第252話 新年の出来事
天正15年(1587年)1月 武蔵国 豊島郡 江戸城
「ととさま、ごほんをよんでくださいませ」
「これこれ、父様はお忙しいのですよ?」
「そうですよ。お邪魔をしては……」
「ははは、鶴も徳も気にするでない! 忙しいのは間違いないが、私も子供達と遊びたいぞ。どれどれ、何を読めば良いのだ?」
「はい!『おまんじゅうおとこ』がよいです」
「(うっ! ○○せ先生ごめんなさい!)……皆もそれで良いのか?」
「「「はい!」」」
歓声を上げながら、俺作(?)の絵本を取りに向かった子供達を横目にしながら、俺は妻たちに尋ねた。
「ところで、他の子らはどこに行ったのだ?」
「はい、初、龍、光の3人はおねむにございます」
「……昼寝では仕方ないな。で、竹千代たちは如何した?」
「登久と熊は、桃姫様たちと貝合などしているようですし、竹千代は梅若様たちと独楽などして遊んでいるようです」
「そうか、では本を読んだら、そちらにも顔を出してくるか!」
「よろしいので?」
「ああ。竹千代たちは猶子、『なほ子のごとし』だ。しかも、徳、其方が腹を痛めて産んだ子ではないか」
「……上様!」
「おっと、子供らが帰ってきたぞ! 細かい話はまた後でな」
「「はい!」」
「よし、読むぞ! 皆、父様の前に座れ」
「「「はーい!」」」
皆さんこんにちは、19歳になった酒井政明こと里見義信です。
今は、家族団欒を楽しんでるところだよ、江戸でね。
去年の春から工事を進めてた江戸城の御殿や政庁が粗方完成したんで、年末に土浦から引っ越してきたんだ。
ちなみに、江戸城の本丸には鶴姫さんとその子だけじゃなく、徳姫さんとその子(※信康さんの子を含む)、義弘さん家族、故義頼さん家族も迎え入れたよ。十分にスペースはあるからね。
正月の年賀はどうした、って?
してないよ。3か月前に前当主が亡くなった里見家は、今、喪中だもん。
まあ、年賀の拝礼とかはしてないけど、いつも通り冬の参勤はあるんで、畿内より東の大名たちはみんな江戸屋敷に揃ってるけどね。あ、九州に加えて中国・四国の大名連中は今年は参勤免除だよ。外征の準備があるからさ。
ところで、この江戸城なんだけど、史実とは違って、防御よりも利便性を重視した造りにしてあるんだ。
天下人ともなれば『威信』ってモノが必要だから、石垣の高さとか壮麗な天守閣とか、威圧感を与える外観にはしてあるけど、構造自体は結構シンプルだよ。
信長さんの安土もそうだけど、俺は、これからの根拠地は、やっぱり政治・経済を中心に考えて造るべきだと思うんだよね。
え? 攻められたらどうするんだ、って?
その時はその時だよ。里見家は海を押さえてるから、まずは、房総方面に撤退すれば何とかなるんじゃないかな? それでもダメなら小笠原か賀武島にでも逃亡するよ。
でも、国内の現状を見ると、他の大名家とは技術差が隔絶しすぎてて、攻めてくる相手が想定できないんだよね。
将来的にはどうなるか分からないけどさ、百年以上先まで想定して防御を固めとくのって、はっきり言って無駄じゃない?
そもそも天下人なのに根拠地に敵がやってくる状態だったら、未来はないわけ。仮にそんな状況に追い込まれてるんだったら、先祖の準備不足を責めるんじゃなく、自分のアホさ加減を責めるべきだと思うね。
そんなわけで、京都の“碁盤の目”とまではいかないにしても、江戸城はかなり分かりやすい構造になってるんだ。ちなみに、曲輪は設けてあるけど、それは防衛上と言うより、主に警備上の問題だよ。あんまりフラットにしすぎると、重要設備にスパイが入り放題になっちゃうからね。
それと、城内も城下町も、かなり広々とした造りにしてあるんだ。火除地とか防火設備とかもたくさん設けたし、道路は予め路地で4間、表通りで最低8間、主要な道路では16間以上を確保したよ。これで、災害対策や将来の拡張性も持たせられたと思う。
玉川上水も完成してるから飲料水や防火用水の確保も出来てる。史実では相当な難工事だったんだけど、カンニングしたんで、すんなり通水したよ。だから『かなしい坂』の悲劇とかは起こってないんだ。
残ってる内で大きいのは、利根川の治水対策かな?
現状では利根川と渡良瀬川、入間川等の周辺の河川については、一部河川の付け替えと直線化、堤防の強化しかしてないんだ。
東遷? それは是非の段階からの検討事項になるかな。
東遷は治水対策だけでなく、経済効果も狙ってたはずなんだけど、鉄道が既に完成したこの世界では、河川交通の重要性が低下するのは確実だからね。それに、今後確実に起こる浅間山大噴火の影響も考えなきゃいけないし……。そんなことも含めて、総合的に判断しなきゃいけないんで、東遷は、するにせよしないにせよ、決定はかなり先になると思うな。
そんなわけで、下町方面の治水対策に不安は残るけど、まだそっちは人口が増えてないから、今のところはあまり考えないようにしてる。今年は、まずは大陸侵攻をしなきゃいけないんでね。
こんなことを考えながら、読み聞かせを終えて、年長の子たちも加えて羽根突きを楽しんでいた俺のところに、小姓の梅津半右衛門が駆け込んできた。
プライベートスペースにいきなり飛び込んできたんで、ちょっと身構えたけど、耳を澄ましても周囲があんまり騒がしくない。こりゃ、差し迫った危険はないわ。
って、周囲を見回すと、駆け込んできた半右衛門を含めて、みんな青い顔をしてた。
いや~、失敗失敗。思わず殺気を発しちゃったよ。まだまだ修行が足りないね。
……にしても、子供たち、良く漏らさなかったなぁ。
変な感慨にふけっていると、気を取り直したのか、半右衛門が青い顔のまま口を開いた。
「お寛ぎのところ失礼いたします。第6師団の山川閣下の下より早船が参りました」
山川貞孝から!? そうか! そっちに来たか!
臨戦態勢にモードチェンジした俺は、すぐさま半右衛門に指示を出す。
「使者には湯漬けなど食わせて休ませておけ。そうだな、面会は半刻後といたす。それから、すぐに登城の太鼓を鳴らせ! 緊急で江戸に滞在中の大名衆を集めよ」
「はっ! 畏まりました!!」
勢いよく退出していく半右衛門を見送る間もなく、俺は子供達に向き直る。名残惜しいけど、どうやら遊んでるわけにはいかないみたいだからね。
「お前たち、もう少し読んでやりたかったのだが、急な仕事が入ってしもうた。これでお終いにするゆえ、後は皆で仲良く遊ぶのだぞ」
「「「えー!?」」」
「これ! 我が儘を言うてはなりません!!」
不満をこぼす幼子たちを窘めたのは、桃だった。
桃は義重の“最優先で守る家族”筆頭だったけど、彼女も今年で12歳。それにしても、ここまで立派に成長するとは……。
ついでに言うと、『俺』こと酒井政明にとって、直接血が繋がってるのって、義重さんじゃなく、桃なんだよね。
立派な御先祖をもって(?)、俺も幸せだぜ!!
俺の考えてることなんて知らない桃は、子供達を一喝するとこちらに向き直り、俺に向かって言う。
「兄様。こちらは御方様や桃が居ります。お気になさらずに、御役目、確とお果たしくださいませ」
「桃……。分かった! 頼らせてもらう!
皆、母上や桃姉様の言うことを聞いて、よい子にしておるのだぞ!」
俺は、子供達に声を掛けると、桃の頭をワシワシと撫でて、使者の下に向かった。
「桃姉様だけずるい!」なんて声を背に受けながらね。
さあ! 戦の始まりだ!!




