第263話 降伏の条件
天正15年(1587年)10月 朝鮮王国 京畿道 江華島 高麗宮
皆さんこんにちは、酒井政明こと里見義信です。
今、目の前に、朝鮮王を筆頭に、朝鮮の高官たちが平伏してるとこ。
あ、一応は『降伏』ってことで漢城を出てきたんで、全員縛り上げてはいないよ?
え? 平伏させるのは良いのか、って?
良いも悪いも、こういう時は『平伏させなきゃダメ』なんだよ。
だって、華夷思想に凝り固まった連中は、どれだけ丁重に扱っても、「蛮族にしては、身の程を弁えておるではないか!」って、付け上がるだけだからね? それが嫌なら、最初に「俺の立場はお前より遥かに上なんだぞ!」って威圧してやらないと。さもないと通じる話も通じなくなるんだよ。
コレ、日本人の感覚だと明らかに変なんだけどさ。残念なことに、国外だとなかなか『和を以て貴しとなす』は通用しないんだよね。まあ『郷に入りては郷に従え』っても言うし、仕方ないよね?
え? 本当に『仕方ない』って思ってるのか? それは当然ノーコメントだよ(笑)
さぁて、お待ちかね。これからが譴責の時間だよ。
俺は、全員の顔を上げさせると、先頭に座ってる男に問いかける。
「其方が朝鮮王李昖に相違ないか?」
「……相違ございませぬ」
へぇ、これが朝鮮王ね。儒教に凝り固まった上に、党派対立も抑えられずに国を乱した割には、まともな顔をしてるじゃん。
心の中で、こんなことを考えながら、俺は話を続けた。
「其方らが“倭国”と呼ぶ日本国を統べる総王 源義信である。此度の北京における盟約で、総国は明国の弟の国に、余も皇帝陛下の弟となった」
「……それはおめでとうございまする」
「その席で、皇帝陛下より東海と南海の統括を任された。それゆえ、乱れた治安を正すため軍を発し、ここ漢城に立ち寄ったところである」
と、ここまで聞いたところで、堪らず朝鮮王が声を上げた。
「総王陛下に申し上げます! 我が国がどのように『治安を乱した』と仰るのですか!?」
「なんと! 朝鮮王には分からぬのか?」
俺は、いかにも驚いたような顔をして、朝鮮王に“理由”を話し始める。
「ならば聞かせてつかわそう。
朝鮮国は、新羅の時代、日本が遠慮しているのを良いことに、海賊どもを送り込み、何度も筑紫の境を侵したであろう。
それどころか高麗の時代には、蒙古の手先となって来寇し、筑紫や壱岐・対馬の良民を何人も連れ去ったではないか!
あまつさえ、本朝の臣たる対馬の宗一族を臣下扱いしているとも聞いておる。明国の属国にすぎぬ朝鮮が、皇帝陛下の弟たる余の臣を私するとは、『許しがたい罪』と言わずして何と言うのか!」
「お言葉ではございますが、申し上げます。確かに宗義智は、我が国に臣礼を取っておりました。が、こちらから強制したものではなく、代々宗家の方から行ってきたことでございます。
それに、我が朝鮮国は、大明国より冊封された国でございます。過去の王朝に従っておりました新羅や高麗とは関係がございません。既に滅亡した与り知らぬ国々が行ったことを、今、責められましても、困りまする」
ふふふ、乗ってきた乗ってきた! そうか、こっちのルートに入ってくれましたか!
俺は心の中でガッツポーズを決めながら、殊勝な顔を作って謝罪する。
「なるほど、そうであったか! 余は、てっきり新羅や高麗の後継国が、朝鮮国だと思うておった。その件で責めたのは申し訳ないことであった」
「お分かりいただければよろしいのです」
「うむ。李昖よ、改めて聞くが、朝鮮国は『朝鮮の国』ということで良いのだな?」
「はい。総王陛下の仰る通りにございます」
「分かった! その言や良し。朝鮮王李昖。其方に改めて朝鮮領を安堵するとともに、その正直な物言いを賞し、朝鮮領以外にも領地を与えるものとする」
「あ、有り難き幸せ!」
朝鮮王は、『加増』という俺の思わぬ一言に顔を紅潮させる。
あーあ、こんなに喜んじゃって。
ま、ぬか喜びをさせるような言い回しをした俺も悪いんだけどさ。でも、このルートに突入したのはアンタの言動のせいなんで、恨むなら自分を恨んでよね!
「そ、それで、どちらの領地をいただけるので?」
「うむ、濊貊・沃沮の地を与えん」
「は?」
意味が分からず、目が点になってる朝鮮王。
俺はそんなことはお構いなしに、話を続ける。
「朝鮮の王たる其方に、百済や任那の地まで面倒を見させてしもうて、申し訳なかった。
幸い日本には、百済王家という百済王の直系の子孫がいる。で、あるからして、百済の地はその係累に治めさせるゆえ、安心いたせ。
また、新羅は任那を占領した折、日本に『任那の調』を支払う取り決めとになっておった。大化年間に『任那の調』に変えて王族を人質とする手筈となったが、その後、人質は送られなくなり、かといって『調』も支払われぬ。
約束が果たされていないのであれば、日本が任那を統治するのが道理であろう?
朝鮮国が新羅の後継国であるならば、九百年近い未払い分の利子を付けて取り立てるつもりであったのだが……。残念だが、新羅とは無関係となれば、そういうわけにも行かぬ。
支払われなんだ『調』の不足分は、我らの方で勝手に新羅の故地から取り立ててつかわすゆえ、こちらも不安はなかろう?
なお、その間、新羅領は日本で管理いたすゆえ、そう心得よ。
ああ、支払いが済んだ後であれば、新羅領は褒美に呉れてやっても良いぞ?
ま、其方らに褒美を与えるような働きがなくては渡せぬし、そもそも九百年分の利子も貯まっておる。いつに渡せるようになるかは、皆目見当が付かぬがな!」
「そ、そんな! 無体な……」
「黙れぃ!」
俺がちょっと殺気を送ると、朝鮮王は縮み上がって下を向く。
アンタね、首都を囲まれて、北にも南にも逃げられず、援軍のあてもないんだから、ただただペコペコしてれば良いものを、「新羅や高麗とは関係ない国ですぅ」なんて言い逃れをするから、俺に付け込まれるんだよ? もうちょっと自分の立場ってものをわきまえて発言したら?
あ、ちなみに、『濊貊・沃沮の地』って言うのは、朝鮮半島の北東の海岸、朝鮮八道のうち咸鏡道や江原道あたりのことだよ。
つまり、今回の措置は、”与える”って言いつつ、実際は肥沃な南部を没収しちゃっただけだった、って話。
だって古代の『朝鮮』って、鴨緑江から平壌近辺まで、漢代の楽浪郡に相当する領域だったんだよ?
俺、「朝鮮国は『朝鮮の国』ということで良いんだよね?」って確認したよね?
それを本人が認めた上、過去の王朝との連続性を自分から否定したんだ。古朝鮮領じゃない部分を没収されるのも仕方ないでしょ?
そんなことを思いながら、俺は懐から一通の書付を取り出すと、朝鮮国一行に向かって、見せつけた。
何かって?
『朝鮮王李昖に朝鮮領を安堵し、濊貊・沃沮・三韓の地は総王の管理に任せる』
って、玉璽付きの勅書をね。
頼みの綱の明からも見捨てられてたことが分かって、絶望の表情を浮かべる朝鮮王。
「この裁定は皇帝陛下より許可をいただいておる。文句があるならば、弓矢で競うてもよいぞ? 分かっておるとは思うが、その際、明国の援助は得られぬゆえ、確と心得て返答いたせ」
「……承りましてございます」
あ、そうそう、忘れてた。
最後にもう一つ追い打ちを。
「そうそう、『朝鮮』を国号としておるからには、平壌に都を置くのが良いと思うぞ? ま、都邑のことはお主らに任せるから好きにいたせ。
ただな、ここ漢城は百済の古都であるから、早々に明け渡すように。なあに、我らも鬼ではない。来年の春までは待ってやろう。
それから、今、城に残っておる財物も好きに持ち出して構わぬぞ? しかし、動かせない城の設備を壊したり持ち去ったりした場合は、後ほど弁済させるゆえ、不心得者の出ぬよう、確と管理いたすように」
「…………あ、りがたき、しあわ、せ」
崩れるように平伏した朝鮮王一行。それを横目に、俺は奥の間に下がった。
やー、終わった終わった! これでやっと日本に帰れるよ!!
ただ、朝鮮王の様子を見てると、これからもう一波瀾、ニ波瀾ありそうな気配がする。
ま、それはそれで“美味しく”なりそうなんだけどね!




