第27話 3歳になりました ※地図あり
ちょっと迷ったのですが、3歳になったので、会話を漢字仮名交じり文にしてあります。
また、後書きに、1,571年ごろの勢力図を載せました
元亀2年(1571年)3月 上総国天羽郡 佐貫城
こんにちは、里見梅王丸こと酒井政明です。先日やっと満3歳になりました。
やっと、安定して言葉を発することが出来るようになってきたよ。
口が回らないって辛いね。伝えたいことがうまく伝わらないことがあるし、しゃべってるだけで必要以上に疲れるし……。
もらった『翻訳機能』があるだろ?
ああ、翻訳機能ね。実は、前々から働いてはいるみたいなんだ。けど、どうやらこの機能、相手には、俺が話しているのにふさわしい言葉で伝わる仕様らしい。この説明わかりにくいな……。ぶっちゃけると、どう頑張って話したとしても、俺の話は他の人には『赤ちゃん言葉』で聞こえてたみたいなんだ。
でも、いきなり、赤ん坊が候文で語り出したら、『鬼子』扱いされて、最悪遺棄されちゃったかも。そう考えれば、この仕様は親切設計かもしれないね。
今でもリアルで幼児だから、他にももどかしいことはたくさんあるけど、言葉の問題が落ち着いてきたのは、だいぶ助かるよ。
いや~、話は変わるけど、それにしても去年は里見家にとって激動の1年だったよ。特に7月以降は大変だった。7月に土岐家と和睦しただろ、で、次の日には山辺郡と武射郡を制圧して、上総を平定した。さらに余勢を駆って、下総に侵攻し、1週間で香取郡と匝瑳郡を制圧した。そこからはちょっと時間がかかったけど、8月には最後まで頑張っていた橘荘の森山城(※現香取市)が陥ちて、海上郡の諸将も全て降伏した。
俺自身もかなり頑張ったと思うよ。当時敵対中だった土岐為頼さんの居城に乗り込んで、和睦交渉をまとめてきたのが一番だけど。それ以前に義継さんや義堯さんの説得もしたし! 義弘さん? 義弘さんは、何でも言うことを聞いてくれるから、頑張らなくても大丈夫だったよ(笑)
それにしても、共犯になってもらった義継さんは優秀だね。アイディアとして『中国大返し擬』作戦を伝えておいたんだけど、あんなに華麗に決めるんだから! タイミング的に運が良かった面があることは否定しないけど、下々に悟られないようにしながら、綿密に準備をして、誰もしたことがないような作戦を成功に導いたんだぜ!
前世の記憶から、政治家としては一流だと思ってたけど、軍政家としても一流だったとはね!
義継さん自身は、『梅王丸のアイディアをパクっただけだから』って思いがあるみたいで、誉められても複雑な顔をしてる。でも、アイディアがあっても実行できるかは、その人の能力が関わってくるだろ? だから、俺としては、もっと誇って良いと思うんだよね。
そして、義継さんが手柄を立ててるから、梅王丸が生まれたことで流動化しかかっていた、里見家の家督継承の流れが、また安定してきたのは大きい。誰が跡継ぎかはっきりしない状態だと、間違いなく家中は動揺するし、外敵からつけ込まれることになるからな。
ただ、梅王丸の継承の目がなくなるようだと、梅王丸大好きマンの義弘さんたちが騒ぎ出しそうなもんだ。けど、義継さんは、すごっく梅王丸を立ててくれてる。それに俺も義継さんを慕ってるアピールをしてる。だから、今のところ義弘さんたちも、『一足飛びで俺に継承権を渡そう』なんていう運動は始めてない。
そもそも『義堯→義弘→義継→梅王丸』って流れの方が、お互いの年齢を考えれば順当だし、なんなら史実同様、義康が継いだって良い。俺としては、みんな幸せで天寿を全うできれば十分なんだ。
何はともあれ、人間関係が安定しているのは、暗殺とか気にしなくて済むから良いね!
こんなことを考えていると、近習の勝又宗右衛門が、血相を変えて、俺の部屋に飛び込んできた。
「わ、わ、わ、若! 一大事でござる!」
「何だ? 宗右衛門。騒々しい。白昼堂々幽霊でも出たか?」
「そのような化け物ではございません! 船でございます!」
「北条の水軍か!? 押し寄せたか!」
「違います! 見たこともない形の大きな船が現れたのでございます!」
「なんだと!! どのような船だ?」
「たくさん帆が付いた背の高い船で……! わ、若!? お待ちくだされ!」
俺は、宗右衛門の話を最後まで聞かず、わらじを突っかけると、そのまま表に走り出た。
これは南蛮船が来航したに違いない! いつかは外洋航海船を作ってやろうと思っていたが、こんなにも早く、その現物に触れる機会が訪れるとは! ツいてるぜ、俺!
そして、屋敷の門から飛び出し、海へ向かう下り坂を、全速力で200mほど走って……。
倒れた。
……3歳だもんな。海岸まで4キロもあるのに、浮かれすぎだろ、俺。
「若! どこに来たかも聞かずに門から飛び出すとは。興奮しすぎですぞ!」
「宗右衛門だって、慌てていたではないか!」
「一里半離れた櫓から、はっきりと見えるような大船が来れば、それは慌てます!」
「だいたい、若はどこへ向かうつもりだったのですか?」
「そりゃあ、佐貫の港……! あっ!」
「若。やっと気付きましたな。佐貫の港は、城から1里弱しか離れておりません。来たのは南の長浜湊でござる。そもそも佐貫の港に、そんな大船は着けませんしな!」
くっ! 宗右衛門のくせにドヤ顔で語るとは! 腹が立つ!!
……でも、言われてみればもっともだ。佐貫城下にも港はあるけど、小舟が着ける程度のものなんだ。現代だって小さな漁港しかない。それに比べて、南に6kmほど行ったところにある長浜湊は、現代でも上総湊港として地方港湾に指定されてるほどだ。その名のとおりの『湊川』って川の河口に開けた港で、それなりに水深もある。大船がどっちを目指すかといったら、間違いなく長浜湊だろうね。
佐貫の港までなら、今の俺でもギリギリ行けるかもしれないけど、流石に長浜湊はアウトだろうな。あーあ、自分の目でガレオン船の実物見たかったな。
そう思っていると、城門から軍勢がわき出してきた。先頭に立つのは……。
義弘さんだ! これはツいてる! 一緒に連れて行ってもらおう!
「どけ! どけ! 道を空けよ! 里見義弘の出陣じゃ!」
俺は、大声で喚きながら馬を走らせる父を呼び止めた。
「ちちうえー!」
「おお、梅王丸ではないか! いかがした? このような道端で遊んでおっては、馬に跳ね飛ばされてしまうぞ!」
「父上は、そんなに急いでどちらに行かれるのですか?」
「おう! 何やら長浜湊に、いきなり得体の知れない大船が乗り付けたでな、場合によっては退治せねばならんから、今から城の精鋭で駆けつけるところよ!」
「父上! わたくしも行きたいです!!」
「なに! それはならん! 乗っているのは、みな鬼のような大男どもで、言葉も通じぬそうじゃ。梅王丸に何かあったら……」
「父上は、酒呑童子を討ったご先祖、源頼光様に、勝るとも劣らぬ剛勇の将と聞きました。その父上が一緒にいてくだされば、仮に相手が鬼であっても、逃げていくことでしょう。だから、大丈夫です!」
「『源頼光様に勝るとも劣らぬ』とな! 梅王丸、嬉しいことを言ってくれるではないか!
よしわかった! 父のもとを離れるでないぞ」
「はい! 父上!(ちょろいぜ!) よし、宗右衛門、ついてこい!」
「ええ! 『徒歩で』で、ございますか!?」
「そうだが、何か?」
「そんな殺生な!!!」
「さあ、父上、まいりましょう!」
「よし! 改めて出発じゃ! 皆の者、続け!!」
「「「「「「応!!」」」」」」
父の馬に抱え上げられた俺は、約6km先の長浜湊への道を急ぐのであった。
宗右衛門を後に残して。
「酷い! 殿、若、お待ちくだされ~!」




