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第289話 参内と報告

慶長2年(1597年)10月 武蔵国 豊島郡としまぐん 千代田城 本丸清涼殿



 目の前では陛下が、俺の差し出した奉書を食い入るように読み進めてる。その脇では一緒に参内した宮内大臣の三条公広(さんじょうきんひろ)侯爵が、落ち着かない様子で陛下の様子を見守ってるよ。




 皆さんこんにちは、酒井政明こと里見義信です。

 昨日、閣議で決まった内容を陛下に報告するため、参内してるんだ。


 ちなみに、今日は御前に御簾は下がってないよ。何でって、御簾には身分の高い人と庶民を分けるって働きがあるんだけど、普通の朝議の場と違って今日は身分の低い人は同席してないから下げとく必要が無いんだ。だって、三条さんは侯爵だし、俺に至っては“王”だもん。



 あ、“侯爵”とか聞き慣れない言葉が出てきたんで、「ん!?」って思った人がいるんじゃないかな? 相国(俺の)権限で『五爵の制』を制定したんだよ。だって、陛下から「好きにして良い」って御墨付きをもらってたからね。


 公家(貴族)では、摂関家を公爵、清華家・大臣家を侯爵に。武家では、概ね50万石以上を公爵、30万石以上を侯爵に。って具合で爵位を定めたの。


 今までも従三位とか、正五位下とかいう位階はあったし、公家くげには名家とか羽林家って家格もあったんだけど、外部の者には分かりづらかったんだよね。それに、位階や官職と実務担当者とが完全に不一致になってる現状を何とかしたかったってのもある。


 これで、武家と公家の二重権力を解消して、一元的な態勢が作れたと思う。ホントは『国民皆平等』まで持って行ければ良かったんだけど……。流石にそれは早すぎるよね。



 ちなみに、今回の『五爵の制』の制定に合わせて、公家の持ってた荘園は全部没収したんだ。でも、大きな反発は出なかったかな? 何せ爵位に応じて貴族年金(不労所得)が出るようにしてあるんでね。ま、そもそも、陛下の不興を買った状態なんで『反発できなかった』って話もあるんだけど(笑)



 武家? こっちは元々封建的な領地を持ってるんで、年金は出してないよ?


 確かに、あと10年ぐらいで、日本本土(内地)の封建領地は無くなるよ? 里見領(うちの領地)を含めてね。でも、全員、外地に広大な代替地を与えてるんだ。そこからの収入があれば、十分にりは出来るはず。


 どうしても遣り繰りが出来なくなったり、内地が恋しくなったりした場合、領地を国に返納することで貴族年金をもらうこともできるようにしてある。至れり尽くせりだろ?


 でも、今のところ、まだそれ(●●)を選んだ大名家は無いんだ。


 なんでって、領地を返納する際は、ほとんどの家臣も一緒に“返納”する必要があるんでね。年金だって無限じゃない。年金におんぶにだっこじゃあ、今いる全ての家臣を養うことなんて出来ないんだ。


 厳しい?


 何を言ってるの! 封建領主は上位者から土地の総責任者として、軍事権、徴税権、開発権なんかを与えられた存在なわけ。統治の責任を放棄したら家臣も役割が無くなるじゃん? そのままにしといたら、ただの穀潰しになっちゃう。取り上げるのは自然でしょ?


 一応、『伯爵家には当主が指名できる男爵位を2つ』みたいに、高級貴族には家臣や一族に対する褒賞エサも撒いておいたんで、後は工夫して遣り繰りしてもらいたいね。



 え? 先祖伝来の土地を取り上げられて反発するヤツはいなかったのか、って?


 それは大丈夫。内地は全て国家の所領になるわけだけど、律令時代みたいに『国から土地を借りてる』ってわけじゃない。普通に財産の私有は認められてる。だから、先祖伝来の土地を買い取ったり、城を維持したりするのは自由なんだ。


 今までと違うのは、封建時代は無税だった土地に税金がかかるってとこ。だから、金さえあれば、郡単位、国単位の土地を保有することも理論上は可能なの。でも、流石にそんなの無駄でしかないじゃん? だから、既に外地に転封になった大名家も、ほとんどが屋敷と墓所を維持するぐらいで留めてる。それどころか潔く完全に引っ越しちゃった強者もいるぐらいだよ。


 多分、今現在、鋭意『切り取り次第』を継続中の諸侯も、同じような感じになるんじゃないかな?


 里見家うちも、拝領した千代田城(江戸城)内の屋敷は残さなきゃだけど、それ以外はほとんど返納しちゃう予定で計画を進めてる。産業の地盤沈下防ぐために、久留里城と上総湊の植物園、安房小湊の研究所ぐらいは維持するかもしれないけどね。



 ちなみに、爵位は軍人と官僚にも与えてるよ。そうしないと、陛下との面会や参内とかの際に面倒くさいことになるからね。


 でも、彼らの爵位は公家及び大名家のそれとは、ちょっとした違いがあるんだ。


 軍人や官僚は、公家や封建領主と違って家臣を抱えてるわけじゃない。だから、伯爵以上の高級貴族に叙爵されても付属爵位は付いてこないの。でも、一番大きいのは『一代(ごと)に一階級降爵してく』ってところだろうね。


 なぜって? 高級官僚になるたびに叙爵してたら、貴族が際限なく増えちゃうじゃん!


 一代限りにすれば良い? 身分が定着してたんならそれでも良かったかもしれないけどさ……。大名の中には、20年前ぐらいまでは下っ端の兵士とかだったヤツもいるわけよ。逆に官僚や軍人たちの中には、没落大名家の元当主とかもいるわけ。『どんなに頑張っても一代限り』じゃあモチベーションも上がらないし、不満も溜まるじゃん? 降爵はするにしても、「子供がアホでも孫が頑張れば!」って希望エサがぶら下げられてれば、「頑張ろう!」って気になるし、子供の教育にも力が入るだろ?


 ちなみに、将官や大臣になると伯爵位が与えられて、その地位を一定期間務めて引退すると、侯爵位が与えられる。みたいな仕組みになってるんだ。この辺りは法律にも明記しといたよ。だから、知る気になれば誰でも知ることができるし、恣意的な叙爵はしづらいようにしてあるんだ。


 と、こんなことを考えるうちに陛下が奉書を読み終わったみたい。じゃ、またあとでね!





 奉書から目を離し、こちらを向かれた陛下は、真剣な顔で俺に問う。 




義信(相国)よ。色々と聞きたいことはあるが、まず、根本的なところを問わねばなるまい。一体これは何のための法なのじゃ?」


「はっ! 陛下と皇統を末永くお守りするとともに、本朝に暮らす全ての良民を守るための大本となる法にございます」


「後半を読めば『良民を守る』というのは分かった。しかし、なぜ、朕を守ることになるのだ?」


「はっ! 幸い本朝ではいまだ例がございませぬが、唐国からくにでは古代より『易姓革命』と称する皇統のすげ替えが頻繁に起こっておりまする。この法により陛下の御立場を万民に知らしめすことで、革命を防ぐ効果がございます」


「しかし、おぬしも言うておるとおり、革命は本朝では前例が無いことぞ? それほど気にする必要があるのか?」



「確かに前例はございませぬ。しかし、史書をひもとけば、蘇我入鹿や足利義満など、皇統の乗っ取りを企図したと疑われる件がございます。また、壬申の乱や南北朝の騒乱など、皇室内の継承争いで長期の混乱を生じた例もございました。


 この法によって陛下のお立場が明らかになれば、慮外者に付け入る隙を与えず、皇室内にも余計な波風を立てずに済みまする。


 また、統治の責任は相国以下(我ら)臣下が負うことを明記いたしました。ですから、天変地異や外寇に遭うても、それは統治を任された我らの不徳。万が一の際は我らが責任を取れ(腹を切れ)ば、皇室をお守りできるという次第」


「なるほど。臣下に全てを負わせるはどうかとは思うが、その志は朕も嬉しく思う。しかし、そのような法の存在は今まで聞いたことがないのだが……」


「確かに、臣も唐国(明国)などの先例では聞いたことがございませぬ。しかし、本朝では推古天皇陛下の12年、聖徳太子様が『十七条の憲法』を起草なさいました。また、南蛮のイギリス国には『大憲章』と申す法があると聞いております」


「なるほど! イギリスとやらはともかく『十七条の憲法』か! ……しかし、義信よ、この法は17条どころでは済まぬ条数があるではないか。そは如何いかなることぞ?」


「畏れながら申し上げます。聖徳太子様のころとは異なり、日本(本朝)唐国(明国)と並び立つほどに成長いたしました。また、仏僧も千年前とは振る舞いが異なりましょう。韓非子の五蠹ごと篇第四十九『守株』の条にもあります通り、新たな世には新たな法が必要であると愚考いたしました次第」


「それもそうか……。では、次じゃ。皇統のことは色々と書いてあるのだが、相国家のことはどこにも書いていないように見えるのだが、朕の見落としか?」


「見落としではございませぬ。臣、義信、さかのぼれば貞純親王さだずみしんのう様に至るとは言え、数代前はただの地下人にございます。現在は相国などという地位を賜っておりが、それをもって子々孫々まで特別扱いされるは、誠に畏れ多いことにございます」


「うむむ、相変わらず欲が無いのぉ。 では、この議会というものはなんじゃ?」


「はっ! 臣民の代表を選び、国の行く末について議論を交わす場にございます…………………………」


・・・・・・・・

・・・・・・・

・・・・・・

・・・・・

・・・・

・・・

・・



 結局、陛下に説明をし終えたのは夕方だったよ。まあ、仕方ない。なにせ、この時代では馴染みのない思想とか用語とかが、そこかしこに散りばめられてるんでね。



 え? 結果はどうだったんだ、って?


 もちろん御理解いただいたさ! 長い時間を費やして俺自身の口で説明にきた甲斐があったってもんだよ。


 しかも、このレク、陛下がちんぷんかんぷん状態で、「では、そういたせ!」って丸投げされたわけじゃない。陛下の御質問に一つ一つお答えし、疑問に思われるところを全て潰した上で御納得いただいたんだ。仮に、反対派とかの讒言があったとしても、そうそうひっくり返されることは無いんじゃないかな?



 さ、陛下の許可もいただけたし、憲法発布しますかね。


 名前?


『大日本国憲法』だよ!








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こちらは前作です。義重さんの奮闘をご覧になりたい方に↓ ※史実エンドなのでスカッとはしません。
ナンソウサトミハッケンデン
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新体制で将官が何階級あるか分からないけど、1番下の将官と大臣が爵位同格扱いなのはいずれ問題になりそう... しかも将として功績立てる前にいきなり伯爵は今の軍の規模からすると大臣並の伯爵がかなり増えてし…
産業革命を経て一足先に植民大国 うーんイギリス
義満は後円融天皇が悪いから無罪
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