
ちなみに、さっき『国会』とは言ったけど、この国会は、いわゆる『貴族院』ね。
こちらの議員資格は、25歳以上の爵位を持つ者。中でも、王・公爵・侯爵は、無条件で議員になれる。伯爵以下は各爵位毎に互選で選挙を行い、各爵位50名ずつの議員を選ぶんだ。
現状では伯爵が100名ぐらい、子爵が300名ぐらい、男爵が500名ぐらいいるんで、競争率は伯爵1/2、子爵1/6、男爵1/10程度になるかな。
その150名に、43名いる25歳以上の王・公爵・侯爵を加えた、計193名が、初代の『貴族院』議員ってことになる。
ちなみに、現在は大名や公家の割合が多いこの制度だけど、徐々に優秀な官僚や軍人出身者が増えるように、あらかじめ裏工作してあるんだ。具体的には、佐官や課長といった上級職になると、自動的に爵位が付いてくるようにしてあるの。
反対はなかったのか、って?
無かったねぇ。
当たり前だけど、馬鹿正直に「爵位をばらまいて、国会における公家や武家の割合を下げるためだ!」なんて主張はしてないからね。名目は「高級官僚や軍人が、陛下に対して直接御進講できるようにするため」ってことにしてある。それだけじゃない。領地が貰えない軍人・官僚に対する『退役後の生活保障』って名目も付けてあるんで、表立って反対する人がいたら、そいつ、大変なことになったかもしれない。
まあ、反対が起こらなかったのは、「『国会』とやらが何たるか、良く分かってなかった」ってのもあるだろうけどね!
ちなみに、官僚や軍人が貴族院議員を志した場合なんだけど、現役のまま立候補することは可能にしてあるよ。流石に当選後には辞職する必要があるけどね。さらに、議員退職後には元の役職並に戻ることが可能なようにシステムを整えてあるんだ。
何で? って、優秀な人材が外部に流出することを防ぐためだよ。
あ、その地位に昇進したらいつでも立候補が可能になるわけじゃないよ? 当然、なってすぐには被選挙権は得られないようにはなってるし、戦争中とかの非常時には、立候補に制限がかかるようにしてあるんだ。だから、腰掛け目的で軍人や官僚になろうとするのは防げるんじゃないかな?
それに、「復職できる」って言っても、あくまで『元の役職並』なんだ。時間が経てば同期は出世していくのに、復職しても自分は『元の役職』レベルだから、出世に取り残される可能性が高いの。その上、『並』ってことは、原職に復帰できる保証も無いんだよ。
そんなわけで、メリットばかりじゃないのに「議員になろう!」っていうなら、その意欲は認めても良いかなって、俺は思ってるんだ。
さて、ここまでは『貴族院』の事に触れてきたけど、当然そうなると出てくる疑問があると思うんだ。
「『衆議院』はどうなるんだ?」ってね。
まず、結論から言うと『衆議院』については現在準備中。
具体的には、今、急ピッチで戸籍制度の整備を進めてるんで、そちらが整ってからにはなるけどね。
ただし、実施するのは『普通選挙』じゃない。選挙権・被選挙権とも、限定的な『制限選挙』になる予定だよ。
え? 資格要件はなんだ、って?
男性? 財産?
残念! どっちも違うよ。まあ、結果的に男性がほとんどになっちゃうとは思うんだけどね。
答えは、『兵役の有無』と『日本語の理解』だよ。
選挙権は、2年以上兵役(※もしくはそれに準ずるもの)を務めた、日本語を解する者、及び、兵役中に殉職した者の親族(1名)に与えられ、被選挙権は、5年以上兵役(※もしくはそれに準ずるもの)を務めた、日本語を解する者に与えられる予定だよ。
この辺は古代ローマの『市民権』に倣ったんだ。「『兵役の義務』は『国民の義務』で、義務を果たした者のみに参政権が与えられる」ってとこかな?
一応言っておくと、徴兵期間は2年なんで、兵役を務めあげた者全員に参政権は与えられることになってるんだ。それに、以前から里見領では、補給部隊や輸送部隊を中心に女性兵士も一定数存在してたの。だから、現時点ですら女性の被選挙権保持者は存在してるってわけ。
あと、現時点で武士をやってる人たちには、自動的に権利が付与される予定なんで、不平士族(?)対策もバッチリ!
ついでに言うなら、俺たち武家貴族は『貴族院』に加えて『衆議院』の被選挙権も持ってるけど、公家貴族はそれが無いの。だって従軍してないからね。
え? 普通選挙はいつ頃から始めるんだ、って?
しばらくその予定は無いかな。するとしても、もう少し社会が成熟してから。
でないと、下手したら、『無意味』を超えて『害悪』にすらなりかねないからね。
「………………それでは、引き続き政府の所信表明を行う。相国 里見義信君」
おっと! 時間になったみたいだ。じゃ、ちょっと所信表明してきますかね!
慶長2年(1597年)の12月から始まった国会は、正月の休会を挟んで、翌慶長3年3月半ばまでの100日間にわたり開催され、以降これが国会会期の慣例となった。また、2年後の慶長4年(1599年)8月には第1回衆議院議員選挙が実施され、第3回の国会より元老院と衆議院の二院制となり、その後、長らくその体制が続いていくことになるのだった。
次話は来週月曜日7時頃投稿予定です。




