第251話 演習反省会
天正14年(1586年)12月 下総国 印旛郡 草深ヶ原演習場本陣
皆さんこんにちは、酒井政明こと里見義信です。
さっきまで演習の視察をしてたんだけど、今は御前会議で演習の反省をしてるとこだよ。
俺が見てるってこともあって、中々白熱した意見交換がなされてる。ほら、こんな感じで……。
「しからば、もう少し早く騎兵突撃をかけては?」
「……しかし、あまり早すぎると一斉射撃に巻き込まれる恐れがあるぞ」
「うむむ……」
「逆に、騎兵は追撃要員として最後まで温存しておくのも手なのではないか?」
「いや、騎兵の足は追撃だけでは勿体ない!」
「そのとおり! 敵兵を取り逃がせば、我らの策が漏れてしまうかもしれぬ。特に最初のうちは包囲殲滅が望ましい」
「では、騎兵の投入時期は『変更無し』でよいか?」
「「「異議無し!」」」
「……致し方ないか。ワシも『異議無し』じゃ」
「よし、他に意見がある者はいないか?
では、ここで議論を終える。本日は上様の御前であるから、特別に上様から御講評を頂戴いただけることになっておる。謹んで拝聴するように。
それでは、上様、よろしくお願いいたします」
司会をしてた島清興が話を振ってきたんで、俺は頷くと、すっくと立ち上がる。
そして、床几に腰掛ける大隊長以上50数名を見回すと、おもむろに口を開いた。
「皆の衆、御苦労であった! 其方らには本来の職務を外れ、各所の普請を任せることも多かったゆえ、練度が気になっていた。それがどうだ! 今日の働きぶり、誠に素晴らしい! 普段の訓練の様子が目に見えるようだ。これならば10倍の大軍に遭うても不安はなかろう。よくぞここまで鍛えてくれた。まずは礼を言う」
俺が頭を下げると、どよめきが起こった。そして、そこかしこから「勿体なや!」とか「有り難きお言葉!」とかいう歓声が上がる。
どよめきが鎮まるのを待って、俺は続けた。
「さて、まずは三枝准将。左右両翼に分割しての配置であったにもかかわらず、一糸乱れぬ騎兵の運用、見事であった! 陣の反対側に居ながら動きを合わせた左翼の勝中佐、真田中佐も見事である。この調子で頑張ってもらいたい」
「「「有り難き幸せ!」」」
「なお、騎兵の投入時期については、先ほども議論がなされていたようだが、敵の潰走を狙う場合、混乱を狙う場合等、色々な場面が考えられる。
しかし、騎兵のみを集中して運用するは日ノ本初の試みだ。兵科を問わず、皆で知恵を絞り、各々の場面における最適な方法を見つけ出してもらいたい。」
「「「「「はっ!!」」」」」
こんな感じで、俺は講評を話していった。今回の訓練は上々の出来映えだったんで、良い話だけすれば良いから楽だね。
え? 気を引き締めなくて良いのか、って?
うーん、緩んでるんなら引き締めるけどさ、彼ら軍人で、普段から引き締まってるはずじゃん? だから、出来が良いのに無理矢理引き締める必要は無いと思うんだよね。良いことをしたら誉める。やっぱりこれが基本でしょ。
あ、彼ら軍人なんで、スタンドプレーはしないように普段から戒めてるよ。『独断専行した部隊が活躍しても手柄は無し』って軍規にも明記してるし。だから、今回の演習でも単騎で突撃するようなアホはいなかったんだ。
独立採算制である大名だったら、かなり大きな自己判断が許されるかもしれない。だけど、それは失敗したら自分に跳ね返ってくる大名だから許されることであって、俸給制である軍人が同じことをしたらダメだよね。
そんなわけで、兵科ごとに講評をしていったわけだけど、最後に残ったのは……。
「鈴木准将。砲兵、銃兵ともに上々の練度であった。着弾の修正、斉射と速射、どれも文句の付けようがない出来であった。銃砲隊は里見家の大きな柱の一つ、これからも頼んだぞ」
「勿体なきお言葉にござる」
満面の笑みで応じる鈴木重秀だったけど、次の俺の言葉に表情が曇る。
「ただな、准将、今回は向かい風だったゆえさほど問題が無かったが、これが追い風や無風であったとしたらいかがか? 遠慮無く存念を申せ」
「どのような風向きだろうと問題はございません! と、申し上げたいところですが……。
残念ながら、此度のような正確な速射はいたしかねます。火縄が必要なくなり、天候を気にせずに撃てるようにはなったのですが、この煙だけは如何ともし難く……」
「やはりそうか。准将のような専門家でも苦しいのであれば、他の者はより難しかろう」
「他の者のことは分かりませぬが、いくら慣れても先が見えぬのは変わりませぬ。ゆえに煙には難渋しております」
「で、あれば良かった。実はな、以前から『煙が邪魔になるのでは?』と思うて、煙の少ない火薬を研究させていたのだが、どうやら出来上がったらしい。後で試してくれ」
「ま、真にございますか!? それは、戦が変わりますぞ!!」
「まだ、量は多くは作れぬらしいゆえ、あまり期待されると困るのだがな、大陸侵攻までにはそれなりの量を確保するつもりだ」
俺は、鈴木重秀から視線を外し、全体を見回しながら語りかける。
「さて、皆の者、鈴木准将が『戦が変わる』と言うたが、まさにそのとおりだ。
例えば、射撃時の煙が減れば、弾量は増えるが、煙を目くらましに利用して接近するような策は使えなくなる。しかし、煙の少ない火薬の量は有限だ。従来の火薬との使い分けも必要となってこよう。
よって、今後は各部隊の連携がより重要になってくる。よろしく頼むぞ」
「「「「「はっ!!」」」」」
って、皆の気合いの入った声で今回の演習は締められたよ。
今回は、“近衛師団”的な関東の部隊の演習に参加したけど、各地で着々と外征本番の準備は整ってきてるんだ。
九州の拠点の整備もあらかた済んだし、通訳の準備も進んでる。
既に、琉球では火種を起こしちゃったわけだけど、次が本番になると思う。さて、本格的に火がつくのは、どこになるかね。




