第258話 決着!
天正15年(1587年)8月 明国 北直隷 北京城外六里屯 里見義信本陣
皆さんこんにちは、北京城攻略中の酒井政明こと里見義信です。
一つ『南京攻略』、二つ『天津攻略』、三つ『山海関攻略』、そして、今日の『北京城外壁崩壊』。なかなか良い感じで『心を攻め』てるだろ?
明サイドにとってみれば、人的・物的にとんでもない被害が出てる上に、とうとう紫禁城に手が届くところまで敵に迫られた状態だ。しかも、軍の主力は、幕府軍に抑え込まれてるか、遠く離れた辺境に近い場所にいて、あと数か月は、まとまった数の援軍が現れることは期待できない。
こんな状況なんで、そろそろ明サイドから幕府軍に向けて、何らかのリアクションがあると思うんだ。
え? こんな状況になるまで何のリアクションもなかったのか、って?
あるにはあったよ。「偉大なる皇帝陛下に弓矢を向けるとは不届き至極(※漢語)」とか、「汝を日本国王に任ずる(※漢語)」とか、失笑もののリアクションがさ。
当然、鼻で笑って追い返したよ。でも俺は優しいんで、使者には、ちゃんと手土産までを持たせてやった。で、帰り際に言ってやったの。
「降伏の際は、遠慮無うこの白旗を使うがよいぞ」ってね。
まあ、アホな話を聞かされて、時間を費やすことになった意趣返しだよ。流石に俺だって、相手が簡単に白旗を揚げてくるわけないのはわかってるよ!
なんてことを考えてたら、いきなり、これまで固く閉ざされてた北京の城門が開いたんだ。で、城内から出てきた者を見て、俺は自分の目を疑ったね。
だって、俺が贈った白旗を先頭に、多数の女官をお供に引き連れた立派な馬車が現れたんだもん!
呆気にとられる俺の心を知ってか知らずか、馬車の現れた朝陽門付近からは大歓声が上がり、うねりのように広がっていく。しばらくして、その歓声に包まれながら、喜色満面の伝令が本陣に飛び込んできたんだ。
「申し上げます! 馬車の主は、明国皇帝朱翊鈞とのこと。皇帝は自ら『北京の住民を戦火から救うため、降伏いたす』と申してまいりました!!」
伝令の発した大音声を受けて、事態を理解した本陣も大歓声に包まれる。俺は、幕僚たちの言祝ぎの声を一頻り聞いた後、事態を収拾するために指示を出したんだ。
「自ら降った皇帝に無礼があっては、我が軍の名を傷つけることになる。次の作業に向けて待機中の、山海関の降兵たちを送り、出迎えをさせよ。奴らならば我らよりは皇帝の扱いに慣れておろう」
「はっ!」
「また、順天府城内が無秩序状態にならぬよう、速やかに城壁内の制圧にかかるべし。
先陣は次の3名に申し付ける。池田恒興は朝陽門より、毛利輝元は東直門より、上杉景勝は日壇前に開いた城壁の開口部より入城し、北京城を疾く鎮定すべく申し伝えよ。
どこにでも慮外者はいる。併せて『ゆめゆめ油断無きように』との念押しもしておけ」
「「「はっ!」」」
「城内の者が逃亡し、流賊などになっては、今後に差し障る。堀秀政、伊達政宗、小野寺義道、戸沢盛安は、騎馬隊を選抜し外城の永定門外を、第1~第4師団の騎兵連隊は内城の平則門外を巡回し、住民の逃走に備えるよう申し付けよ」
「「「はっ!」」」
興奮の余韻覚めやらぬ中、伝令は各陣所に散っていった。
さて、俺の方でも、皇帝を迎え入れる準備をしますかね!
―――――――― 二刻後 ――――――――
再び軍装に身を包んだ降兵たちに護送された一団が、本陣の前に到着する。女官たちが恭しく、馬車の扉を開くと、中から豪華な錦の衣装に身を包み、玉飾りが垂下する冕冠を頭に載せた1人の男が姿を現した。
その男は、馬車から降りると、女官たちを引き連れ、威風堂々と陣内に向かって歩み始める。その姿は、誰が見ても大明国の皇帝として納得するだけの威厳を抱えていた。
全く大した役者だよ。
俺は完全に実態を知ってたんで、内心では呆れてたけど、表情には出さないように注意しながら、皇帝一行を出迎えた。
そして、ゆっくりと歩いてきた皇帝が用意した豪華な椅子に腰掛けるのを待って、俺は口を開く。
「日本……。貴公らは倭国と呼ぶそうであるな。その国を統べる、総王 源義信である」
それにしても、言語チートは便利だね。こんな時、通訳無しで直接語れるんだからさ。こんなことを考えながら、俺は話を続けた。
「して、今日は何用か? わざわざ我が陣内に足を運ばずとも、しばらくすれば紫禁城内で面会できると思うておったのだが……」
「総王よ、確かに其方の申すとおりである。あと数日もあれば、紫禁城の門は破られていたことであろう。しかし、それではこの順天府は灰燼に帰し、無辜の民の命も、歴代王朝累代の秘宝も失われる。それを惜しんで、自ら頭を下げに来たのだ。そのような意地の悪いことを申すものではない」
「なるほど、殊勝な心がけである」
俺は微笑みながら頷く。そして、一転、眼光鋭く殺気を放ち、言い捨てた。
「お主が、万暦帝本人ならばな!」
「な、何を……!」
「ふん! 漢の劉邦が項羽を欺いた『金蝉脱殻の計』か。二千年前のカビの生えた策を用いてくるとは、我らも舐められたものよ!
さて、明の紀信よ。良い演技であったぞ? だが、万暦帝を演じるならば、もう少しだらしなく演じねば拙かろう。お主のように威風を発していては、少しでも皇帝を知る者は騙されてくれぬぞ?
ま、我が軍には明の事情に詳しい者は少ないゆえ、陣中には騙された者も多かったようだ。それに免じて聞いてやろう。さ、真名を名乗れ」
「な、何を言うか!」
まあ、皇帝の身代わりを演じてるんだ。最後まで白を切りながら、時間を稼ぎ、少しでも遠くまで皇帝を逃がしたいって気持ちは分かるよ。でも無駄なんだよな~。
パチン
俺が指を鳴らすと、脇の天幕が開く。そこには、女装した小太りの男が、猿ぐつわを咬まされた状態で粗末な椅子に縛り付けられていた。
あ、コレが本物の万暦帝ね(笑)
何で謀略に気付いたのか、って?
まだ抵抗可能なのに、いきなり降伏してきたこととか、色々と怪しむべき点はあったよ? けどさ、その中で俺が1番引っかかったのは「北京の住民を戦火から救うため、降伏いたす」ってセリフね。
だって、57年あった人生の後半生、一度も後宮から出てこなかったぐらい自己中な、あの万暦帝がだよ? そんな殊勝なこと言うはずないじゃん!!
これで、俺は策略を仕掛けられてることを確信したね。
ところが、みんな「皇帝が降伏してきた!」って浮かれちゃったの。困ったことにね。その上、津波が押し寄せるみたいに陣中に情報が広がって、陣全体がお祭りムードになりかけたじゃん? 正直これには焦ったよ。だから、慌てて色々と役割を指示して軍を引き締めると同時に、急いで城の反対側に騎兵部隊を派遣して、逃亡者を取り締まらせたんだ。
そしたら、ひょこひょこと避難する纏足の老女たちの中に、妙にキッチリした足取りのヤツがいたんだって。で、不審に思ってそいつを捕まえてみたら、“ビンゴ”! 女装した皇帝だったってわけ!
いや~、簡単に捕まってくれた上に、『女装皇帝』ってネタまで提供してくれるなんて、万暦帝さん、美味しいとこ持ってくじゃん!(笑)
そんなことを思い出しながら、笑いを必死で堪えてる俺の目の前で、偽皇帝は呆然としてた。当たり前だよね。命を賭けて逃がそうとした万暦帝がさ、自分より先に捕まってるんだもん。
さて、あんまり時間もかけたくないんで、さっさと先に進めますか! 固まってる偽皇帝に向かって俺は話し始める。
「この者は、女官に扮して逃亡を図った不審者であるからして、見せしめのために、馬にくくりつけて北京の市中を引き回そうと……」
「後生でございます!! そればかりはお許しを!!」
彼、俺が最後まで言葉を発しないうちに再起動すると、飛び上がるように土下座した。
そして、俺に、こう懇願したんだ。
「身分を偽っていたこと、この通りお詫びいたします。私は山東は登州黄県の出身で、中書舎人の王継光と申します。総王様、そちらが本物の皇帝陛下にございます。私はどのような罰を受けようと構いませぬ。どうか皇帝陛下の縛めを解き、服を替えることをお許しくださいませ!」
うーん、女装して1人逃げようとするような皇帝のためでも、『命を賭けよう』なんて考える忠臣だ。やっぱり言うことからしてひと味違う!
……ところで、折角感心してるところに水を差すように、横で“女装皇帝”(笑)が、なんか「む~、む~」言ってるのはどうにかしてほしい。お前、ちょっとぐらい静かにできないの?
「王継光とやら。其方の忠義、天晴れである。願いを聞いて遣わす」
「あ、有り難き幸せ!」
「では縛めを解くゆえ、しばし待て」
俺はこう言うと、おもむろに鯉口を切り、一閃。
刃を鞘に仕舞った時、皇帝を椅子に結わえていた縄は、ハラリと2つに分かれて地に落ちた。
見慣れてる幕府の連中は平然としてるけど、明側は、みんな目を丸くして驚いてたよ。
皇帝に至っては何が起こったのか理解してない感じだったんで、
「動かずにいてくれて助かったぞ。暴れられた日には手が滑って、其方を真っ二つにしてしまったかもしれぬからな」
って、耳打ちしたら、そのまま昏倒しちゃった。折角の“名シーン”を穢された腹いせもあったんだけど、ちょっと悪ふざけが過ぎたかね?
ま、大人しく気絶してる間に、王継光の着てた服に着替えさせられたんで、良しとしよう。うん、そうしようじゃないか!
天正15年・万暦15年(1587年)8月21日 幕府軍は北京から逃走を図った明国皇帝を捕縛。そのまま北京順天府も制圧し、昨年末の琉球侵攻から始まった日明戦役は、日本の大勝利で終結することになったのである。




