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第261話 とある小作農の身の上に起こった出来事(閑話)

 今回は閑話。初期の戦闘でかどわかされた一農民の視点です。




 万暦ばんれき15年(1587年)2月 浙江承宣布政使司 杭州郊外皋城(こうじょう)



 夜、外が明るいから外に出てみたら、南の方に火の手が見えた。あれは杭州の街の方じゃ。これまでも時々杭州の方が明るくなることはあったが、4里も離れたこの村まで火の手が見えるようなことは一度も無かった。これはとんでもない火事じゃわい。


 そうこうしよるうちに、杭州の方から次々に人が逃げてくるではねえか。あんまり村の門を叩く音が五月蠅うるせぇで、今夜の門番をしとった石豊せきほうの野郎が門を開けちまった。そしたら、倭寇の大軍が押し寄せたんだと。


 倭寇なんてせき将軍様(※戚継光せきけいこう)が、みんな討伐したもんだと思うとったが……。


 でも、杭州の街があんな(あった)に燃えとるのは変わらねぇ。こうしちゃおられん。急いで皋亭山(裏山)さ逃げねぇと!!



 すぐに家にけえると、家族を叩き起こして支度をさせた。まあ、支度っつっても、オラはしがねぇ小作人じゃ。食器と農具と食いもんぐれぇしか持ち物はぇで、そったに時間はかからねえ。小半時もすれば準備は済んだ。


 ただ、夜のうちに山に入るのは危ねぇから、「夜が白んできたら、すぐに逃げっど」って嫁さんや子供らには言い聞かせておったんじゃが……。


 何を考えたもんだか、地主で村長むらおさの劉大人どんが「みなで村を守るだ!」って言うではねぇか!


 劉大人は村長、「村長の言うことを疑っちゃなんねぇ」と、おっとうや、おっかあから言い聞かされておったで、逃げるのはやめて、村の守りを固めることにしただ。


 正直に言うと、オラは「正気か?」と思ったんだども、どっちみち、オラたちだけ逃げたとしたら、後々(のちのち)村八分さされて干上がっちまうのは目に見えちょる。(えれ)ぇお方の言うことを聞くしかねぇ。田畑を持たねぇ小作人のつれぇところじゃ。



 オラたちが堀を広げたり、門に土嚢どのうを積んだりしとったら、しばらくして、逃げてくる杭州の連中を追うように、倭人どもが現れた。


 もしかすると、杭州の連中(あいつら)が逃げてこなんだら、倭人どもも来なかったんではねぇべか? だとすっと、ほんに迷惑な連中じゃ!!



 悪態をつきながら、門を閉じて息を潜めとると、突然ドカンと、でっかい音がして、村の門が吹き飛んだ。


 オラは門と一緒に吹っ飛ばされて、そのままひっくり返ッとったで、良く分からんかったが、戦ったもんは、みんな一刀で切り捨てられたそうじゃ。


 それに引き換え、オラは気絶こそしてしもうたが、骨も折れねば、手足も失わず、命も残った。まっこと運が良かったわい。






 そん後は、老若男女、貴賤を問わず倭寇どもの大船に押し込められて、どこぞに運ばれることになった。


 命は残ったが、奴婢ぬひとして売り払われるのか。力のあるオラは兎も角、嫁や3人の子どもらは不憫でならぬ。こんなことなら、劉大人どんに逆らってでも、内緒で家族だけは山に逃がしておくんだったわい。








 2日後、船はどこぞの港に着いた。皋城(こうじょう)村よりあったけぇから、南の方じゃねぇかと思うが、オラには良く分からねぇ。でも、噂では、台湾(小琉球)らしい。


 台湾(小琉球)と言やぁ、とんでもねぇ蛮地じゃ。こんな(こった)ところに連れてこられては、泳いで逃げることもできねぇ。生きるためには、倭人どもの言うことを聞くしか方法はなさそうじゃ。



 船から下ろされると、順番に居住地(すみか)年齢とし職業(しごと)を聞かれ、何やら字の書かれた木札を首から下げるように言われた。


 で、男は15歳以上の男(※数え)は、女・子どもと分けられて、1つの長屋に押し込められた。あいやー、これで嫁や子どもとは今生の別れか……。小作人オラの嫁じゃから、器量も頭も良くはなかったが、別れるとなると寂しいのぉ。何があってもめげるでねぇぞ? 達者で暮らせよ!


 とかかんげぇながら、倭人の言いつけどおり、荒れ地の開墾を始めた。


 で、しばらくして「昼飯だ!」って声がかかったから、「昼飯を食わしてもらえるなんて、村よりも良い暮らしでねぇか?」なんて、軽口を叩き合いながら、飯場さ行ってみた。ほしたら、なんと、昼の飯炊き女の中に普通に嫁さんが働いておるではねぇか!


 聞いたら、女と男衆を一緒にしておくと、必ず、嫁でもねぇ娘っ子を手込め(てごめ)にするような不埒者ふらちもんが出るで、分けた。だと!


 確かに! オラも嫁さんがいなけりゃしてたかもしれん。こりゃ、「ごもっとも!」としか言いようがねぇわ。ただの海賊かと思うとったが、倭寇の連中も色々と考えてるもんじゃ。……こりゃ、舐めてかかったらとんでもねぇことになるぞ。



 それよりビックリしたのは子どもらじゃ。飯炊き女で乳飲み子を抱えとるもんはおったが、一緒に連れて行かれたはずの、田畑に出られるような歳のガキどもの姿は一人も見えん。どうしたのかと思うたら、倭人どもの言葉の読み書きと計算を教えられとるらしい。しかも飯付きで!


 聞いたら、倭国では子どもら全員に読み書きと計算を教えるらしい。しかも、成績でき優秀なら(良ければ)官吏(お役人様)にも成れるっちゅうでねぇか!!


 水吞百姓みずのみびゃくしょうのオラの子が官吏(お役人様)になるかも知れねぇだと? 倭国ってのは、坊主どもの言う『極楽』ちゅうもんでねぇか!?


 こりゃ、ひょっとすっと、本格的にオラの運が開けてきたかも知れねぇど!







 天正15年(1587年)9月 台湾 桃園開拓区 蘆竹村



 明国と倭国が盟約を結んだ、っつう話が流れてきた。まずはめでてぇこった。でも、「村さ戻してくれる」つっても、おらは戻る気はぇし、「戻れ!」って言われたら、「ここさ置いてけろ」って、泣いてお役人様の足にかじりつくがな。


 だってよぉ、子どもは学校で色々教えてもらえるし、飯炊きの嫁さんも働きが良いって小遣いをもらえるんだ。それどころかオラは、手際が良いってんで、褒美で開拓した田圃の一部をもらえた上に、五人組の長(伍長)にもしてもらえた。小作人のオラがだぞ?


 まあ、おらの任された五人組には、福建や広東の連中もいるから、互いになまりが酷くて言葉はあんまり通じねぇ。だから、倭国の言葉を使うことも多いが、何とかやっていけてる。



 ただ、油断は禁物じゃ。劉大人のこともあるからの。


 劉大人は地主じゃから、クワスキろくあつこうたことがなかったんじゃろう。すぐにへばるわ、手際も悪いわで、オラたち小作人の下風に立つことが多くなっていった。


 それが我慢できなかったんじゃろうな。村のもんたちに声をかけて、一揆をおっぱじめようとしたんじゃ。


 じゃが、今の現状に満足しとるオラたちとしては、一揆なんぞ起こしても何の良いこともねぇ。じゃから、みんなで示し合わせて、お役人様に密告して(たれこんで)やったのよ。


 次の日、劉家の一家は、ふん縛られてどこかに引っ立てられていった。噂では、倭国の鉱山か、小琉球の中でも、もっと蛮人の領地に近い山中の開拓地に送られるらしい。いい気味じゃ。


 ……ただ、美人のおめかけさんと、お嬢さんはもったいな……! 痛っ! つねるな! 叩くな! わ、分かったから! 許してくれ~!!





 ……………………とんでもない目にうた。口は災いの元じゃわい。


 そんなわけで、五人組の連中が良からぬことを考えれば、オラも連座で罪に問われてしまうかもしれん。伍長としてしっかり監督していかねばな!









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こちらは前作です。義重さんの奮闘をご覧になりたい方に↓ ※史実エンドなのでスカッとはしません。
ナンソウサトミハッケンデン
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