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第286話 大政奉還。してみた結果

ちょっと長くなってしまいました。

慶長2年(1597年)2月 武蔵国 豊島郡としまぐん 江戸城 改め 千代田城 吹上曲輪


 皆さんこんにちは、29歳になった酒井政明こと里見義信です。

 今いる場所を見てもらえば分かると思うけど、先日、本丸から引っ越しました。


 何でって……。去年の年末に改元とともに奠都もしたわけだけど、そうすると、皇居(陛下の宮殿)朝堂(執務の場)が必要となってくるじゃん? 新たに作っても良かったんだけど、それだと時間がかかるし、奠都で陛下がいらしたのに一等地には将軍()が住んでるんじゃあ格好も付かない。だから、俺の屋敷とか幕府で使ってた政庁とかがあった、本丸から西の丸(城の主要部)を提供したの。


 そんな理由で、俺は、道灌堀の西にあたる吹上曲輪と、北の丸を改築して引っ越したと。


 ちなみに、大奥を含めた住居は北の丸に移転して、ここ吹上が将軍府(仕事場)だよ。


 いっそのこと将軍府は市ヶ谷にしちゃうのも面白いかとも思ったんだけどね。あんまり離れた場所に置くと、変に勘ぐられそうだったし、いちいち通うのも面倒なんで、吹上(城内)で止めといた(笑)



 ちなみに、この体制になってまだ2か月だけど、本来の仕事は随分と減ったよ。何せ、国全体に関わる仕事は軍事と司法警察関連以外、全部公家衆に返還しちゃったんでね。特に行政面は自分の所領の管理だけになったから、仕事が捗ること捗ること!


 老中連も担当者以外は所領に戻してやったから、今頃羽を伸ばしてるんじゃないかな?



 え? 良いことずくめなのか、って?


 そんなわけないじゃん! 確かに、本来の仕事(●●●●●)は随分と減ったよ? でもさ、余計な仕事(●●●●●)が山のように入ってくるんだよ!


 例えば、昨日なんか、源氏の氏長者うじのちょうじゃをやってる久我こが敦通あつみちさんが、従兄弟の足k……。




「上様、近衛前久(准三宮)様がお見えです。何かお話ししたき事案があるとかで……」


「分かった。近衛様ともあろうお方が先触れも無しにいらっしゃるとは……。もしや、内密にせねばならぬ用事かもしれぬ。西の茶室にお通しせよ」


「はっ!」




 ほら! こんな風にだよ! なまじっか相手の身分が高いもんだから無下にも扱えないんで、ホント困るよ。


 まあ、これも“産みの苦しみ”だと思って、頑張るしかないんだけどね。











 吹上曲輪 茶室


 近衛前久さんを招いた俺は、千利休師匠直伝の技を駆使して茶を点てた。


 あ、思い出した。師匠は普通に元気だよ。先に秀吉が死んじゃったからね。奠都と一緒に東京こっちに越してきたんで、今はすぐ近くの神田に住んでるんだ。


 俺がこんなことを考えているとは知らない前久さん。茶碗を手に取ると手慣れた手つきで一服し、茶碗を置いた。そして「ほぉ」っと溜息を吐く。




「流石は義信殿(大樹)。結構なお点前でおじゃるの」



「お粗末様でございます。


 ……ところで近衛前久(准三宮)様、御自ら将軍府こちらにお越しとは珍しい。もしや、鷹狩りですかな?


 それならば下総の草深原そうふけがはらが、ちょうどよい頃合いでございましょう。早速予定を確認いたしま…………」



「いや、義信殿、それはそれで非常に心躍るのじゃが、今日訪ねたのは他でもおじゃらぬ。恥ずかしながら、愚息の信輔のことで、ちと相談があってのぉ」




 あえて見当違いの方向へ話を持っていこうとする俺だったけど、その言葉は前久さんに遮られる。


 公家特有の回りくどい言い回しで、はぐらかす余裕も無いなんて、こりゃあ相当参ってるわ。前久さん()をこんなに悩ませるなんて、信輔さん、一体何をやらかしたのかね?


 俺は、内心こんなことを考えつつも、至極真面目な表情を作って尋ねた。




信輔(前関白)様に、何か、ございましたか?」


「『何か』などと……。信義殿も人が悪い。分かっておるのであろう? ほれ、角倉すみのくらの件よ」


「……角倉? もしやまいないを受けたのでございますか? そうですか! 信輔(前関白)様も引っかかりましたか! いや~、あれは面倒でござってな。私も歳暮の中に金100枚が入っておることに気付かず受け取ってしまい、大損をしたことがございます」


「……信義殿、大損(●●)とは如何いかなることじゃ?」


「はい。確かこの辺に……」




 俺は戸棚に手を伸ばすと、中から一冊の分厚い本を取り出す。そして、ペラペラとページをめくると、前久さんに見せてやった。




「この通り、刑法198条に、『贈収賄をした者は、それぞれまいないとして動いた金の3倍の金額を3か月以内に国庫に納めるか、10年以下の労役をもってその罪を償うものとする』とございます。


 普段は気を付けておったのですが、征夷大将軍ともなれば面会者も増えまする。そんな中、一昨年の暮れに近習が中身も改めずに歳暮として受け取った菓子折の中に金子きんすが入っておりまして……。


 後日、刑部省より『金100枚は礼の範囲を超えておる』との指摘を受け、入っていた金に加えて国庫に罰金を納入した次第。


 いくら将軍とはいえ、金300枚は大金、妻らをなだめるのには大層苦心いたしました!」



「……義信殿、つかぬ事を問うが、刑部省に言うて手心を加えさせなかったのでおじゃるか?」



「前久様。確かに、法や行政監察を司る刑部省や弾正台は武家の領分でございます。しかし、兵権を司る兵部省と違い、私が直接監督しておるわけではございませぬ。


 それでも担当老中の佐竹義重や千葉良胤は話が通じるのですが、佐官以下の実務者には頭の硬い者が多うございます。特に刑部少輔の石田三成や弾正大弼の早川清次は、まったく融通が利きませぬ。


 私が『手心を加えよ』などと言うても聞き入れませぬし、そのようなことを口にしようものなら、『上様、その儀は刑法第193条の職権濫用罪に抵触する恐れがございます』などと追及してくるに相違ございませぬ。


 ま、武家の頭領である私に対しても手心を加えぬのは公平公正の極み。そのような者であればこそ、安心して法制や行政監察の仕事を任せられるというものでございます」



「さ、左様か」



「はい! ところで、信輔様は如何ほど御入り用なので? 不肖ながらこの義信、金の千や2千なら、今、この場でもお貸しすることが出来ますぞ? 先の件で懲りましたからな! 


 して、如何いかほど御用立ていたしましょう?」



「……………………10万両でおじゃる」


「じゅ、10万両!? そ、それは『不足額が』という意味でございますよね?」


「…………いや、貰うた額が10万両でおじゃる」


「で、で、では、合計40万両必要ということではございませんか!! 献じられた10万両はそのまま充てるとして、残り30万両ですか……。私個人の財布では如何ともし難いですが、里見家としてなら何とか御用立てすることも出来るやもしれませぬ。まだ、現状の現金資産を確認しておりませぬゆえ、確約は出来ませぬが」


「この通りでおじゃる。何とか信輔を助けてたもれ!」


「頭をお上げくだされ。近衛前久(准三宮)様にそこまでしていただいて、何もできぬでは武士の名折れでござる。私で出来ることであれば、何とか力添えいたしましょう。30万両は家宝を売ってでも捻出して見せますゆえ、御安心召され」


「おお! 有り難きかな!」



「ただ、昔でしたら、『差し上げまする』と言うことができたのですが、現在の法では高位の方への献金や、低利での融資は全て“まいない”の扱いになってしまいます。


 ですから、この30万両は、貸借の形を取らねばなりませぬ。信輔様もこれ以上罰金を増やすのは本意ではございますまい?


 そして貸借となりますと金利が発生いたします。金利は最低でも年利1割と定められておりますれば、30万両をお貸しいたしますと、利子だけで年3万両かかってしまいまする。申し上げにくいことではございますが、このことは先に御了承くださいませ」



「おお、おお、近衛家の当主が収監されることに比べれば、その程度の利子など大した問題ではない! 信義殿、恩に着るぞ!!」




 てな遣り取りの後、近衛前久さんは帰ってった。それにしても帰る時の表情の明るいこと。借金の利息だけでも、多分、今の近衛家の年間所得並みにあると思うんだけど、本当に大丈夫かね? それに、毎年3万両払っただけじゃ、元本は一切減らないんだけど、ちゃんと気付いてる? ま、こっちとしては狙い通りなんで、何も言わないけどね!



 さて、

 大政奉還をして2か月ちょい。こんな感じで、今は連日のようにトラブルが舞い込んできてるんだ。


 一番大きいのは、今回の近衛家のケースみたいな収賄案件だね。あの性悪公家ども、権力を握ったのを良いことに、面白いように賄賂を求めるんだよ。


 当然、そんなの対策済みで、さっきも言ったように、贈収賄は『動いた金額に加え、3倍の金額を国庫に納めるか、金額に応じて強制労働をする』って、法律にも明記しといたの。


 それに、「大政奉還をした」とは言っても、兵権と司法権は手放してないんで、法に反する行いをすると、貴族だろうが何だろうが、忖度無しに罰せられるんだ。


 だから、罪を軽くして貰おうとして、みんな陳情に来るんだけど……。俺自身が『うっかり破って(●●●●●●●)罰を受けた(●●●●●)』って設定にしてあるんで、ほとんどの連中は、何も言えずに帰ってくんだ。


 だから、「今年は国庫が潤って仕方がない」って、大蔵少輔(税務次官)の長束正家が喜んでたよ。


 あ、官僚は、幕府の制度をそのままスライドさせてるよ。だって、予備知識ゼロの状態から、いきなり丸投げされたら、仮にどんなに高い能力があったとしても何もできないじゃん? まあ、貴族が無能で仕事が出来ないなら、馘首くびにすればいいだけなんだけどさ。その間、行政が停滞して困るのは下々の者(民衆)だからね。


 そんなわけで、ここ10年で官僚制度は、かなりしっかりと調えてあるよ。政治家が武家から公家に替わったところで、びくともしないぐらいにはね。



 さて、賄賂が罪だってなると、下劣なヤツは次に何を考えるか? 職権の濫用だね。


 実際、自分の親族を高級官僚に押し込もうとしたり、自分の言うことを聞かない官僚を勝手に罷免しようとしたり、とかは、たくさん起こってるよ。


 当然、これも法律違反なんで、処罰の対象になるんだけど……。


 でも、残念ながら、こっちは罰金じゃ済まないんだな。なにせ、陛下が「人事を私するとは何事か!」って酷くご立腹でね。お陰で、今出川いまでがわ晴季はるすえとか、万里小路までのこうじ充房あつふさみたいに、かなりの高官なのに追放されちゃった人もいるぐらい。


 ちなみに、よくいる『予算を私利私欲のために使おうとする輩』は、まだ出てないんだ。これについては、大政奉還前、既に今年度の予算編成を終えてたって要素が大きいと思う。使い途が決まってる物を、横取りしようとする輩は流石にいなかったよ。


 ……ちょっと残念(笑)



 え? 思い通りにならないんなら、法律をいじくろうとするんじゃないか、って?


 そっちも対策済みだよ。『法律は老中会議(●●●●)の決を受けて施行する』って法律を作っといたんで、老中でない公家連中に変えることは出来ないの。


 悪どい? 事前に法律書(六法全書)は渡しといたんだよ。それなのに、ろくに読み込まないから、こんなことになるの。美味しいところを吸い取って、自分たちだけ贅沢な暮らしをしようたって、そうは問屋が卸さないよ。政治に関わるからには、それなりの覚悟を持ってもらわないとね!








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こちらは前作です。義重さんの奮闘をご覧になりたい方に↓ ※史実エンドなのでスカッとはしません。
ナンソウサトミハッケンデン
― 新着の感想 ―
なるほど、事前に法律を整備して現代の政治家みたいに「秘書がやったことで自分は関与していない」なんて言い逃れを許さないところは、なかなかの策士ですねw 五摂家の近衛家が30万両もの借金を返済できずに破綻…
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