第29話 南蛮船がやってきた(2)
元亀2年(1571年)3月 上総国天羽郡 長浜湊
こんにちは、里見梅王丸こと酒井政明です。今日は、佐貫城から南に6kmほど行ったところにある上総湊に、南蛮船を見に来たよ。
それにしても、馬が走ると、こんなに尻に来るとは思わなかったよ! 普通に乗る人は鐙に足を置いて、腰を浮かせてるからそんなに気にならないかもしれないけど、如何せん俺は鐙に足が届かない。振動がダイレクトで尻に来るって苦行を味わうことになった。距離が短かったのがせめてもの救いだよ。
ガレオン船見たさに、義弘さんの馬に乗っちゃった俺が悪いんだけどさ!
ただ、俺の知る限り、この時期の南関東に、南蛮船来航はなかったはずなんだけど……。
もしかして、バタフライ効果かな? 記録に残ってないだけかもしれないけど、もはや史実どおりに事は動かない可能性があるってことは考慮に入れといた方が良いかもね。
港が近くなってくると、ガレオン船は既に海陸双方から里見の軍勢に囲まれているのがわかった。
目を凝らすと、外国人の船員と、港役人と思しき侍とが何か交渉をしているように見える。けど、船員が時々、天を仰ぎながら手を挙げてるところを見ると、意思の疎通は上手くいってないみたいだ。
仕方ないよね。こっちには、通訳なんていないんだからさ。
でも、日本を目的にした貿易船だったら、通訳ぐらい乗せてそうなもんだよな。相手にも通訳がいないって事は、日本が目的地じゃないのか!?
うーん、日本を目的とせず、太平洋を航行する船ねぇ。
……待てよ! 今は西暦1571年だった! 確か1565年からフィリピン=アカプルコの定期航路が開かれてたはず。と、すると、あの船はスペイン船かもしれない。
よくよく見ると、あのガレオン船、マストが折れてる。と、いうことは、多分、嵐に遭って、漂流してきたんだろう。
だとすれば、相手の求めているものは、2つ。まず、修理用の木材と、おそらく生鮮食料品だろうな。
でも、意思の疎通もできない今のままじゃ、話は伝わらない。ちょっとしたいざこざから、戦争になることもある。面倒くさいことにならないうちに、ちょっと助け船を出してやりますか!
俺は、後ろの義弘さんに声をかけた。
「父上」
「どうした? 梅王丸」
「はい、あの大きな船。帆も艪も無いようですが、どのようにして進むのでしょうか?」
「うん? 確かにな。……梅王丸、見てみよ! 船の中程に、折れた柱のようなものがあろう。おそらくは、帆柱を伐ったのじゃ!」
「なぜ帆柱を伐るのですか?」
「うむ、大風の時は船が転覆しないように帆を下ろすのじゃが、ひどい嵐になると、それだけでは足りず、転覆を防ぐため帆柱を伐らねばならぬそうじゃ。おおかた、あの船も、嵐に遭い、ここまで流されてきたのであろう」
「なるほど、流石は父上! では、あの船の者は、帆柱になる木を求めているのでしょうか?」
「……恐らくそうであろうな」
「それから、『流されてきた』ということは、食べ物は足りているのでしょうか?」
「梅王丸! 良いところに気付いた!」
「真田与十! 街の者どもに、水と食い物と材木を準備させよ!」
「はッ!」
「我らは取り急ぎ、戸崎玄蕃頭に合流する! 取り囲む軍兵を増やし、相手の戦う気を削ぐのじゃ!!」
「「「「はッ!!!」」」」
義弘さんの号令とともに、部隊は速度を上げ、港に向かって走り始めた。
もうこうなると、俺に出来ることは何もない。俺は鞍にしがみつき、馬が揺れるに身を任せていた。舌を噛まないように歯を食いしばりながら。
港に着くと、船員は船に逃げこんだ後だった。
ま、当然だよな。完全武装の騎馬武者が百騎以上、砂煙を上げてやってくるんだ。これで逃げないとしたら、よっぽど肝が据わったヤツか、よっぽどの馬鹿だ。
どっちにしても対処が難しいから、交渉相手が普通のヤツだって分かったことをまずは喜ぶことにしよう。
で、肝心の船はといえば、周囲の和船と比べると、でっかいことは間違いないんだけど、平成の世を生きていた俺からしてみれば、「こんなもんか」ってレベルだった。
それに、帆柱がないのとかは見えてたけど、舷側が壊れてたり、穴が開いてたりとだいぶ痛々しく感じる。
それでも、砲門を見せてたり、マスケット銃を構えた男が甲板からこちらを見下ろしてたりと、警戒を怠っていないのは流石だ。
ここが戦国日本じゃなかったら、多分、上陸して力尽くで奪いにかかってたんだろう。だけど、こっちにも火縄銃を持った兵士が複数いるのを見て凶行に及ばなかったんじゃないかな?
まあ、里見家が、凶悪な(?)スペイン人(※推定)にとって、交渉相手たり得たことは喜ばしいって考えて良いと思う。
さて、港に着いた義弘さんは、早速、交渉を担当した天神山城主の戸崎勝久さんと、海側で包囲をしている造海城主の正木堯盛さんを呼んで、状況を確認してた。
2人の話を総合すると、朝、沖合でガレオン船を見つけたので、関銭を取りにいった。そしたら、舵が利かないようだったんで、北条に奪われてはならじと、曳航してきた。でも、大きすぎて造海の軍港には入れそうもないから、こちらに運んできた。港に着くと、早速、中から乗組員が出てきて、何かしゃべっていたが、お互いに言葉が通じないので途方に暮れていた。(←イマココ) って感じだった。
とりあえず、2人から話を聞いているうちに、荷車で水と食糧が。また、近くの木場からは舟を使って丸太も1本曳かれてきたので、改めて交渉に入ることになった。
運んできた荷物を並べると、港の責任者である戸崎勝久さんだけを残し、俺たちは後ろに下がった。そして、勝久さんは樽のふたを開けると、中の水を飲んで見せた。
すると、しばらくして、船から1人の男が出てくると、勝久さんの前に小ぶりの箱を置いた。勝久さんは箱の中身を中身を1つつまむと、急ぎ足でやってきた。
「殿! 連中、このような宝玉が箱いっぱいに詰まっておりました!!」
「なんと! これは美しい!」
2人が感動しているので、俺ものぞき込んでみた。確かに綺麗だし、『玉』に違いない。でも、それガラス玉だよ?
どんな財宝を対価として寄越したのかと思って期待したらビー玉かよ!
アメリカで原住民から土地を取り上げる常套手段だな。こんなんで支払いをされちゃ今後も食い物にされるのが目に見えてる。だから、こう言っておいた。
「おお! 玻璃玉ですね! 明ではこれを使って皿や壺を作るそうですね。あの箱の玻璃玉を用いて皿作りを行えば、きっと銀10枚ぐらいの値は付きましょう!」
聞いた2人の表情は能面のようだったよ。ま、騙されるよりはね!
もちろん、すぐに勝久さんが箱を突き返して、最初の交渉は決裂になった。ただし、箱を返すときに、「金で払え!」って意味を込めて、永楽銭と銀を見せておいたから、すぐに買い取り交渉はまとまった。どうやらアカプルコ→セブ(フィリピン)航路の途中に遭難したらしく、銀がしこたま詰んであったのが幸いしたみたいだ。
『金持ち喧嘩せず』って言うけど、こういうのを見てるとホントだなって思う。だって、勝って得るものより負けて失うものの方が絶対多いし、金で解決できるなら楽だもん。俺も早く金持ちになりたいよ!




