第270話 天正18年幕閣会議
天正18年(1590年)1月 武蔵国 豊島郡 江戸城
「里見義信様の御臨席を賜り、今年最初の閣議を開催できること、老中首座として……………………」
皆さんこんにちは、酒井政明こと里見義信です。
さっき今年最初の幕閣の首脳会議が始まったとこなんだ。
俺の挨拶は終わって、今は今期の老中首座 土岐頼春が話し始めたとこだよ。
年の最初ってこともあって、9人の老中と18人の奉行全員が出席してるんで、頼春も随分気合いが入ってる。
あ、ちなみに現在の老中はこの9人ね。
土岐頼春(筑前福崎53万石)
多賀高明(出羽酒田15万石)
武田豊信(甲斐甲府32万石)
佐竹義重(因幡鳥取31万石)
千葉良胤(出羽横手20万石)
蜂屋頼隆(河内八尾24万石)
蒲生氏郷(近江長浜28万石)
毛利輝元(安芸郡山71万石)
長宗我部元親(土佐浦戸20万石)
ここで「老中首座は正木頼忠じゃなかったっけ?」とか「島津義久も池田恒興もいないんですけど!?」とか思った人。良いとこを突いてきたね!
実は、里見幕府の老中なんだけど、1年ごとの交代制で3年周期になるようにしてあるんだ。ちなみに島津義久と池田恒興は、去年、老中を務めてたし、来年の首座は、また正木頼忠が務める予定だよ。
何でそんなまだるっこしいことをしてるのか、って?
コレ、理由は大きく2つあるんだ。
1つ目は、あんまり長いこと領地から離して国政のみに関わらせとくのは、大名連中にとって負担が大きすぎるから。2つ目は、一部の大名に権力が集中するのを防ぐためだよ。
だから、老中に選ばれた9人の大名たちは、参勤交代で全員が江戸に集まるタイミングで前任者と引き継ぎをし、その1年は年間を通して江戸に詰めて政務に当たる。で、冬になって後任が参勤交代でやってきたら、引き継ぎをして交代する感じ。
え? そんなことをしてたら、政策が『朝令暮改』になるんじゃないか、って?
それは大丈夫。だって、実務を司るのは奉行衆だもん。
奉行衆は基本的に俸禄制なんで、領地経営のこととか何も考えずに継続して業務に当たれるんでね。
奉行衆が暴走する?
いやだなぁ! そのために老中がいるんじゃん!
それだけじゃなく『御史奉行』って行政監察の担当も設けてるんで、不正とか謀反とかはそんなに心配しなくても大丈夫だと思うよ? 御史方の奉行は早川小源太だし!
てなことを考えてたとき、税務奉行の長束正家の口からこんな言葉が飛びだしてきた。
「……………………報告にありましたとおり、昨年は未曽有の豊作にて、年貢も安定して納められておりまする。また、明国が安定するに従って交易も増加傾向にありまする。お陰で税収は鰻登りにござる」
「おお! それならば、勘定方も安心じゃ! さて、どのように使う?」
「その収入で新たに軍船を!」
「いや! 鉄道の敷設が先にござる!!」
「その前に開墾であろう!」
「お待ちくだされ! 最後まで話をお聞きくだされ!!」
「未曽有の豊作」「税収は鰻登り」ってパワーワードに、予算の分捕り合いを始めた高官たち。だけど、長束正家の一喝に、一斉に口をつぐんだ。
偉い! 流石は正家! 経済のことが分かってる! いや~、没落した羽柴家から拾っといて良かったよ。
ただ、正家の意図だけど、この言い方だと分かんないヤツも多いと思う。だから、ちょっと俺の方でもフォローしてやらないとね。
「長束正家よ。もしや其方の策は『交易の税収を使って米を買い支える』ことか?」
「流石は上様! 仰る通りで、このまま皆が米を売りに出せば、たちまちに値崩れを起こします。米が値崩れを起こさば、収入の多くを米に頼る全国の大名も困窮することは必定。ならば、増えた税収で余った米を買い支えるべきかと存じまする」
「うむ! その言や良し!」
「……上様、1つ、よろしいでしょうか?」
ここで老中席から声が上がる。口を開いたのは、里見義堯さんの代からの重臣 多賀高明だ。
多分、顔色を見てると、他にも疑問に思ってるヤツはいるはずなんだ。でも、首座の土岐頼春だと体面に関わるし、毛利輝元みたいな外様だと場合によっちゃあ角が立つ。やっぱりこういう阿吽の呼吸は譜代に限るね。
俺は密かにこんなことを考えながら、素知らぬ体で問い返す。
「如何した? 多賀高明、遠慮無う言うてみよ」
「はっ。『豊作』ともなれば、買い支える量も膨大な量にならざるを得ませぬ。元手があるのは理解しましたが、その大量に購入した米はいかがいたしますので?」
「国外で足りぬ場所があれば売るのもよいし、まだ収入の少ない開拓民たちに与えてもよい。また、すぐに売ろうと思わず備蓄しておいてもよい。次の収穫前の夏ごろにもなれば値も戻っておろう。
そもそも、必ずしも採算面を気にする必要はないのだ。数年前の天正地震のこともある。『有事のために備蓄を増やす』これも立派な政策ぞ?」
「なるほど! この高明、上様の御慧眼には畏れ入りましてございます」
「分かれば良いのだ。他に質問があるものはおるか? ……おらぬようだな。無いなら、正家、そのようにいたせ」
「はっ!」
この後も色々と報告が続いたけど、技術開発も、絹織物や磁器の生産も、内地のインフラ整備も、北海道や台湾の開拓も順調に進展してるって話だったよ。
中でも特に進展が目覚ましかったのは三韓地域の領国化かな?
俺としては、早くて5年、遅ければ10年以上かかるのを見込んでたんだよ。だけど、すごいペースで日本語話者が増えてて、早ければ来年にも封土として扱えそうな勢いなんだって!
学校+日本語優遇政策+両班の解体 このへんの諸々が相乗効果を生んでるんだろうけど、まさに嬉しい誤算だよ。……こりゃあ次の一手も早めなきゃいけなくなるかもしれない。いざって時に慌てないように、色々と想定しとかないとね。
……あーあ、国内政策は、しっかり腰を据えて取り組みたかったんだけどな。
他に気になったことは、海軍奉行から上がってきた『海賊対策』の件だね。ここらで根本的に対処したいとこではあるんだ。でも、そのためにはちょっとピースが足りないんだよね。
ただ、このまま手をこまねいてても事態はあんまり変わらない。『豊作で食糧が満ち足りてる』って点を好材料として、動いてみるのもアリかも。
去年は特に何事も無く過ごせたけど、その反動(?)で今年は忙しくなるかもね。
ちなみに、里見幕府では、税務方:収入担当、勘定方:支出担当で職務を分けてあります。
なお、税務奉行:長束正家、勘定奉行:増田長盛 です。羽柴家を潰した際に俸禄制で召し抱えました。




