第273話 天正遣欧少年使節団
天正18年(1590年)3月 武蔵国 豊島郡 江戸城
「イエズス会 東インド管区 巡察師 アレッサンドロ・ヴァリニャーノ、並びに、遣欧使節団の者ども、面を上げよ」
「「「はっ!」」」
皆さんこんにちは、酒井政明こと里見義信です。
御覧のとおり、今日は、イエズス会のヴァリニャーノ巡察使と遣欧使節団の正使2人が面会を求めてきたんで、対応してるとこ。
まあ、史実よりも早い時期に訪ねてきたってことは、『挨拶よりも弁明目的だろうな~』とは思ってたけど、案の定だったよ。
ちゃんと、マカオ総督ドミンゴス・モンテイロの親書も付いてたし。
え? その親書、どんな内容なのか、って?
うん、要約するとね、
『コエリョが無礼を働いてゴメン! でも、アレはアイツの個人的な考えで、国としては関知してないことなんだ。細かい話は、イエズス会の上役を送るからそいつから聞いてね。
あと、不届き者がいっぱいいたらしいけど、それも気付かなくてゴメン! マカオにいるヤツは総督府で罰しとくし、日本や明で捕まえた奴は、自由にしていいよ。
それから、日本人奴隷は、日本人の商人が売りに来たから買ったんだけど、人道的じゃないよね。とりあえず見つけたヤツは買い戻して帰国させるよ。これで勘弁してね!』
と、こんな感じ。
とりあえず相手からボールを投げ返されたんで、幕府としても真摯に回答してやらなきゃならない。
俺は使節団に向き合うと、改めて口を開いた。
「ヴァリニャーノ巡察使。まずは、使節団の無事の帰国について礼を言う」
「もったいなきおことばで、ごぜます」
「うむ。そして、使節団の4名も御苦労であった! 予と変わらぬ若さでありながら、8年もの長きにわたって異国を巡り、見聞を広めたことは、古今希に見る偉業である。まずは褒美を取らす」
俺が、パンパンと手をはたくと、扉から、盆に載せた漆器の箱を持った小姓が現れた。俺はその箱を受け取ると、ヴァリニャーノから順に、1人1人手づから渡していく。
みんなに箱が行き渡ったところで、俺は箱を開けてみるように促す。そして、箱を開けた彼らは、一斉に息を呑んだ。
ふふふ、サプライズ成功だね! 俺は固まっている彼らに声を掛ける。
「持ち運べる時計で『懐中時計』と名付けた。我が国では大名や公家などしか出回っておらぬ。ヨーロッパでは見慣れたものかも知れぬがな」
はーい。こんなこと言いましたが、実は俺、懐中時計がヨーロッパでまだ発明されてないことは知ってるんだよね~。
え? 自慢したいから作ったのか、って?
んなわけ無いじゃん! どうしても持ち運びが利く正確な時計が必要だったんで、研究所で開発させてたの。そしたらかなり小型化出来ちゃったんで、「じゃあ!」って製品化してみたんだ。
ま、これ「我が国はヨーロッパよりも技術的に上を行ってますよ」って、一種のデモンストレーションではあるんだけどね。さ、遠慮は要らないよ。どんどん畏敬の念を抱いてくれたまえ!
と、俺がこんな腹黒いことを考えてると、感極まったのか、使節団正使の伊東マンショが声を上げた。
「このような素晴らしき物は、ローマでもマドリードでも見ませんでした! そうですよね、ヴァリニャーノ様!」
『クロノメーターをポケットに入れて持ち歩くなど!』「……しつれいしました。ちとあわてまして、ごぜます」
「ならば良かった。其方らの旅にはそれだけの価値がある。是非とも、今回の派遣で得た知見を、今後、国や民草のために生かしてほしい」
「「「「有り難き幸せ!」」」」
「ありがとう、ごぜます!」
少年(?)使節たちは感動のあまり、目に涙を浮かべてる。これで終われば綺麗に済んだんだけどねぇ。
俺は、頭を下げるヴァリニャーノに、再び声を掛ける。
「さて、ヴァリニャーノよ。加えて、奴隷として売られていた良民の帰国について礼を言うぞ。
この件に関しては、当方の言葉が足りず済まなんだな。奴隷売買については売った者もいるわけであるから、買い手側を強請る気は全く無い。
買い戻しにかかった金額については、全額を幕府で負担するゆえ、領収書を沿えて請求するよう澳門の総督に申し伝えよ」
きっと、俺がもっとごねてくるかと思ってたんだろうね。ヴァリニャーノはさっきの“懐中時計”で緩んだ顔を、さらに緩めて礼を言う。
「ありがたきしあわせに、ごぜます!」
「ああ、ただし、船賃は出さぬから、その分は請求するでないぞ? 年季奉公として雇ったのなら、雇った者が責任をもって郷里に返すか、郷里までの路銀を与えるのが当然であるからな」
「はい、たしかに、それがどうりでごぜます。行政長官 ドミンゴス・モンテイロに、しかとつてえまする」
「うむ! 殊勝な心がけである。その心掛けに免じて先に伝えておく。今後も其方らイエズス会には、日本国内への布教を許す。また、キリスト教徒が国内で暮らすことも認めるので、そう心得よ」
「あ、ありがとうごぜます!」
「礼には及ばぬ。そもそも我が国は、1千年以上の昔から、国外の優れた教えを取り入れてきたという実績があるのだ。予も布教に否やはない。それが淫祠邪教の類いであるなら別だがな」
「デウスのおしえは、けして、そのようなことはありませぬ!」
「分かった分かった。その辺りはこれから詳しく話を聞くゆえ興奮するでない。
それからヴァリニャーノよ。其方が我らに敬意を払ってくれておるのは分かったゆえ、一番馴染みのある言葉で話すが良い。慣れぬ言葉で辿々しく話されるよりも、慣れた言葉で話してもらった方が、予には中身が伝わりやすいのだ」
『なるほど、確かに先ほどより上様はナポリ語でお話しくださっております。礼には礼をもって応じようと、日本語で話してみましたが……』
「ははは、予には何語でも伝わるからな。ナポリ語だろうがトスーカナ語だろうが、ポルトガル語だろうが問題はないのだ」
ここまでずっと和気藹々とした雰囲気を醸し出してやったんで、ヴァリニャーノも随分と緩んできてる。でも、本番はここからなんだけどね。




