第285話 慶長元年
文禄5年(1596年)12月 武蔵国 豊島郡 江戸城
居並ぶ群臣の前で新関白 鷹司信房さんが詔書を読み上げる。
「…………よって本日より、元号を慶長と改める。とともに、ここ江戸を東京と改め、新たな京といたす!」
皆さんこんにちは、酒井政明こと里見義信です。
遂にこの日がやってきました。史実より2か月遅い改元、そして、272年早い東京奠都の瞬間だよ。
え? 狙ってたな、って?
当然! 世界に勢力範囲を広げた今、日本の中心が2箇所に分かれてるのは何かとよろしくないんでね。
これが、1日で往復可能な江戸と土浦ぐらいだったらまだ許容範囲だったけど、流石に関東と関西じゃあ離れすぎだよ。
史実で幕末に起こった開国勅許の話みたいに、意志決定に何か月もかかることになりかねないし、それ以前に、今回の地震みたいに、“いざ”って言う時に、満足に対応できない可能性が高いんだ。
だから、今回の伏見地震で朝廷のお偉いさん方に地震への恐怖を刷り込んだ上で、「安全な関東へ!」って持ってったわけだ。
実際には関東の方が巨大地震のリスクは倍以上高いんだけど、そんなの俺が言わなきゃ誰も分からないでしょ?
計画としては、かなり前から錬りに錬ってたよ。京都近辺では一番被害の大きかった伏見に離宮を造って献上したのもその一環だし。
それから、これは内緒なんだけど、御所が火事で焼けちゃったのも、予定の範疇だったりする。
え? 史実では燃えてなかったんじゃないかって?
いや~、風魔衆がよく働いてくれたよ。
で、それはともかくとして、
地震の被害に遭って意気消沈する陛下のもとに颯爽と現れる俺。
帰る場所がなくなって暗澹とする公卿たちに、避難場所を提供する俺。
時々訪れる余震に悩む陛下の御心を寺社への参拝を通じて安んじる俺。ついでに蒸気機関へのアレルギーも消しちゃった俺。一石二鳥!
改元を勧めて陛下の心証を良くする俺。
前例を引きながら、過去に何度も遷都してることを明らかにして、遷都アレルギーを解消しつつ、「今回は都を移すんじゃなくて、京都を残したまま新たに都を定める『奠都』だから」って、みんなを納得させちゃった俺。
八割方『東海道線』を開通させて、スムーズに移動できる態勢を整えてた俺。
江戸城を防衛拠点じゃなく、政治拠点として整備してて、かつ御所や朝廷を受け入れるスペースもあらかじめ造っておいた俺。
こうやって思い返すと、我ながらよく頑張ったと思うね。
え? 奠都しなきゃダメだったのか、って?
正直なところ、陛下が「奠都しない!」って頑なな態度を取られるようだったら、政庁を大坂に移すことも視野に入れてたんだ。次善の策でね。大坂と京都だったら現時点でも1日あれば往復できるような場所だし、大坂も世界に勢力範囲を広げた日本の拠点として相応しい町の一つだからね。
じゃあ、なんで江戸にこだわったのか?
それは、これからの日本の姿を考えた、ってのが、一番大きいかな?
例えば、大坂は日本の物流の大動脈である瀬戸内海の奥座敷だ。その上、淀川水系と大和川水系って、近畿地方の水上交通の大動脈が交わる場所でもある。こっちで手を加えなくとも、勝手に発展していく条件は揃ってるんだ。
ところが江戸は違う。確かに、港としての機能もそれなりに高いし、利根川水系の水運があるんで、関東の玄関口になる要素はある。だけど、日本の中心だった畿内とは違って、はっきり言って関東は後進地域だ。こっちで手を加えてやらなかったら、大きな発展は望めない。関東が発展しなかったら、さらに奥の東北や北海道なんかは話にもならないだろ?
しかも、現代なら太平洋の向こうに世界最大の先進国であるアメリカを抱えてるから、関東は距離的な優位性が存在するけど、この時代の最先進地域は明国だ。当然ながら放っておいたら不利にしかならない。
地域格差が大きくなると、民衆の不満が高まって国内が不穏になる。だから、軍事も経済も好調な今のうちに、東日本の開発を進めときたかったの。
幸い、俺が幼少期から進めてた農業チートや医療啓発なんかのお陰で、関東では東部を中心に人口が爆増してる。軍制改革のせいで、死傷者(※味方のw)が激減したのも大きい。
こんな感じで、開発にかかる人手は十二分に揃ってるし、動力工作機械も安定して使えるようになってきた。だから、今回の奠都を足がかりに、東日本の開発を進めて、一気に東西の格差を埋めるんだ。
で、真の意味での“天下統一”を成し遂げるのが、俺の次の目標なんだよ。
そのために、今のうちにもう一つ布石を打っておく予定なんだ。おっと、そろそろ、呼ばれるんじゃないかな?
「………………以上でおじゃる。なお、ここで総王殿より、申し出があるとのこと。義信殿、御前へ」
「はっ!」
新元号 慶長の由来やら、東京奠都と今後の京都の扱いやらについて、陛下の大御心なんかを説明してた鷹司信房さん。だいたいの説明が終わったところで俺に話を振ってきた。予定通りにね。
俺は、御簾の前へ進み出ると、深く平伏し、こう言ったんだ。
「陛下の大御心のお陰をもちまして、全国70州、全て平らかになり、唐天竺はおろか南蛮に至るまで、陛下のしろしめすところとなりましたこと、大政を預かる者として斯様な慶びはございませぬ。
しかしながら、此度の大地震などの天災を受け、我が徳の少なさを恥じるばかりにございます。
徳少なきは天下人の器に非ず。よって、臣総王こと源義信は、武士の本分に立ち返り、受領職、兵部職及び刑部職に励むこととし、お預かりしていた政権を、朝廷に奉還いたしまする」
一座から、どよめきと歓声が上がる。チラッと横目に見れば、公卿の中には感極まって涙をこぼしてるヤツもいるぐらいだ。諸侯は不安そうな顔をしたヤツもいるけど、老中連とかは平然としてるんで、落ち着きを取り戻したみたい。まあ、御簾の中の陛下は渋い表情をしてるんだけどね。
さあ、計画の次の段階へ向けて、頑張っていきますかね。




