第287話 相国・里見義信
慶長2年(1597年)8月 武蔵国 豊島郡 千代田城 紫宸殿
「総王 源義信 御前へ」
「はっ」
俺を御簾の前に呼び出すと、陛下の近侍を務める右大弁 中御門資胤さんが、群臣に向かって詔書を読み上げる。
「総王 源義信を新たに相国に任じ、再び大権を付与するものといたす。 御名、御璽」
そして、詔書が開陳されるのに合わせて、御簾の中からも声がかかった。
「大樹……。いや、相国よ。此度の国の混乱を正せる者は其方しかおらぬ。任せたぞ」
「臣、義信、甚だ非才なれど、大命を頂きましたからには、懸命の覚悟で取り組む所存にございます」
「うむ! その心意気や良し! 任せたからには朕はつべこべ言わぬ。前例やしきたりに縛られる必要はないゆえ、其方の思うがままに統治を進めるがよい」
「はっ!」
皆さんこんにちは、酒井政明こと里見義信です。
お聞きのとおり、俺、新たに設置された相国として、改めて国政の運営を任されることになったんだ。
結局、政権が里見家に戻ったのは、あれからたったの6か月後。いくら何でも1年ぐらいは保つかと思ってたんだけど……。公家の皆さん、期待以上の活躍ぶり(笑)だったよ。
前に法令違反で貴族の高官が次々に検挙されてる話はしたけど、実は公家たちの失態はそれだけじゃなかったんだ。
中央が混乱すると地方へ指令が届かなくなるじゃん? まだ大名が統治してる地域は良いんだけど、残念ながら(?)既に朝廷直轄領が16か国ぐらい存在してたんだよね。
今年分の予算は事前に組んであったから、『通常通り』で済ませられた国は良かったんだけど……。問題は災害とか不測の事態が起こった国なんだ。
トップが次から次へと入れ替わったんで、全く話が進まない。ってのはまだマシな方で、中には、都から離れたのをいいことに、公然と賄賂を求めるヤツや、復興特別予算を中抜きしようとする輩まで現れた。
前に「予算を私利私欲のために使おうとする輩は出てない」って言ったけど、完全に俺の想像の上(?)を行かれたよ。まさか復興費に手を付けようとするなんてね……。
でも、平和な時代が続いてたならまだしも、戦国が終わって10年ちょいの今、そんな舐めくさったマネをしたらどうなると思う?
当然の如く、同時多発的に大規模な一揆が起こったんだ。最終的には、鎮圧兼原因解決のため、兵部省で国軍を派遣して何とかしたよ。あー面倒くさかった!
中央も地方も酷い状況にしちゃって、しかも解決の見通しすら立てられない公家政権。結局、最後は痺れを切らした陛下が、『再び源義信が政権を担うべし』って綸旨を出してきた。と、こんなわけ。
え? 反対はなかったのか、って?
結構あったみたいだよ?
俺は直接目にしてはいないんだけど、公家たちが雁首揃えて参内して、陛下に変心を迫ったって聞いてる。
結果? 正式な詔勅が出てる時、誰からも反対の声が上がってないんだから分かるよね? 参内して意見した公家どもは、陛下の不興を買って流罪か謹慎に処されたよ。
ちなみに、そいつらに向かって、陛下はこう言ったんだって。
「半年前、義信は其方らを見込んで政権を戻したのだぞ? それで何が起きた? 賄賂と職権濫用のみではないか! 政を司る者が自ら法に反して、国が治まるか! 去ね!!」
ってね。
なぜか陛下のその御発言は、速やかに日本各地に伝わって、結果として全国がお祭り騒ぎになったらしいよ。一揆なんかも即座に解散したって聞いてる。
でも、これ、半年前に戻っただけなんだけどね。連中がどれだけダメダメだったのか良く分かるでしょ?
正直に言っちゃうね。俺の当初の目論見としては、『公家に統治をさせてみて、己の無能さを理解させる。又は、その能力すら無いヤツは、無能を理由に更迭する。そして、円満に、政権を取り戻す』って予定だったんだ。けど……。
無能に加えて強欲な連中があんなに多いとはね。お陰で、政権を取り戻せただけじゃなく、しばらくはメッチャ統治がやりやすくなりそうだよ。ラッキー!
国民からNOを突き付けられた上に、陛下の信頼まで失ったんだ。公家たちもしばらくは「政権を返せ!」なんて世迷い言は言わなくなるでしょ。ってか、仮に言う連中が出てきても、周囲から袋叩きに遭うのは確実だろうね。
まあ、あんまり叩きすぎると、変な恨みを買うことにもなりかねないんで、今回瑕疵があった連中も含め、公家衆には、名誉職的な地位と、それなりの生活ができるだけの俸禄は与えることを予定してる。
当然、和歌の冷泉家とか、天文の土御門家とか、祭祀の白川家みたいな専門職的な立場の人は、実務担当の1人として働いてもらうつもりだよ。
ただし、そんな人たちも、役職名は変わると思う。だって、俺が名実ともに政府の総責任者になったんだもん。関白とか太政大臣とか、今までの朝廷の官職は一度全部デリートして、新たな省庁を備えた新たな政府を作るんだ。
人が足りるのか、って?
ははは、そのための『奉行職』だよ。これまでの10年、幕府の『○○奉行』が、国全体の実務を担ってたんだ。だから、この奉行を、そのまま中央省庁の長官もしくは次官にスライドさせちゃえば、全然問題ないでしょ?
さ、大掃除も済んだことだし、新たな政府の出発だよ。




