第274話 ヴァリニャーノへの詰問
天正18年(1590年)3月 武蔵国 豊島郡 江戸城
皆さんこんにちは、酒井政明こと里見義信です。
天正遣欧少年使節団の帰国の挨拶を受けてたとこなんだけど、残念ながら今回の会談はそれがメインじゃないんだよね。さて、メインイベント。気合いを入れ直していきますか!
俺は顔を引き締めると、ヴァリニャーノに問うた。
「さて、ヴァリニャーノよ。澳門総督よりの親書、確かに確認した。その上で問う。親書には『今後、決して永代奴隷を許可しない』とあるがそれは真か?」
『はい! 澳門行政長官にも念を押しております。私が神に誓ってそのようなことはさせませぬ!』
「分かった。では、教会領の長崎にて我が国の良民が牛馬の如く扱われていることへの弁明は如何?」
『それは、前の準管区長コエリョの怠慢でございました。既に私の方で触れを出し、扱いは改めておりまする。が、彼の者を任じた立場の私としては、己の不明を恥じるばかりでございます。どのような罰でも覚悟いたしております』
「なるほど、では、他宗への不寛容。これはいかがか?」
『これに関しては申し開きのしようもないところもございます。が、古来より宗教間での争いはよくあること。日本においても天文年間に天台宗と日蓮宗の争いがあったと聞いております。我らイエズス会といたしましては、武力や強制による改宗は決して行わず、上様や天皇陛下の御意向を尊重することを誓いまする』
「それは、誰に誓うのか?」
『上様に』
「なるほど? では、教皇が『そのようなことは認められぬ』と言ってきたらどうするのだ?」
『きょ、教皇猊下を説得いたします』
「なるほどな、ま、お主らが善良であるのは分かった。全員がそうであれば良いのだがな……」
と言って、いきなり俺は矛先を変える。
「時に、伊東マンショよ。お主はローマへの道中、国外で日本人の奴隷を見なかったか?」
「はい、幾人も見かけ、非常に心苦しき気持ちに相成りました」
「では、千々石ミゲルよ。白人の奴隷は見かけたか?」
「……いえ、黒人や明人、日本人の奴隷は何人も見ましたが、白人は見かけることがございませんでした」
「同じヒトでも、奴隷になる種族とならぬ種族がいる。これをどう思う?」
「……なんとなく、理不尽な気がしてまいりました」
苦悶の表情を浮かべ始めた少年(?)使節たち。俺は再び視線をヴァリニャーノに向ける。
「ヴァリニャーノよ、彼らの今の表情が一つの答えだ。
お主が、高潔な精神を持っておることは良く分かった。しかし、大多数の者はそうではあるまい。
例えばポルトガル王だったセバスティアン1世陛下は、20年近く前に日本人の人身売買禁止の勅許を出していたと聞くし、それ以前にもエチオピア、日本、明からの奴隷の売買を禁止する法律があったらしいではないか。
で、その法は守られていたか? また、守らぬ者が罰せられていたか?」
「……………………」
「ヌエバ・エスパーニャやペルーの副王領でのイスパニア人の振る舞いはどうだ?
確かにラス・カサスやバスコ・デ・キローガのような善人もいた。しかし、フランシスコ・ピサロやヌーニョ・デ・グスマンのような、悪逆非道なコンキスタドールが現れれば、善人の働きは一朝のうちに消えてしまうであろう。
それに、神学者のうちにもセプルベダのように、劣等で野蛮な異教徒の先住民から土地・自由・財産を奪うことを正当化した者がいたのではないか?
先日のコエリョの天皇陛下への不敬、お主らは、『個人の暴走』としたいようだが、このように“暴走する個人”が多い実例を見れば、とても信用することは出来ぬ。
それに、ほれ、『サラゴサ条約』とやらで、我が国はポルトガル領になっておるらしいな。既に植民地化が決定されている現状では、いつ無体を働かれるか分かった物ではあるまい。
我が国に許可なく領地分割をしおったイスパニアとポルトガルには、『ちと痛い目を見てもらわぬとならぬのでは?』と、予は考えておる。
ああ、両国の無体を助長したローマ教皇の責任も小さくないぞ? 詫びを入れれば許してやらぬでもないが、回答次第ではオスマン=トルコへの援助も視野に入れているからな。予がどこに引っかかっておるのか、よく考えてから回答することを勧める」
『先ほどは布教と信者の居住を許すと……』
「うむ、イエズス会の会員がその教義を布教しても良いし、信者が日本で暮らすのも構わぬ。
ただし、これまでの各地での振る舞いを見れば、残念ながら、『他宗派よりキリスト教徒は信用できぬ』と言わざるを得ぬ」
『……………………』
「お主は、いつ敵に回るか分からぬ輩を他の良民と同列に扱うことは出来るか? 残念ながら予には出来かねん。
ゆえに、教会領は全て没収。また、洗礼を受けたカソリック信徒には、老若男女問わず人頭税をかけることといたす。
なぁに、“敬虔な信徒”であれば、その程度の苦難は修行にもならぬであろうし、正しい教えであるならば、そのような制限はものともせずに、信者を増やし続けることであろうよ。
あ、ちなみに、異端審問などどいう非人道的な振る舞いを平気で行う、ドミニコ会のような輩は『淫祠邪教』として厳しく取り締まるからな?」
顔を真っ青にしたヴァリニャーノ。彼は絞り出すように声を発した。
『………………上様は、最初から戦争をするつもりだったのですかな?』
「それは違うぞ? 最初はサラゴサ条約の破棄と国体保持の保証ぐらいで矛を収めるつもりだったぞ。そこにコエリョの暴走が入ったことで、許容する条件が上がったのだ。
考えてもみよ。『主君を磔にしろ』と言われたのだぞ? その場を堪えた予を誉めてほしいぐらいだ。本来はあそこで戦端を開いても良かったのだが、責任者に弁明もさせずに襲うのも卑怯かと思うてな。
ま、其方らも戦の準備は進めているであろう。総督らには5月31日以降を楽しみにしていると伝えよ。ああ、戦わずに降るなら許してつかわす。予は優しいからの」
『し、失礼する!!』
慌てて席を立ったヴァリニャーノ。慌てて少年(?)使節たちも後を追う。さて、戦争の始まりだね。
おっと、忘れてた! 俺は足早に去っていくヴァリニャーノ一行の背後から声を掛けたんだ。
「おーい、奴隷代の領収書を忘れるでないぞ?」




