第26話 入門。塚原卜伝
元亀元年(1570年)10月 常陸国 鹿島郡 松岡則方宅
こんにちは、里見梅王丸こと酒井政明です。
俺の目の前にいるのは、ななななんと! 剣聖の塚原卜伝さんだよ!
初めて見たよ! 生卜伝!!!
ごめん、ちょっと興奮しちゃったな。でも、歴史上の偉人(全国区)に会うのは初めてなんで、許してね。
おっと、感動してばっかりじゃ話は進まない。まずは挨拶しないとな!
「はじめておめにかかります。さとみさまのかみがちょうし、うめおうまるともうします」
「このような老いぼれに御丁寧に痛み入る。塚原卜伝でござる。里見義弘様からお手紙は頂戴しておりましたが、ご覧のとおり足が萎えてしまいましてな。御要望に添えず申しわけござらん」
「とんでもない! ちちがごむりをもうし、ぎゃくにもうしわけございませぬ」
「いやいや! このような田舎まで足を運んでいただき、心苦しい限りでござる。して、梅王丸殿は弟子入り志願ということでよろしいか?」
「できればそうしたいところではございますが、なにぶんまだ3さいゆえ、こちらにすみこみするわけにもまいりませぬ。ほんじつは、わたくしのかたをごらんいただき、ごじょげんをちょうだいできればと」
「なんと! これでまだ3つとな!? 流石は里見家のご長子……。 わかり申した。では、早速ご披露くだされ」
卜伝さんは、確か83歳。一見すると好々爺といった雰囲気だった。でも、背筋はピンとしてて、少なくてもこの時代の80代には思えない。そして義重さんの知識を総動員しても、全く隙を感じることができなかった。流石は『剣聖』!
でも、俺が満2歳だって知った時は、流石にちょっと動揺してたみたい。ちょっとやり過ぎたかな?
取りあえず、準備を整えた俺は、ちょっと恥ずかしいけど一刀流の型50本を披露する。
最初は微笑ましげに見ていた卜伝さんだけど、すぐに見る目が変わってきた。そして、一太刀振るたびに、「うむむ」とか「これは」とかいう声が漏れ聞こえてくるようになった。
どうやら評価されてるのは分かるけど、良くわからないことをブツブツしゃべられると気になって仕方ない。でも、こんなんで動揺しちゃうのは間違いなく修行不足だね。反省反省!
「いかがでございましょうか?」
「うむ、とても3つの童の動きとは思えませなんだ。ただ、途中なにやら動揺が見られましたな。さらに精進なされよ」
あちゃ~! やっぱり見抜かれてたか! ここは素直にお礼を言っとこう。
「ごしどうたまわり、ありがたくぞんじます。このおことば、まつだいまでのほまれといたします」
「梅王丸殿。ちなみに今の型は、どなたに教えを受けたのじゃな?」
「わたくしがおそわったものは、ありません」
うん、義重さんが教わったんであって、俺が教わったわけじゃないからな。嘘は言ってないぞ。
「なんと! 独学でござったか! これは驚いた! 師がいるのであれば、他流が無闇に型をいじっては礼に反すると思っておりましたが、独学であれば遠慮は要りませんな。
では、2、3気になった点を申し上げよう。まず1つ目じゃが、袈裟からの切り下ろしは、もそっと切っ先を下げた方がよろしかろう」
「こうでございますか?」
「いやいや、もう少しじゃ」
「では、こう?」
「今度は行き過ぎじゃ!」
口で説明してもなかなか上手くいかないことに業を煮やした卜伝さん。近くにあった木刀をつかむ。もしかして、剣聖の太刀筋を生で見られる!? ラッキー!
そんなことを考えている俺を尻目に、卜伝さんは、おもむろに実演を始めた。
「梅王丸殿、よく見ていなされ。こうじゃ」
ああ、そういうことね! 俺は卜伝さんの動きをそっくりコピーして、木刀を振る。
「こうでございますね!」
「おお! その通りじゃ 梅王丸殿は見取りが早いの。ではこれはどうじゃ」
・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・・・
・・・・・・・
・・・・・・
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
約1時間後、流石に俺も肩で息をしていた。俺、満2歳だよ? 幼児用とはいえ1時間半もぶっ続けで木刀を振らせるなんて、このおじいさん何考えてんの!?
そんなことを考える俺に近づいてきた卜伝さんは言う。
「いやはや驚いたわい! わずか半刻で新當流の太刀の型、全て覚えてしまうとは……」
え、これで全部なの!? やった! これで俺も、『塚原卜伝の弟子』を名乗れるんじゃね?
「ここまで覚えられるのでしたら、『一之太刀』もご披露申そう。これは、恐らく今の梅王丸殿では再現はできまいがの、兵庫助、打太刀をやってはくれぬか?」
「師匠、よろしいので?」
「ああ、儂も歳じゃ、最後にこのような神童に伝授が叶うのであれば一向に構わぬ。ああ、申し訳ないが、里見のご家来衆、ここからは秘伝であるによって、しばし御退去を願いたい」
「しかし!!!」
「さこんだゆう(※正木時忠)よいのだ。しばらくさががってよい」
「……はッ!」
『一之太刀』鹿島新當流の奥義だ。まさかこんなところで見られるとは思わなかったよ!
でも、「再現できない」ってどういうことだろう? 俺が見たものを全部コピーできちゃうの、見てたはずなのに……。
そんなことを考えているうちに、家臣たちの退出も済み、塚原卜伝さんと、家主で高弟の松本則方さんによる稽古が始まった。
俺は全てを見逃さないよう、1か所に視点を集中させず、ぼんやりと全体を包むような目付けを心がける。
『一之太刀』は一瞬だった。松本則方さんが動く! と思った瞬間、卜伝さんの木刀が則方さんを捉えてたんだ。
義重さんのナチュラルチート『視力』があったから見取りはできた。でも、確かにこれは、今の俺ではできない。相手の技の起こりはつかめても、それに合わせて体を動かすための筋力も反射神経も身に付いてないんだもん。残念だけど、『見られた』だけでも良しとしなきゃね。
「梅王丸殿、いかがであった」
「しんずいをみせていただきました。まちがいなく、いまのわたくしには、できないげいとうです。まだまだしょうじんせねばなりませぬ」
「うむ、そこまでわかっていらっしゃるのであれば問題なし! 今後、精進を重ね、『一之太刀』ができるようになった暁には、儂に、儂の亡き後であれば、この松本則方や真壁氏幹などの我が高弟に見せるがよろしい。そこで正式に皆伝を差し上げ申そう」
「えんぎでもないことをおっしゃいますな!」
「ははは、儂ももう80過ぎでござる。いつお迎えが来てもおかしくありませぬ」
「ししょう……。かならずや20までには、えとくしてまいります。ですから、ししょうには、100まではげんきでいていただきませんと」
「おお、嬉しいことをおっしゃる! では、一日も早い皆伝取得、楽しみにしておりますぞ!」
この後も修行に励んだんだけど、結局、師匠が存命中に皆伝を取ることは叶わなかった。
(※塚原卜伝:1571年2月11日死去)。
何とか長生きしてほしいと思って、朝鮮人参とかも置いてったんだけど、ここでは歴史は変わらなかった。それにしても、初めての知ってる人の死。しかも自分を認めてくれた人の死は、心にくるものがあるね。
こんな辛い思いを少しでも少なくできるように、もっともっと頑張っていかなきゃ!




