第260話 北京条約 ※地図あり
本話も清書してるうちにどんどん長くなってしまいました。
※後書きに条約締結後の東アジアの勢力図を載せました。
天正15年(1587年)9月 明国 北直隷 北京順天府 紫禁城
「……………………両国の間には残念なことに行き違いがあった。しかし、皇帝と総王とが肝胆照らして相合たことにより、その行き違いは解消された。よって、ここに両国は盟を結ぶことと決まった」
皆さんこんにちは、大陸侵攻中の酒井政明こと里見義信です。
あれから約半月、今日は紫禁城で、明との条約が結ばれることになってて、今はちょうど条約の前文を日本語で読み上げてるとこだよ。
ちなみに、条約文は双方に分かるように、漢語→日本語の順で1回ずつ読み上げることになってるんだ。ただ、俺は言語チートでどっちの言葉も分かるんで、同じ話を2回聞かされてる。仕方ないこととは言え、流石にちょっと苦痛だね。
これから具体的な条文の読み上げに移るんだけど、長ったらしいから概要を言っとくね。
一、双方の立場
(1)両国は、明国を兄、総国を弟として盟約を結ぶ。
(2)両国は互いに最恵国の待遇を与える。
(3)国使が双方の皇帝及び王に面会する際は、互いに三跪九叩頭を免除する。
二、両国の勢力範囲
(1)中華と西域、漠北は明帝が統治し、南海と東海は総王が統治する。
三、婚姻と養育
(1)総王源義信は、永寧公主(※朱堯媖)を娶り、皇帝の義弟となる。
(2)皇太子と総王妹(※里見楓)は婚約を結ぶ。
(3)総王長男(※里見梅千代丸)と皇帝長女(※朱軒媖)は婚約を結ぶ。
(4)皇太子と総王長男の婚約者は総王の下で養育する。
(5)皇太子は皇帝が許可を与えるまで、総王管理下の地に留まる。
(6)皇太子の生母は皇太子の養育のため、共に総王の下に留まる。
四、皇帝の義務
(1)兄であり先進的な明国は、弟で後進的な総国へ技術指導者を派遣する。
(2)皇帝は海上警備を総王に委託する代償として以下の地を割譲する。
①香港島
②舟山諸島
③海南島
④長山列島
⑤遼東半島のうち普蘭店以南
(3)皇帝は総王に金銀銅以外の全土の鉱山採掘権を与える。
(4)皇帝は総王に全土の鉄道敷設権を与える。
(5)上海鎮に総国軍の駐屯地と総国人街(租界)を設けることを許す。
五、総王の義務
(1)倭国のみならず小琉球など蛮地の海賊も討伐し、明国沿岸の安寧を図る。
(2)総王は明国沿岸各省で海賊を取り締まる。
(3)総王は朝貢国の船舶に対する警備も行う。
(4)総王は許可無く明国の港湾に入港しようとする船舶を取り締まる。
(5)総王は明に罪人の流罪先を提供する。
(6)総王は明国内で開発した土地について、収益の一割を皇帝に納める。
六、両国の義務と権利
(1)明人の海外渡航は総王領に限り認める。ただし、永住は認めない。
(2)総王領の者の明国内の自由通行を認める。ただし、永住は認めない。
(3)皇帝と総王は双方の逃亡者を送還する義務を負う。
賠償も無しなのは手ぬるい、って?
実は万暦帝から「歳幣を払おうか?」って打診があったけど、俺の方で断ったんだよ。
だって、その歳幣は、万暦帝や高官たちの懐から出てるわけじゃなく、民衆から搾り取ってるだけじゃん? 民衆を痛めつけたら反乱リスクが上がるし、購買力も下がるしで、長期的に見たら全く良いとこ無しなんだよね。
それに歳幣って不労所得じゃん? これといった産業も無く不労所得に頼って国家を運営するって絶対不健全だよ。実際、遼や金といった騎馬民族国家が、宋からの歳弊に頼った結果、あっという間に弱体化して、他の異民族に滅ぼされたって事実があるわけだし。
歴史を知ってる俺が同じ轍を踏むわけにはいかない。だから、安易に金品をもらうんじゃなく、商売の種をもらう方向で話をまとめたんだ。
例えば、陶磁器や絹を生産するための技術移転を約束させた。現在は両国の技術には大きな差があるけど、その差が無くなれば、貿易赤字は解消される。それどころか、日本は動力機械を持ってるんで、いずれ大量生産が可能になれば、良い品をより安くで、市場を席巻することだってできるはず。
それから、鉱山開発権と鉄道敷設権を取得できたのもいい。それだけで◎なのに、税が利益のたった1割って凄くない? だって、利益の1割だよ? 収入の1割じゃないよ?
明側としては、「自力で開発した上に税まで払うとはお人好しにもほどがある」とか思ってるかもしれないけど、“利益”ってことは、赤字だったら何年経とうが“無税”ってことだからね?
あと、交渉で『金銀銅を除く』って条件を付けることができたから、明側は「勝った!」って思ってるみたい。だけど、この時代の金銀銅の採掘量は、圧倒的に日本の方が上だ。だから、俺としてはそんな条件、あっても痛くも痒くもないんだよね。逆に日本国内の埋蔵量や品質の面で難がある鉄鉱石や石炭が掘り放題になる方が、よっぽど“美味しい”よ。
でも、一番ボロいのはそこじゃない。今回の条約で一番稼げるのは、第五条と第六条関連なんだ。
これって一見『日本が海上警備を請け負う』『日・明両国民は相手国へ過度の干渉をしない』ぐらいに見えるでしょ?
ところが、これにはデッカい裏があるんだな。
まず、よく見てもらえるとわかるんだけど、明の国民は総王領以外の海外には渡航できないことになってるよね。
明は元々“海禁政策”って、自国民が海外に出ることを規制する方針をとってたんで、当然のように受け入れちゃったんだけど、これって「日本以外との交易は認めない」or「海外と取引したかったら日本に行け!」って話なんだよね。
Q:そんなの守れるか! って密貿易に走るとどうなるの?
A:私交易=海賊行為と見なされて自動的に幕府水軍の取り締まりの対象になります。
Q:自ら海外船が来航したら貿易できるんじゃない?
A:朝貢船や勘合貿易船以外は皇帝の許可がありません。自動的に幕府水軍の取り締まりの対象になります。
つまり、まとめると「明との貿易がしたかったら、必ず日本を通せ!」って話!
相当酷い条件なんだけど、明の高官たちは誰も気付いてないっていう。これも海禁政策の弊害だろうね。ま、海禁政策が始まったのは倭寇のせいなんで、元をたどれば日本人の御先祖様たちに行き着くんだけどさ(笑)
え? こんな悪どいことして大丈夫か、って?
まあ、傍若無人なのは重々承知してる。確実に軋轢は生じるだろうけど、それはそれで対応を考えてあるから、多分大丈夫じゃないかな?
ここまで物理的な利益について触れたけど、今回の条約で得た物はそれだけじゃない。
え? 海賊行為での収入? それもかなり儲かったけど、それとは別の話だよ。
ほら、デッカい爆弾を手に入れたじゃん? 朱常洛って、とんでもないヤツをさ!
実は万暦帝、最愛の鄭貴妃の産んだ朱常洵を溺愛して、皇太子に立てたがった。だけど、「長幼の序に反する」って家臣たちや李太后が猛反対するもんで、仕方なく長男の朱常洛を皇太子にしてたんだ。
この時期は、まだ誰も立太子はしてなかったけど、既に朱常洵を推す万暦帝と、朱常洛を推す家臣たちの暗闘が始まってたみたい。
だから俺が言ってやったわけ。
「予が弟として『太子を人質として出せ』と要求しよう。それに対して、兄上は仕方ない風で、『皇太子 常洛を総王に預ける』と言えば良い。
常洛を皇太子にすれば家臣どもは治まる。
しかし、常洛は異国にいるから徐々に忘れられ、皇帝と共にある常洵の声望は徐々に高まる。
その上で太子を交代すれば、家臣どもも今のように騒がぬのではないか?」
ってね。そしたら大喜びで飛びついてきたよ。その上、
「お主を弟として本当に良かった! 何でも好きな物を申せ! 取らす!!」
とか言い出すんで、逆に困ったぐらい。正直なところ、今は何を貰っても手が足りないんだよね。だから、
「見損なわれては困る! 予は褒美が欲しいわけではない! 兄上の悩みを晴らしとうて言うたのだ!!」
なんて、心にも無いことを言ったら、メッチャ感動してくれたよ。
でも、大喜びしてるところ悪いけど、本当にこれで良いのかねぇ。だって、ついこの間まで戦争してた相手に旗頭を渡しちゃったんだよ? もし日本と明が戦争状態になったら、どうするとか考えなかったのかね。あ、もしかして! 「総王の手で殺してくれれば処分する手間が省ける」とか考えてるのかも……。
俺としては朱常洛殺す気なんて、さらさら無いんだけどね。
あ、ついでに言っとくよ。今回、万暦帝の逆鱗に触れた連中を多数、「流罪」って名目で引き取ったんだ。コイツらは基本的に朱常洛の家臣団にする予定。いざって時に皇太子派に政権担当能力を持たせるためにね。
まあ、万暦帝が友好的で条約を守ってるうちは何もしないつもりだよ。
……ただ、彼、分かってるかな? 人質の対象は『皇太子』だってこと。つまり、大好きな朱常洵が朱常洛と交代して皇太子になったら、人質も交代になるんだけど(笑)
しかも、万暦帝、よっぽど王恭妃が疎ましかったらしく、『皇太子の生母は皇太子の養育のため、共に総王の下に留まる』なんて条件を追加で出してきたの。
俺としては全く構わないんで、そのまま条約に盛り込んじゃったけど、この条件だと、朱常洵を立太子するのと同時に、あんたの愛して止まない鄭貴妃も日本に送られるんだけど(笑)
きっと我慢できないだろうな~(笑)
いつこの爆弾が爆発するのか? それとも誰かが気付いて、万暦帝の生存中は不発に終わるのか? どっちに転んでも良いように、しっかり準備しとかないとね!
そもそも、俺は皇帝の義弟で梅千代丸は義息になるんだ。だから、介入する権利は山ほどあるんだよね~。今回は色々遠慮したけど、次回は心置きなく助けに行けるね!(誰を!?)
さて、こんな感じで対明戦はひと区切り……。
え、まだあるだろ、って?
ははは、やっぱり気付くよね。この条約、“明国”は出てくるけど、“倭国”って名前が一切出てこないんだもん。
当然、“敢えてしたこと”だよ。
俺は今回の大陸侵攻でずっと「倭国(軍)を統べる総王 源義信」って名乗ってた。
これ、日本語に直すと「日本(軍)を統治(統率)する、総王里見義信」なんだけど、漢字で書くと別の意味が生じてくる。
『総』って『全て』って意味があるんで、文字面を見れば『全ての王』って読めるよね。
つまり、明側は俺のことを『倭国王』or『“倭国”から名を変えた“総国”の王』なんだ、っていうふうに早合点してくれたんだ。本来の意味は、『総王』=『千葉県知事』ぐらいでしかないのにね。
『王』って名乗りを求めたのは、『大将軍』だと、他国では統治者として認めてもらえない=話し合いの席に着けない、ってのが一番の理由。
だけど、『武蔵王』でも、『常陸王』でも、なんなら『房総王』でもなく、あえて1文字の『総王』を朝廷にねだったのは、このためだったりする。
明国は兄、総国は弟の兄弟の国である
→明国と千葉県は兄弟の国である(笑)
皇帝と総王は兄弟の間柄である
→皇帝と千葉県知事は兄弟の関係である(笑)
さて、ここまでだとただの笑い話だ。けど、それだけじゃ済まないよね。
誰が俺を『総王』にしたのかって話。
そう、今回の条約によって、総王≦明皇帝<天皇陛下 って序列が出来ちゃうんだな、これが(笑)
この話に関しては、明をペテンに掛けたようなもんだから、必ずどっかで条約改正の議論は起こるはず。でも、「万暦帝も俺も等しく天皇の臣下である」ってのは流石にやらないよ?
面子を潰しすぎて破れかぶれになられると、こっちの被害も甚大になりかねないからね。
だから、これに関しては、あんまり欲張らず、文明国と野蛮人じゃなくて、対等の関係である。って辺りが落としどころかな。
ま、これは、その時の明の出方次第だけどね。
とりあえず、これで明を完全に黙らせられたんで、ようやく次のステップに進めるよ。
本来だったら戦続きで、消耗が気になるとこなんだけど、今回は大量の軍資金も手に入ったし、後顧の憂いも無くなったから、次も全力で暴れられるんじゃないかな?




